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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「カムイのうた」

映画「カムイのうた」_e0320083_21350583.jpg
 特に目新しいところのある映画ではない。映画としてはむしろ古くさい作りの映画だと思う。しかし、いまこの映画が作られた意義というのは確かにあると言うべきで、題材に対する誠実な(生真面目と言ってもいい)アプローチは好感が持てるものだった。冒頭に実話であると字幕が出るが、アイヌの口承文芸ユーカラを初めて記録翻訳し、19歳の若さで生涯を閉じた知里幸惠というアイヌ女性を描いている。
 知里幸惠が生きた1903(明治36)~1922(大正11)年というのは、北海道各地に多くの和人が移り住み、開拓の名の下に原住民アイヌの生活を破壊していった時期である。彼女は登別の生まれで、旭川の近文にあったアイヌ集落(コタン)に住んでいたようだ。学齢となり、最初は和人と同じ尋常小学校に入ったが、ほどなくアイヌの子どもを分離する政策が施行され、そちらの尋常小学校に通わなければならなくなった。ずっと成績優秀だった彼女は、さらに女学校への進学を希望するが、当時の女学校はアイヌに対して門戸を開いておらず、結局旭川にあった女子職業学校に入学することになる。ここも、彼女はアイヌとして初めての入学生だったようだ。
 当時のアイヌは和人から土人と呼ばれて蔑まれ、様々な差別や嫌がらせを受けていた。映画の中で知里幸惠は北里テルという名前で登場してくる(=吉田美月喜)が、彼女が学校生活などで受けた様々な差別やいじめの様子がしっかり描かれている。菅原浩志監督(脚本も)は、歴史の中でアイヌ民族が舐めてきた辛酸の数々を具体的な描写で記録しようとしていた。それは、和人の一人である菅原監督が、ユーカラを始めとするアイヌ文化と謙虚に向き合い、それを誤りなく伝えようとした誠実な姿勢の表れであり、そのリスペクトが画面の隅々から感じ取れていたと思う。
 アイヌということで甘受させられる様々な理不尽に、生きる希望を失いかけていた知里幸惠に、アイヌ文化の素晴らしさを説き、ユーカラの採取と日本語への翻訳を勧めたのは、たまたま近文のコタンを訪れていた言語学者の金田一京助(映画では兼田教授の役名で登場する=加藤雅也)だったらしい。15歳だった知里幸惠は彼の言葉に励まされ、伯母・金成マツ(映画の役名はイヌイェマツ)から伝え聞いていたユーカラのすべてを記録していくのである。彼女が記録したユーカラは金田一の尽力で1923(大正12)年に「アイヌ神謡集」として出版されるが、著者・知里幸惠はそれを見ぬままこの世を去ったのだという。
 伯母・イヌイェマツに扮したのはミュージカルの舞台などで活躍している島田歌穂(わたしは知らなかった)だったが、彼女が再現して歌ってくれたユーカラは素晴らしいものだった。他のアイヌ語の会話などには字幕が入っていたのに、この歌詞に字幕が付いていなかったのは(何か事情があったのだろうか)非常に残念な気がした。この映画の製作には旭川近郊の自治体・東川町が関わっていたらしいが、協賛・後援・協力といったかたちで多くのアイヌ関係団体・道内企業などが後押しをしていたようだ。先住民族であるアイヌについて、こうしたかたちで再確認しようとする動きが実現したのは非常に意義あることだったのではないだろうか。
 なお、「アイヌ神謡集」は岩波文庫に入っているようなので、散歩がてら幾つかの書店で探してみたが、そもそも近隣の書店では岩波文庫自体があまり置かれておらず、残念ながら見つけることはできなかった。
(あつぎのえいがかんkiki、3月11日)

