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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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映画「スーパーシチズン 超級大国民」

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 新宿K's cinemaでやっていた「台湾巨匠傑作選」が、この夏ほぼそのままのラインナップでユジク阿佐ヶ谷に来るというので、見たいと思っていたこの映画のスケジュールを調べて行って来た。「台湾ニューシネマ・幻の傑作」という惹句が気になっていたのである。
 この映画が製作されたのは1995年だったというが、映画祭での上映はあったものの、日本では一般公開されておらず、このほどデジタルリマスター版が作られたのを契機に、23年ぶりで劇場初公開が実現したものだったようだ。

 台湾で、38年続いた戒厳令が解除されたのは1987年のことである。戒厳令下の台湾については、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の「悲情城市」(1989年)やエドワード・ヤン(楊徳昌)監督の「牯嶺街少年殺人事件」(1991年)などですでに描かれていたが、それら先行作品にやや遅れて、ワン・レン(萬仁)監督がこの映画で取り上げたのは、戒厳令下で行われた白色テロという厳しい政治弾圧の実態と、それが人々の心に深い傷跡を残した事実である。こうしたことを文字通り真正面から描いたために、この映画は台湾ニューシネマの中でも突出して重要な歴史的意義を持つものになったようだ。

 パンフレットからストーリーの概略を書き抜いてみる。
 1950年代、戒厳令と白色テロの時代。若き大学教授コー・ゲーシン(許毅生)は、政治的な読書会に参加したことを理由に逮捕される。投獄されたコーは激しい拷問に負け、逃走した友人タン・チンイッ(陳政一)の名前を明かしてしまう。その結果、コーは無期懲役となるが、捕まったタンは死刑にされてしまう。30数年後、戒厳令解除で解放されたコーはすっかり老人となり、いまはどこかの老人施設に入って暮らしている。
 映画の冒頭、深い夜の闇の奥から車のヘッドライトが現れ、2台のジープが次第に近づいて来て止まる様子が俯瞰気味のロングショットで捉えられる。3人の男が外に引き出され、座らされて背後から兵士たちに銃殺される。これは、タンの処刑を自分のせいだとずっと責めてきたコーが、いまだに囚われうなされ続けている悪夢のイメージなのである。

 映画は、老いたコーが施設を退所して、高級マンションに住む娘夫婦の許に身を寄せるところから始まっている。彼は翌日から、わずかなつてを頼りにかつての関係者を訪ね歩き、タンの墓を探して謝罪しようと決意している。このことは、映画が進むにつれて、上に書き抜いた彼の事情とともに次第に明らかにされていくようになっている。彼の苛烈な実体験と、彼の中で形作られたそれに付随する様々なイメージや記憶の断片といったものが、セピアがかったモノクロ映像で混然と挟み込まれている。そのことで、彼のたどった不幸な人生の全貌が徐々にかたちを現してくるのである。
 この映画では、日本統治の下、日本軍の一員として戦争に駆り出され、戦後は国共内戦によって多くの外省人が流入し、様々な混乱の中で戒厳令公布に至る歴史的経緯も明らかにされている。いまではパチンコ屋のテーマ音楽になってしまった軍艦マーチや、当時台湾で歌われたらしい大陸反攻を煽りたてる勇壮な曲などが、かなり長々と映像に重ねられていて、この国がたどった複雑で困難な道のりもしっかりと記録されていくのである。

