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菅原文太の死を伝えるニュースを聞いた時、思い出したのは「雪の今戸橋」のシーン(「緋牡丹博徒・お竜参上」1970年)だった。
菅原文太と言えば「仁義なき戦い」シリーズ(1973年~)や「トラック野郎」シリーズ(1975年~)が有名だが、「仁義なき戦い」だけは確か何本か見たと思うが「トラック野郎」の方は見ていない。それ以前にも、彼には「現代やくざ」「関東テキヤ一家」「まむしの兄弟」といったシリーズものがあったが、たぶんどれも見ていないと思う。タイトルからして敬遠してしまうような感じで、彼の演じていたキャラクターというのは、わたしには当時あまり見たいと思うようなものではなかったのである。 だから、「緋牡丹博徒・お竜参上」も菅原文太だから見に行ったわけではない。藤純子の任侠映画「緋牡丹博徒」シリーズとして見に行ったのであり、そこにたまたま菅原文太が客演していたということである。「お竜参上」はシリーズ6作目にあたり、監督は加藤泰である。 映画館で見たのは大学生の時で、その後たぶんテレビ放映された時にも見ていると思うが、いずれももうずいぶん昔のことである。今回ぜひもう一度見たいと思ったが、そのためにはDVDを捜して購入するか、まだ一度も行ったことがないレンタルショップで借りてくるしかない。 実は、ついこのあいだまではあちこちで見かけたレンタルショップが、いまやどこにもなくなってしまっていることに初めて気付いた。いまはネットで借りてポストに返却という宅配レンタルにほとんど置き換わってしまったらしい(世の中の変化について行けていないと思った)。 ネットで、初めてそういうものを調べてみた。幾つかの選択肢があり、そのどれもが1ヶ月のお試し期間というのを設けていることが判った。その期間内なら何本借りても無料になるらしい。見たいのは「お竜参上」だけなのだが、宅配は2本単位になるというので、「緋牡丹博徒・花札勝負」と併せてリストに登録した。学生時代、外国映画中心のわたしと違って日本映画特にヤクザ映画を追いかけていた友人が、加藤泰は「お竜参上」より「花札勝負」の方が上だと言っていたのが記憶の片隅にあったのである。わたしはそれを見ていない。 すぐに送ってくるのかと思っていたら、一週間ほど待たされた。その間に、もっとたくさんリストに登録してくださいというメールが届いたりして、一ヶ月後に解約されないように相手もいろいろ考えているのかと思って、まあ別に急いでいるわけではないしと放っておいたら、昨日ポストに届いていたのである。 早速、「お竜参上」を再見した。 わたしの中で、この映画は加藤泰と藤純子によって記憶されていたものであることを確認した。菅原文太は記憶の中のイメージよりずっと若かった。調べてみると、彼はこの時39歳だったはずである。藤純子は25歳。菅原文太は年齢よりずっと若く見え、藤純子は年齢よりずっと貫禄があった。画面では二人はちょうどバランスが取れているように見えた。東映が任侠路線から実録路線に切り替わることでスポットを浴びることになった菅原文太が、消えていく任侠映画の中に唯一その姿を刻印した作品ではないかと思った。 「雪の今戸橋」というのは別れのシーンである。知っている人にはもちろん説明は不要だろう。知らない人にはくどくど説明したところで仕方がない気がする。だが、記憶に残る名シーン・ベストスリーに入るのは確実だと思う。今回見返してみて、作品全体としての出来は今ひとつという感じがしたが、このシーンの素晴らしさはもう一度感じることができた。 妹の遺骨を持って故郷・岩手に帰るという流れ者の渡世人・常次郎(文太)を、お竜(純子)が見送るシーン。交わされる少ない言葉と二人の押さえた演技の内にそれぞれの秘めた思いが揺れる。汽車の中でとお竜が渡す弁当包みの中から、蜜柑が一個こぼれ落ちるのである。雪の上を転がる蜜柑。お竜が拾い上げ、雪を払って常次郎に手渡す。 初めて見た時の、背筋に走ったゾクッとする感覚を忘れない。ああ、こういう表現があるんだという衝撃。