# by krmtdir90 | 2024-03-17 21:36 | 映画 | Comments(0)

映画「テルマ&ルイーズ」

映画「テルマ&ルイーズ」_e0320083_21140306.jpg
 これは1991年公開の映画だが、デジタル化の流れに沿って4Kレストア版が完成したのを機に再公開されたものである。リドリー・スコット監督の映画は「エイリアン」(1979年)や「ブレードランナー」(1982年)を観ているが、この「テルマ&ルイーズ」は観たかどうかはっきりしない。観ていたとしても記憶に残っていないのだから、当時この映画の良さは判らなかったということになるのだろう。
 今回、この映画を観ることができて良かったと思った。30年以上前の映画だが、いまもまったく色褪せていないし、いまに通ずる普遍的テーマが随所に感じられる傑作だと思った。まだ“#MeToo”などもなかったし、女性の生きる環境もいまとは比較にならないくらい困難な時代だったのだと思う。SF映画で名を成したリドリー・スコットが、当初は監督するつもりはなかったらしいが、まったく毛色の違うこの映画で当時の女性の生きにくさを描き、そこから果敢に脱出していく主人公二人のストーリーを、こんなふうに鮮やかなかたちで定着して見せたことに驚きを感じたのである。

 性格も生きている場所も違うテルマとルイーズが、どういう経緯で親友になったのかは描かれていない。テルマ(ジーナ・デイヴィス)は結婚しているが、強圧的な夫ダリルの下で家事全般を担わされていて、そういう生活に嫌気がさしていたのだろう。ルイーズ(スーザン・サランドン)はウェイトレスをしていて、恋人はいるがまだ結婚は考えていないように見える。この二人が週末に、ルイーズ所有の水色のオープンカー(66年型フォード・サンダーバード・コンパーチブルという車らしい)でドライブ旅行に出掛けるのが映画の発端である。
 テルマは一晩家を空けるだけなのに、それを夫に言い出すことができず、メモ書きを残してきたとルイーズに言って笑われてしまう。最初、世間知らずで受け身に生きてきた感じのテルマは、姉御肌で行動派のルイーズに引っ張られているように見えた。だが、念願の二人旅に出られた開放感もあって、テルマは無警戒のまま徐々に歯止めが効かなくなっていく。途中で立ち寄った生演奏付きのバーで彼女は深酒してしまい、一緒に踊った客の男に駐車場に連れ出されてレイプされそうになる。寸前で助けに入ったルイーズが、護身用にテルマが持ち込んでいた拳銃で男を射殺してしまうのである。
 これが二人の逃避行の始まりである。ルイーズは過去にレイプされた経験があり(後半に彼らの会話から明らかになる)それがトラウマになっていたようで、警察に行って事情を話そうと言うテルマに対し、この男とずっと踊っていたのだからレイプと言っても信じてもらえないと主張して、すぐに逃亡することを決断するのである。このあとの展開は細かくは追わないつもりでいたが、結局は追ってしまうことになった。そのくらい面白かったといういうことである。行く先々で遭遇する様々な出来事によって、二人の状況はどんどん後戻りできない方向に転がっていく。
 ルイーズは恋人のジミー(マイケル・マドセン)に電話して、自分の貯金を(当座の逃走資金として)送ってくれるように頼む。心配したジミーが直接金を持って現れたのは想定外だったが、ルイーズは彼の問い掛けやプロポーズにも事情を明かさず、待っていて欲しいと彼を納得させてしまう。一方で、二人は途中で出会ったヒッチハイクの若者J.D.(ブレイク前の新人ブラッド・ピット!)を同乗させてやるのだが、彼に好意を抱いてしまったテルマは誘いに乗って彼と一夜を共にしてしまう。彼女は結婚生活でも知らなかった絶頂を感じたと翌朝嬉々としてルイーズに話すのだが、その間にJ.D.は(仮釈放中のコソ泥だったのだ)ルイーズの逃走資金を盗んで姿を消してしまう。絶望するルイーズを前にして、責任を感じたテルマは、J.D.が自慢していた彼の手口そのままに、拳銃片手に近くのコンビニに押し入り当座の資金を調達するのである。ずっとルイーズの先導で動いてきたテルマが、ここでは自分でも信じられないような大胆な行動力を発揮している。このあとは、むしろテルマがルイーズを励まして逃亡を続けていくことになる。その、どんどん大胆になっていくテルマの変貌具合が面白い。