 タンの墓を探す旅の途中で、老いたコーが訪問する昔の仲間もみんな老いていて、それぞれが過去の傷跡を背負いながら生きていることが見て取れる。製作当時の台湾の町の様子なども点描されているが、戒厳令解除後に初めて行われた統一選挙(1989年に実施)が背景になっていたようだ。国民党一党独裁体制が崩れ、世の中は民主化に向かう大きなうねりの中にあるが、コーを始め白色テロの犠牲となって苦しんだ者たちには、時代に取り残されていくような寂寥感が漂うのである。
 コーが昔の仲間と言葉を交わす時、思いがけず時折日本語が混じることに衝撃を受けた。確かに台湾は、1945年までは日本の統治下にあり、その時代に生まれ育った子どもたちは、みんな統治国日本の教育を受け日本語を話して育っていたのだった。
 コーは、映画の終盤になってようやくタンの墓にたどり着くが、山奥の茂みに分け入り、たくさんの小さな墓標が並ぶ荒れ果てた墓地の中を探し回り、やっとタンの墓標を発見した彼はその前に崩れるように跪く。その時、深く頭を垂れた彼の口から絞り出されたのは、「すみません」という日本語だったのである。ワン・レン監督の言によれば、彼らは自分を日本人だと思って育ってきたのであり、親密な関係にある者同士であれば、会話に日本語が交じるのはきわめて自然なことなのだという。彼らは幼い時から、許しを乞う時は「すみません」と言うのだと教わってきたので、本当に謝りたいと思う時に出てくる言葉は、自国語ではなく日本語になってしまうというのだ。
 日本人として、これまでそんなことは考えたこともなかったから、これは非常に強く印象に残ったシーンだった。

 コーに関する過去の映像の中で、刑務所に面会に来た妻にコーが書類を渡して一方的に離婚を告げるシーンがあった。セリフなどはなく、すべてが無言のうちに進行するのだが、同道していたまだ小さかった娘がその一部始終を見詰めていた。そして、後半の現在のシーンの中で、はるか昔のこの時の父の選択を娘がまだ許せないでいることが彼女自身の口から語られる。無期懲役の政治犯である彼は、妻の幸せを願って離婚の道を選んだつもりでいたのだが、それは彼女の気持ちをまったく思いやっておらず、自分のことしか考えていなかったではないかと現在の娘に責められてしまうのである。
 映画の最後には、老いたコーが当時のまだ若い妻と娘とともに、丘の上で笑顔で寄り添うシーンが置かれていた(チラシに映っている三人がそれである。真ん中のコーだけが年を取っている)。引き裂かれた無念の思いは、コーだけでなく妻や娘の中にもずっとあり続けたということなのだ。長く続いた戒厳令の下で、多くの悲劇が繰り返されたことを忘れてはならないという強いメッセージを、ワン・レン監督はこの映画に込めたのだろう。

 なお、最後に一言付け加えておけば、この映画は作りとしてはあまり巧みなものではないと感じた。現在の中に過去の出来事などをフラッシュバックさせる描き方は、それなりに成功していたと言えないわけではないが、どうも、エピソードの扱いが総じて説明的になりすぎていて、公開当時はどう受け止められたのか判らないが、いま見ると組み立てがやや凡庸に感じられるところなどもあったように思う。ただ、台湾映画の歴史において重要な作品だったのは確かなことで、そういう意味では見ることができて良かったと思った。
(ユジク阿佐ヶ谷、8月17日)
# by krmtdir90 | 2018-08-19 14:37 | 本と映画 | Comments(0)

「ふたりぐらし」(桜木紫乃)

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 桜木紫乃はどこに行こうとしているのか。新境地を模索しているのだろうか。
 しかし、以前からの読者としては、こういう話なら別に桜木紫乃でなくてもいいわけで、彼女には「結婚って、けっこういい」などという話を期待しているわけではないのだ。前作「砂上」も新境地という感じがあったが、あの時は小説家・桜木紫乃がみずからの創作の秘密?を明かしてくれたという点で、それなりに楽しむことはできたのだった。

