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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「エルネスト」

映画「エルネスト」_e0320083_16521578.jpg
 阪本順治監督の映画を観るのは2本目になる。「団地」はあまり面白いとは思わなかったが、この「エルネスト」は良かった。監督の力量が遺憾なく発揮された傑作ではないかと思った。
 昨日(10月9日)がチェ・ゲバラ没後50年の節目に当たるというので、新聞などにも小さな記事が載っていた。別にわたしはゲバラに心酔していたわけでも興味があったわけでもない。当時は南米の国々で何が起こっているのかといったことは、きわめて限られたニュースしか入っては来なかったのだと思う。キューバ危機(1962年)のことはおぼろげに覚えているが、その時どんな危機が迫っていたのかを理解していたとは言えないだろう。
 阪本順治監督はこの映画に何らかのメッセージを込めたわけではないと思う。フィルモグラフィーを見る限り、この監督はまったく一貫性のない多彩な映画を撮っているようなので、恐らく今回もただ面白そうな題材だと思っただけだったのかもしれない。この監督にはたぶんそれだけで十分だったのだろう。確かに題材としては非常に興味深いが、同時に実際作るとなると大きな困難の伴う題材だったと思う。それにもかかわらず、実に見事にそれを作り上げていることに驚きを感じた。きわめて異色の青春映画になっていると思った。

 年表によれば、チェ・ゲバラがフィデル・カストロらとともにキューバ革命を成し遂げたのは1959年1月1日だったらしい。その後、ボリビアの軍事独裁政権打倒のためボリビアでゲリラ戦を開始するのだが(1966年)、その時このゲリラ部隊に加わり、ゲバラの下で戦った一人の日系ボリビア人がいたというのがこの映画の題材である。フレディ前村ウルタードというのが彼の名前で、鹿児島出身の日本人移民の父とボリビア人の母との間に生まれた2世だったようだ。この青年を、オダギリジョーが全編スペイン語を喋って演じている。
 フレディ前村は医師を志していたが、思想的背景によりボリビアでの大学進学の道を閉ざされ、革命後間もないキューバのハバナ大学医学部に奨学生として受け入れられる。映画はハバナ大学の寄宿舎に入った彼の学園生活を丁寧に追いかけている。ここを描くことがこの映画の主眼であり、寡黙で正義感溢れる一人の若者が友人と交流したり女性と惹かれ合ったりしながら、自分の生きる意味を次第につかみ取っていく充実した日々を描いていく。そうした中でゲバラとの出会いは数回に過ぎないが、それが彼に決定的な憧憬と影響をもたらしたことが描き出されている。
 阪本監督の演出は非常に抑制が効いていて、多くを語らないにもかかわらずフレディの一途な生き方と思いが浮かび上がるようになっている。オダギリジョーの抑制された演技も素晴らしく、演技演出ともに好感の持てる語り口の映画だと思った。

 冒頭、1959年7月、チェ・ゲバラがキューバ使節団の団長として日本を訪れ、予定になかった広島平和記念公園や原爆ドーム、原爆資料館などを訪問した経緯が紹介されている。慰霊碑に献花した後、そこに書かれた文字の内容を質問し、「過ちは繰返しませぬから」に「主語がない」と指摘するシーン、そして資料館を見た後、「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」と発言したシーンなどが描かれている。
 本編とは直接つながらないエピソードなのだが、わたしはゲバラが広島を訪問していたという史実も知らなかったし、そこでこういう言葉が発せられたことも知らなかった。だが、日本の映画人である阪本順治監督がキューバとの合作によってこの映画を撮ろうと考えた時、この事実をプロローグとして置きたかった気持ちはよく判る気がした。
 本編の方で、医学生のフレディが初めてゲバラと出会い、「あなたの自信はどこから来るのか」と質問した際のゲバラの答え、「自信ではなく、怒っているんだ、いつも」という言葉と、このエピソードは響き合っている。ゲバラは続けて「怒りは憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」と告げる。フレディがゲバラの人間的魅力に捉えられてしまった瞬間である。

 日本人は確かに原爆慰霊碑の言葉から主語を曖昧にし、怒りを後退させることで戦後を生きてきたのかもしれない。しかし、この映画が描くのは日系人とはいえ日本人の生き方ではない。よくここまでと思うくらい徹底した作り方で、ボリビア人、アルゼンチン人、キューバ人らの生き方を描くことなのである。そういう意味で、この映画がどこまでそれをやれていたのかは現地の人々にしか判らないことだが、少なくとも日本映画とは明らかに異なる不思議な手触りの映画になっていたのは確かなことだと思われる。
 日本映画ではない、外国映画を観るような感覚がずっと続いていたように思う。というか、阪本順治という監督がキューバを舞台にして撮った映画が、こんなふうにインターナショナルな感性でこの国に馴染んでしまっていることが驚きだったのである。外国に行って、外国人の俳優と言葉を駆使して、こういうふうに撮れてしまう監督はなかなかいないのではないかと思った。それとも、いまの映画界ではこの程度のことは当たり前のことになっているのだろうか。

 「エルネスト」というのはチェ・ゲバラのファーストネームであって、フレディ前村がゲバラ指揮下のゲリラ隊員になる時、本名を捨てて名乗ることになった新たな戦士名である。ゲバラから「エルネスト・メディコ」(メディコは医師の意)という名前をつけて貰うシーンがあった。同じ医師の出身だったゲバラは、この真っ直ぐな気持ちの青年に好感を抱いて、みずからの名前を与えたように描かれていた。これを聞いて目を輝かせるオダギリジョーの表情が凄くいい。
 このあと、ボリビアに入ってからのゲリラ戦の様子と、ボリビア軍に捕らえられて処刑されるまでの経緯は、映画全体のバランスからするときわめて短い描き方になっている。この映画はそうしたシーンをこれでもかと見せる映画ではなく、ゲリラ戦士「エルネスト・メディコ」が誕生するまでの、その真っ直ぐな生の軌跡を描こうとしたものなのだろう。そして、それは非常に成功していると思った。エンディングのストップモーションも印象的だった。
 例によって事前知識がまったくない状態で観たから、この映画がそういうものであったことが、意外だったが非常に好感が持てた。いずれにしても、終始違和感なく面白く観ることができた映画だった。掘り出し物、と言っていいような気がした。
(立川シネマシティ1、10月7日)
by krmtdir90 | 2017-10-10 16:52 | 本と映画 | Comments(0)
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