 この間、警察も動き始めている。事件の発端となったアーカンソー州の捜査官ハル(ハーヴェイ・カイテル)は、テルマの夫ダリル、ルイーズの恋人ジミー、そしてJ.D.らに事情聴取を行い、二人がメキシコを目指していることを突き止めていた。当初ハルは、トラブルに巻き込まれたと思われる二人に同情的だったが、事態がどんどん悪い方向に拡大してしまうのをどうすることもできない。ダリルとジミーの許に盗聴班が張り付くが、二人はそれを察知し、ルイーズからの電話でハル捜査官が説得を試みるが不調に終わる。ルイーズは逃亡の継続に若干の心の揺れがあったようにも見えたが、もう元の生き方には戻れないと気付いてしまったテルマには、夫ダリルが自分を許さないのが判っていたし、逃げる以外にこれからの選択肢はなくなってしまっていたのである。
 このあと二人が遭遇するエピソードは、みずから進んで招いてしまった結果であるとも言えると思う。速度超過でパトカーに停車を命じられ、ルイーズがパトカーの方に乗せられてしまった時、拳銃をちらつかせて彼女を救出したのはテルマだった。テルマは完全に主導権を取るかたちでルイーズをけしかけ、パトカーの通信設備を破壊し拳銃と弾を奪い警官をトランクに押し込めて逃走するのである。もう一つ、途中何度か遭遇したタンクローリーの運転手が、彼女たちに下卑た態度を繰り返したのに対し、ドライブインに誘導して謝罪するよう要求する。男が強気な態度を変えないので二人は拳銃を出し、まずタイヤを撃ち抜いてパンクさせた後、本体を撃って大爆発させてしまうのである。
 これまでずっと理不尽な束縛や抑圧に翻弄されてきた二人の、まるでたがが外れたような反撃と言っていいかもしれない。走行中にテルマが「こんなに目覚めている気分は初めて」というようなことを言っていたと思うが、彼らは一連の経過の中で確実に「新しい自分」を発見していったということなのだろう。二人が後戻りすることはもうあり得ないのだ。
 ただ、彼らが最後まで逃げ切れることもあり得ないのだろう。彼らは近隣の州も含めた広域指名手配犯となり、非常線が張られて次第に追い詰められていく。最初に発見された時は、複数のパトカーの追跡を(思いがけない幸運によって)振り切るが、二度目はヘリコプターも加わった多数のパトカーにあっけなく取り囲まれてしまう。場所は、グランドキャニオンを思わせる雄大な景色の中、大峡谷が眼前に広がる行き止まりの荒れ地である。すべての銃口が二人に向けられ、投降の呼び掛けが繰り返される中で、覚悟を決めた二人は崖の先に向かって車を猛スピードで発進させるのである。

 「俺たちに明日はない」(1967年)のボニーとクライド、「明日に向かって撃て!」(1969年)のブッチ・キャシディとサンダンス・キッドも、逃避行の末に死を免れることはできなかった。だが、テルマとルイーズの死はこれらの死とは明確に異なっている。投降して裁きを受けるのを拒否したのは同じだが、彼女たちは追跡者側の銃弾に倒れることも断固として拒否している。彼女たちを追い詰めた側に女性の姿はまったくない。彼女たちを追い詰めているのは男たちなのだ。彼女たちは圧倒的な力で立ち塞がる男たちを前にして、それに屈することなく自らの意志で死を選択したということなのだ。男たちに屈するくらいなら、という彼女たちの決意が痛いほど伝わってくるエンディングだった。
 飛び出した二人の車が空中に浮かんでストップモーションになるのがラストシーンだったが、リドリー・スコット監督は、彼らの車が落下のカーブを描き始める寸前のところで映像をストップさせている。このあと車は谷底に転落して大破するはずだが、監督はそういう姿を描くことをきっぱり拒否したのだと感じた。迎える結末は死であったとしても、描きたかったのはその直前に彼女たちが見せた決意だったのではないか。お互いの気持ちを確認し、固く手を繋いだ彼女たちの顔は清々しく微笑んでいたように見えた。様々な抑圧の下でこれまで押さえつけられてきた「本当の自分」に気付くことができたという充足感が、彼女たちを満たしていたように感じられた。元の世界に引き戻されるくらいなら、最後までこのままの自分でいたいと思っていたのではないだろうか。リドリー・スコット監督は、そういう彼女たちの思いを、飛び出したままの(落ちることのない)映像のかたちで定着させたように感じられた。
(立川シネマシティ1、3月8日)