二人は何も言わないが、この蜜柑が言葉や仕草からこぼれた二人の思いを鮮やかに語っている。 今戸橋は、いまは埋め立てられなくなってしまった、浅草に近い山谷堀に架かっていた橋だという。この橋は映画の大詰め、殴り込みにつながるいわゆる道行きのシーンで再び背景となる。今度は雪ではなく夜霧に包まれた橋の上、覚悟を決めたお竜に「お供します」と寄り添うのは、帰ってきた常次郎・文太である。 続く立ち回りのシーンはあまりいいとは思わない、日本家屋を基本とした横に展開していく立ち回りではなく、浅草・凌雲閣を舞台としたため、狭い階段を使って上に向かうという縦に展開する立ち回りになった。公開当時、その斬新さを評価する評もあったように記憶しているが、やはり障子や襖が次々に倒れて部屋が移っていくオーソドックスな殺陣の展開の魅力にはかなわないと思った。 大詰め、日本髪がほどけてざんばらになったお竜が敵・鮫洲の政五郎を屋上に追い詰め、政五郎は転落してしまう。傷を受け血だらけの常次郎(文太)が現れ、後の始末は自分がつける、そう決めたんだと告げて立ち去ろうとする。追おうとするお竜の顔のアップが大きくぶれたままストップモーションになる。この終わり方も非常に印象深く、記憶にはっきりと残っていた。 「緋牡丹博徒・お竜参上」は、今戸橋の別れを始め記憶に残る幾つかの美しいシーンを持っているが、任侠映画の話の展開としてはやや雑然として面白くないように感じた。年に3本も作られるシリーズものの6作目ともなると、話の作りなどにはやはり雑な部分や乱暴なところなどが散見されることになってしまうのかもしれない。 だがこの映画は、任侠路線の中ではあまり生きることのなかった、のちの実録路線になって東映を支えた菅原文太というスターを、任侠映画の枠組みの中に見事に生かして見せた作品として、しっかりと記録されなければならないと思った。 なお、今回レンタルの都合で初めて見ることになった「緋牡丹博徒・花札勝負」についても、簡単に触れておくことにする。 これはシリーズ3作目で、「お竜参上」で菅原文太が演じた流れ者の渡世人という役回りを、同じく亡くなった高倉健が演じているのも因縁めいている。監督の加藤泰はこれがこのシリーズ初メガホンだった。 任侠映画の出来としては、確かにこちらの方が上だと思った。話の展開にも無理がないし、見せ場も多い。冒頭、いきなりお竜が仁義を切る美しいシーンがあって、映画の中にぐいと引きずり込まれてしまう。この仁義の口跡を始めとして、賭場での様々な所作、普段の立ち居振る舞い、啖呵、そしてもちろん大詰めの立ち回りまで、演じる藤純子も見事なら映像にする監督の加藤泰も見事で、全体として作り出された冴えた美しさは相当なものだと思った。高倉健もさすが任侠映画の健さんという安定感を見せていて、畑違いの菅原文太と比較しては文太が可哀想だが、自分なりの味をしっかりと出し切っていたと思った(もちろん、「お竜参上」で文太は文太なりの人物造形をしっかりやり切っていたのは言うまでもないことだが)。 それにしても。 高倉健、11月10日没、享年83歳。菅原文太、11月28日没、享年81歳。 晩年の生き方はそれぞれだったようだが、高倉健は文化勲章を受章し国民栄誉賞も云々されているのに対し、菅原文太にはそういう話は全く起こってはこないだろうと思う。映画の中にいた時、わたしは菅原文太をあまりいいとは思っていなかったが、それはもちろんスクリーンで彼が演じた(演じさせられた)役どころのなせることであって、俳優引退後の彼の軌跡は強く印象に残るものだったと思っている。 今回ネットなどをいろいろ調べていて、彼(菅原文太)が近年の映画制作環境の変化について、「デジタルはお断り」と発言していたことを知って、さすが文太と感心したのである。 下はDVDのパッケージ。雰囲気は出ているが、やはり出演俳優の名前などはない。菅原文太の姿と雪の今戸橋は出ているが、やはりこういう感じの普通のポスターがほしかった気がする。
by krmtdir90
| 2014-12-20 12:51
| 本と映画
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