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結末は復讐なのだが、彼女の一度目の決断では後に残るのは空虚だけだということが彼女にも判ったのだろう。二度目の決断は、彼女にとっては夫と息子のいる「向こう側」に行くということであって、そこに積極的な選択という側面があるということである。彼女がそこに救いを求めるしかなかったということは理解できる。一方で、正義がなかなか貫かれない社会の不条理はそのまま残ってしまうわけで、救いがないという印象はそこから来るものだと思う。 ドイツは移民大国と言われ、それを快く思わない極右集団(ネオナチ)によるテロ事件が実際に起こっているらしい。監督・脚本のファティ・アキンはトルコ系移民の血を引いているというから、こうした社会的な矛盾や暗部を見詰める視線には非常に厳しいものがある。 主人公のドイツ人女性カティヤは、学生時代に知り合ったトルコ系移民のヌーリと結婚した。彼は麻薬取引に絡んで獄中にあったが、それを乗り越えての結婚だった。出所後、彼は真面目に働き、二人の間には6歳になる息子ロッソができていた。この夫と息子が爆破事件の犠牲となり、カティヤは突然不幸のどん底に落ちてしまうというのが発端である。 当然彼女は悲嘆に暮れることになるが、この映画のいいところは、彼女を被害者という単一の色に染めてしまわなかったところだと思う。もちろん彼女の絶望の深さはこれでもかと描かれるのだが、やって来た両親や捜査に当たる刑事の描き方などに、ステロタイプに流れることを許さない鋭い目が向けられている。カティヤの描き方にもそれは届いていて、彼女は決して品行方正な受け身の女性としては造形されていない。彼女の身体にはタトゥーがたくさんあるし、タバコやお酒もやり、悲しみを紛らわせるためにクスリにまで手を出したりするのである。両親とのやり取りなどから、彼女があまり幸せな育ち方はしていなかったことも見て取れる。逆にそのことから、彼女にとって夫と息子との生活がどんなに大切なものだったかが浮かび上がるのである。 警察は最初、麻薬なども絡んだ移民同士のトラブルではないかと疑い、ネオナチの仕業だというカティヤの見方は積極的には受け入れてもらえない。ファティ・アキン監督は、ドイツ社会の根底に移民に対する偏見や差別意識が流れていることをさりげなく感じさせている。 結局、ネオナチの若いドイツ人夫婦が逮捕され、今度はその裁判の過程が逐一描かれていくことになる。カティヤは友人の弁護士とともにこれに立ち会うが、この裁判の描き方もまったく容赦のないもので、被告側の弁護士の(プロとしては当然のことをしているだけだろうが)嫌らしさなどは唖然とするくらい際立った描写が並べられている。そして、結果は(予想に反して)証拠不十分で容疑者は無罪釈放となってしまうのである。 この後のことは、まあ一応の礼儀としてネタバレさせずにおくのがいいのだろう。最初のところに少し書いてしまった気もするが、それ以上書くのはやめておく。 映画の展開の緊迫感は素晴らしいもので、ストーリーはどこまでも暗く救いのないものだが、そこに描かれているものからまったく目を離せないまま、最後のカティヤの決断に向かってぐいぐい引きずられていくしかなかった。これはもちろんファティ・アキン監督の演出力の結果であるが、それ以上にカティヤを演じたダイアン・クルーガーの演技によるものである。わたしは長いこと映画から離れていたから、この女優を観るのは初めてだったが、この繊細で力強い(基本的には押さえた)感情表現の見事さには舌を巻いた。カティヤの最後の決断を、ここまで説得力を持って演じ切るのは並大抵のことではないと思う。 非常に現代的で多様なテーマを含んだ映画だが、それがこんなふうに完璧な娯楽映画として成立していることが驚きだった。こんなにスリリングでサスペンスフルな映画も、めったにお目にかかれるものではない。 (新宿武蔵野館、4月16日)
by krmtdir90
| 2018-04-17 18:30
| 本と映画
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