# by krmtdir90 | 2024-03-14 21:16 | 映画 | Comments(0)

「在日米軍基地」(川名晋史)

「在日米軍基地」(川名晋史)_e0320083_20345791.jpg
 戦後80年も近いというのに、国内に米軍基地があることをずっと当たり前のようにしてきてしまったことに忸怩たる思いがある。若い頃「戦争を知らない子どもたち」という歌が流行ったことがあったが、そのはしくれとして年月を重ねてきた者としては、基地問題をここまで放置し続けてきたことになにがしかの責任を感じないではいられない。独立国でありながら国土の一部に主権の及ばない外国基地が残されているというのは、どういう理由があるにせよおかしなことに違いない。なぜそんなことになってしまったのか。遅ればせながら、そこのところを一度しっかりと調べて理解しておきたいと思ったのである。この本は「沖縄狂想曲」を観る前に購入してあったものだが、映画を観た後で読むならいましかないと背中を押された気がした。
 この本は基地問題を学習するのに恰好のテキストだと思った。敗戦を経験し、占領から独立へという経過の中で、米軍基地が存続することになった経緯はどのようなものだったのか。その根拠はどこにあり、それはどのようなかたちで作られていったのか。こうしたことについて、筆者は丁寧に順を追って具体的に解き明かしてくれている。締結された条約や協定といったものの記述の細部をどう解釈するのか、その解釈には両国間で齟齬はなかったのかといった、非常に綿密な検討が加えられている。久し振りに試験勉強をするような集中で読み進むことになったが、おかげで基地に関する様々な問題をかなりしっかり理解できたように思った(実際のところは判らないが)。
 これまで知らなかったことも多かった。この本には「米軍と国連軍、『2つの顔』の80年史」という副題が付いているのだが、米軍基地は一貫して国連軍基地でもあったという、この「2つの顔」が問題の所在を複雑にしているという指摘は初めて知ったことだった。われわれは長いこと米軍基地という1つの顔しか知らされてこなかった(したがって理解が欠けていた)わけで、それは事が複雑に(面倒に)ならないよう政府が意図的に触れるのを避けてきた面があったということらしい。米軍は当初から多国籍軍たる国連軍の一員でもあったわけで、どちらの顔を取るかによって、基地使用のあり方が変わってくるような仕掛けになっていたということなのだ。日米安保条約と日米地位協定が米軍基地のあり方を規定しているのは知っていたが、そこには同時に国連軍基地のあり方を定める国連軍地位協定というものが並置されていて、両者の記述の微妙な差異が、基地の位置付けと運用上の大きな違いとなって現れている現実があるらしい。
 また、有事に際して米軍が日本を守ってくれるというのは誤りであることも明らかにされている。日米間の合意によれば、米軍が防衛すると明記されているのは米軍基地とそこにいるアメリカ人であって、日本防衛に当たるのはあくまで自衛隊であるされているようだ。朝鮮半島や台湾有事においては国連軍基地としての米軍基地から米軍および多国籍軍の直接出撃が可能となるので、基地周辺(および日本全土)が反撃対象となるのは避けられないことになる。その場合でも、米軍が守るのは第一にアメリカの主権下にある限定された地域(基地など)と財産なのである。基地を守るにはその周辺地域とその維持に必要な日本の施設が含まれるはずだというのが、日本側の都合のいい解釈になっているのだが、そんなことは条文のどこにも書かれてはいないのだという。
 普天間基地の辺野古への移設が、大きな問題を抱えながらもまったく動かない背景には何があるのか。この点についても筆者は詳細な検討を加えているが、普天間が国連軍基地として位置付けられていることが関係しているのだという。筆者は現状を単純に追認するような姿勢は取っていないが、日本政府が歴史的な節目節目で容認してきた様々な積み重ねが、現在の身動き取れない事態を招いている点はしっかり浮かび上がらせている。過去に何度も高揚したことのある基地反対運動に対し、その対処を優先して事実を国民に伝えてこなかった政府のやり方が、基地の固定化につながってしまったのは隠しようのない事実だと思う。問題解決が容易ではないことがこの本を読んで判ったが、ここに書かれているようなことにこれまで注意を払ってこなかったわれわれの問題も大きいと感じた。非常に得るところの多い本だったと思う。

# by krmtdir90 | 2024-03-10 20:35 | | Comments(0)

映画「沖縄狂想曲」

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 監督・構成:太田隆文、上映時間115分、2024年。
 沖縄の戦後史や現代の諸問題を網羅し、様々な関係者や識者にインタビューして構成したドキュメンタリーである。いま沖縄を考える上で必須のテーマはほとんど取り上げられているが、素晴らしいと思ったのはその考察のために選ばれた顔ぶれである。チラシの惹句に「マスコミが報道できない沖縄-基地問題。その全てを語る!」とあるが、日本政府やマスコミがタブーとして触れて来なかった様々な事実を、この映画はストレートに表に出して考えようとしている。見えてくるのはアメリカの問題ではなく日本の問題だということである。日本の歪んだ政治状況と、それを許している国民の政治意識の低さである。例えば、普天間の辺野古移設をアメリカは特段求めてはおらず、新基地建設を続けるのはそこに利権が絡んでいるからだと端的に指摘する。原発や万博が止められないのと同じ利権構造があるから、政治もマスコミもそれに触れられないということである。
 太田隆文監督のことをわたしは知らなかったのだが、この人は最初に結論ありきの啓蒙的映画を作る気はまったくないことが判った。インタビューする対象の選定も、最初から方向性を持って行われたわけではなく、いろんな相手に広く話を聞くうちに、誤魔化しのない事実を率直に語る人に自然に行き着いていったものと思われた。やはりそうだったのか、そういうことだったのかという、インタビュアーとしての太田監督の発見や共感が画面から見えてくるような気がした。

 プログラムを買ったが(税込700円)、その中に映画が取り上げていた問題が(登場順に)整理されていたので、それを見ながら少しメモを取っておきたいと思う。
▶松代大本営跡(松代象山壕)…米軍上陸後の沖縄戦は、本土決戦に備え大本営を松代に移すまでの時間稼ぎ(消耗戦)と位置付けられていた。戦後ずっと続くことになる沖縄切り捨ての始まりである。
▶強制土地接収…サンフランシスコ条約締結後も米軍の駐留を認めたため、沖縄では基地建設のための強制的な土地接収が行われた。再度の沖縄切り捨てだが、その実態はどんなものだったのか。
▶コザ蜂起…一般にはコザ暴動と呼ばれるが、暴動に付きものの略奪行為などは発生せず、破壊行為も米軍の車80台ほどを焼いただけと限定的なものだった。実態を見れば、これは暴動ではなく蜂起と呼ぶのが適当なのではないか。また、その際「黒人兵の車は焼くな」との声が上がったという証言を記録し、人々の中に同じ虐げられた者としての共感があったことを指摘している。
▶国際都市形成構想…1990~98年に沖縄県知事を務めた大田昌秀氏が策定した計画で、米軍基地の整理縮小を基に沖縄の20年後を見通した構想だという。知らなかったが、その内容は映画の最後に、沖縄の未来を考える具体的構想としてもう一度取り上げられている。
▶オスプレイ…問題が様々に指摘されるようになってきたが、その位置付けと根本的欠陥について。
▶横田ラプコン…わたしは以前本で読んで知っていたが、まだ知らない人も多いのではないか。日本の領空でありながら、米軍基地の周囲などかなり広範囲に、日本の航空機が自由に飛べない空域が設定されている。羽田を使う民間機が非常に不自然な発着コースを取るのはこれが原因である。
▶日米安保条約(日米安全保障条約)…米軍が駐留を継続する根拠となっている条約だが、有事の際に米軍が日本を守ってくれるなどというのはまったくの妄想に過ぎない。
▶日米地位協定…駐留米軍に日本の国内法は適用されない。米軍は(沖縄のみならず)日本のどこにでも基地を作り、自由に運用することができる。米兵の犯罪も日本では裁くことができない。
▶普天間基地…市街地の中にあり、住民は様々な不都合を強いられている。
▶辺野古基地問題…普天間の移設先として適さないことが判っているが、工事は強行されている。かかる費用は全額日本の負担で、海底の軟弱地盤が見つかったことでその試算額は一気に膨張した。完成するかどうかよりも、工事が続くことでゼネコンが儲かる構図の維持が目的化しているのではないか。民主党政権下で鳩山由紀夫首相が唱えた普天間の県外移設が、官僚らの策謀で潰された経緯(これはすでに明らかになっているが、マスコミなどは報じようとしない)について、鳩山氏自身へのインタビューを実現して語らせている。また、そもそも米軍は沖縄にいる海兵隊の再編(縮小)を検討していて、この先新基地が必要なのかどうか不透明になっている現状もあるようだ。
▶日米合同委員会…昨年3月の参議院予算委員会で、れいわ新選組の山本太郎がこれを取り上げた質疑の様子が紹介されている。この場面はわたしもSNSで見て知っているが、議事録なども作らず開催の痕跡を残さない秘密会議がずっと続けられてきたことを、野党もマスコミもまったく取り上げてこなかった異常さを、われわれはもっと知る必要があるのではないか.

 太田監督は映画の最後に、大田昌秀知事の国際都市形成構想を再度取り上げることで、沖縄の未来像を具体的に描き出そうとしている。基地に頼るのではなく、ハブ空港・ハブ港湾を整備することで東アジアの物流の結節点という位置を確立していくという提案は、夢物語と片付けることなく率直に傾聴すべきものだと思った。沖縄の地政学的位置を生かして東アジア全体の物流拠点となっていけば、それを攻撃する国などありえないという主張は、平和を希求する憲法の趣旨に照らしても十分説得力のあるものだと感じた。
 もうすぐ戦後80年にもなろうというのに、占領軍以来の外国軍隊の駐留をずっと受け入れて、国内法規の及ばない部分を長年放置し続けてきたこの国は、果たして正常な独立国家と言えるのだろうかという思いがある。そのことを、この国の政治やマスコミはずっと不問にし続けてきたのであり、国民の目がそこに向かないように画策し続けてきたのである。沖縄にはこの国の様々な問題が集約的に現れているが、その多くは国のあり方に関わる政治の問題と言うべきであって、われわれがそのおかしさに早急に目覚めていく必要があるということなのだろう。沖縄の経済が基地に支えられているというのは事実に即していないこともこの映画は明らかにしているし、国内に外国の基地があることを当たり前と感じてしまっているわれわれの感覚こそがおかしいということに気付かなければならないのだろう。示唆に富んだ、学ぶことの多いドキュメンタリー映画だったと思う。
(あつぎのえいがかんkiki、3月4日)

# by krmtdir90 | 2024-03-05 20:53 | 映画 | Comments(0)

映画「葬送のカーネーション」

映画「葬送のカーネーション」_e0320083_20163687.jpg
 トルコ映画である(ベルギーと合作、2022年)。監督・脚本のベキル・ビュルビュルは1978年生まれ、近年国際的な映画祭などで注目されているトルコの俊英で、本作が長編2作目だったようだ。映画がデジタルになったことで、恐らく外国映画の公開までのハードルが下がったのだろう、これまでだとまず入って来ないようなマイナーな映画がどんどん観られるようになっているのは喜ばしいことだと思う。

 荒涼とした原野に粗末な棺を運ぶ老人がいる。付かず離れずついて行く娘がいる。彼らは時折通り掛かる車に乗せて貰ったりして旅を続けている。季節は冬で、トルコでも雪が降ったりして、けっこう気温は下がるようだ。疎らな人家なども見えるが、あたりには寒々とした風景がどこまでも広がるばかりである。二人は終始寡黙なので、どうしてこうなっているのかという彼らの事情はなかなか明らかにならない。道中、何かと彼らを助けてくれる村人の方はおしなべて多弁で、その語りが画面を満たす一方で、老人と娘の沈黙がいっそう際立つように感じられる。説明的描写がないからなかなか判らないのだが、それでも何とか見えてきた彼らの事情は次のようなものだった。
 二人がいるのはトルコ南東部にあるアナトリアと呼ばれるあたりで、老人の名前はムサ(デミル・パルスジャン)、シリアから流入した難民だったようだ。棺の中には最近亡くなった妻の遺体が入っていて、彼は故国シリアに妻を埋葬するため(それが妻との約束だったのだ)国境を目指していたのである。同行の娘はムサの孫で、名前はハリメ(シャム・セリフ・ゼイダン)、シリア内戦で両親を失い、他の選択肢もないまま祖父と行動を共にするようになったらしい。
 ただ、ビュルビュル監督はこれらの事情を取り立てて語ろうとはしておらず、トルコ国内での公開であれば、こういったことはすべて自然に理解されることなのだと思われた。例えば、ムサはアラビア語しか話せなかったようで、トルコ語も少し解るハリメが通訳するようなシーンがあったようだ。わたしは気付かなかったが、トルコの人ならそれだけで彼らの事情が推察できるということなのだろう。映画の終盤、乗せて貰ったトラックで国境に近付いて行った時、夜陰に紛れてこちらに逃れて来る難民らしき姿が次々目撃されたが、監督がやろうとしたのは、そうした状況下でも向こうに戻らなければならないという思い(ムサの)が存在すること、不本意でもその思いについて行くしかないもう一つの思い(ハリメの)が存在することを、リアルと非リアルを織り交ぜながら追跡することだったようだ。

 この映画は、基本はリアルな描写を貫いているが、ところどころにリアルとは思えない不思議な描写が紛れ込んでいた。枯れ木の上に棺が引っ掛かるように浮かんでいて、その背後を音を立てて列車が通過して行くといったイメージである。これはいったい何だったのか。ラストシーンでは、国境を越えたらしいムサがそのままの(老いた)姿で、若かりし日の妻との婚礼の席の賑わいの中に戻って行くというイメージが現れる。現実でないのは明らかだが、夢か幻か、とにかくそれはムサの内なる思いが現前したものであって、それを金網のこちら側からハリメが見詰めるという構図は、よく判らないが、監督がこの映画に込めた意図の表現として受け入れるしかないものだったのだろうか。ムサの棺は途中で壊れ、大きな段ボール箱に移し替えられた遺体は国境警備の兵士に発見されてしまい、彼らは逮捕され、遺体は国境のこちら側で強制的に埋葬されてしまうことになる。ムサの思いは遂げられなかったわけで、上の婚礼のイメージはムサの失意と表裏をなすものとして置かれているということになるのだろう。
 一方で、終始ムサと行動を共にしてきたハリメの変化にも触れておかなければならない。最初彼女は、足に車が付いた木製の馬?の玩具を転がしたりしていて、ずっと大切にしてきたそれが彼女の幼さを強調するように捉えられていた。だが、棺の重さに音を上げたムサがその車を外し、棺の下方に付けて引っ張れるようにしたことで、小さい時からの遊び相手だった玩具は失われてしまうのである。それでも彼女は胴体部分を持ち続けていたが、終盤近くドライブインのトイレで髪を結び直した後で、それを傍らのゴミ箱に無造作に投げ捨ててしまう。また、彼女は一冊のスケッチブックも大切にしていて、時間があるとそれに絵を描いたりしている。パラパラめくられる彼女の絵を、ビュルビュル監督はかなり意識的に映していたと思うが、その絵の中に彼女がたどって来た過酷な過去が見え隠れするようになっていた。
 最後に、ムサの婚礼のイメージを彼女も見詰めているように描かれるのだが、イメージがムサの内部にあるものだとすれば、彼女にはそれは見えていないはずである。だが、それでも彼女が必死に何かを見ようとしているのは確かで、ビュルビュル監督はそこに受け継がれていくべき大切な思いといったものを表現していたのだろうか。この旅を経ることで、ハリメは少しだけ大きくなったということなのかもしれない。全体を一種の寓話として括ってしまうにはリアル過ぎるし、リアルな物語として見るとリアルでない部分が際立ってしまうという、不思議な感触を持った映画だったと思う。
(あつぎのえいがかんkiki、3月2日)

# by krmtdir90 | 2024-03-03 20:17 | 映画 | Comments(0)


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