 今回は一組の夫婦の上に流れる時間の経過を、10の短編を連作のように組み合わせることで描き出そうとしている。10編は夫と妻それぞれに即した話を交互に並べていて(5編ずつ)、夫の「こおろぎ」から始まって、最後は妻の「幸福論」で終わるという構成になっている。帯の惹句にあるように、「夫婦はいつから、夫婦になるのだろう」というのが全体を貫く問いになっていて、裏表紙側の帯の「ささやかな喜びも、小さな嘘も、嫉妬も、沈黙も、疑心も、愛も、死も。ふたりにはすべて、必要なことだった」というところを通って、最後に「幸福論」に辿りつくというかたちである。
 最後のタイトルが「論」であるのは、結局こういうのが「幸福」なのかもしれないという、あくまで断定しない終わり方になっているからと思われるが、そもそもそんなことは誰にも断定することはできないのだから、それを「論」と名づけてみせる桜木紫乃の態度には、あまり共感できるところはないような気がした。
 桜木紫乃が幸福について考えることは別にかまわないと思うが、それが夫婦の幸福についてであったことが、少々違和感を感じさせるということだったのかもしれない。男と女、両者を無理に均等にしようとしたように見えてしまって、別にすべてを妻の側から書いてもいっこうにかまわなかったのではないかという気がしたのである。たぶん、その方が彼女も書きやすかっただろうし、ずっと読みやすいものになったのではないかと思った。

 桜木紫乃はこれまでも、圧倒的に女性の生き方を描いてきた作家なのであって、敢えて言ってしまえば、男性を描くことはあまり得意ではなかった(あまりそちらの立場を考慮してこなかった)という印象があったと思う。今回、男女をほぼ等分にする比率で書こうとしたのは、もしかするとそのあたりを意識してのことだったのかもしれない。
 だが、率直に言ってしまえば、本作でも夫・信好の造形はもう一つはっきりしないところがあって、読んでいてあまり面白いとは思えなかったのである。と言うか、実は妻・紗弓の方もどことなくぼやけた印象があって、桜木紫乃は結局、さして特徴のないこうしたありふれた人物を描くのはあまり巧みではなく、なかなか面白いものにならないということだったかもしれないと思った。
 もちろん、各編ごとに小さなエピソードの積み重ねになっている今回の話でも、描写の仕方などでさすがだなあと感心するところはたくさんあった。だが、それがこの夫婦への興味としてまとまっていくような気はしなかったのである。エピソードの設定が、無理に作られているように感じられるところもあって、話の「作られ感」といったものが、いつになく生のまま出ているような気もしたのである。夫婦になってすでに40年以上経過しているわたしとしては、こういう話には「今さら感」というようなものも働いていたのかもしれない。

 やはり、桜木紫乃にはもっと波瀾万丈で、周囲の現実に翻弄されるような女性たちを描いてほしいという気がするのである。たぶん、今回の話では「桜木紫乃ワールド(固定観念かもしれないが)」というようなものに、有無を言わせず引きずり込まれることがなかったのが不満だったのだろうと思う。難しいものである。
# by krmtdir90 | 2018-08-17 18:16 | 本と映画 | Comments(0)

映画「カメラを止めるな!」

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 わたしは映画館に行くとけっこうチラシを貰ってくるので、このチラシもあるだろうと探してみたが見つからなかった。絵柄には確か見覚えがあるから、たぶん見かけるたびに(この感じはまったく好みではないし)見に行くことはないと判断していたのかもしれない。
 ところが、どうも世の中はわからないもので、これがいま驚異的な大ヒットを記録しているのだという。最初はマイナーな2館ほどで公開されたが、面白いという評判が口コミ(SNS)で一気に広がり、連日の満席を記録したのち、先週あたりから上映館を大幅に増やして対応することになったらしい。「この世界の片隅に」とまったく同じパターンをたどっている映画なのである。
 そうはいっても、映画としては「この世界…」(の真面目さ)とはまったく異なり、いかにもB級くさい「ゾンビもの」のコメディらしいし、なかなか見に行こうという気持ちにはなれないでいた。だが、夏場はわたしの見たいような映画がほとんどやっていない時期で、まあ、他に見るものもないし、ちょっとヒマ潰しという気分で近くのシネコンに出掛けて行ったのである。シネコンとしてはかなり大きなハコが用意されていて、6割ぐらいの入りだったろうか、それでも一日7回も上映するようだから、十分立派な成績と言っていいのだろう。思いがけない展開に増刷が追いつかないのか、プログラムを買おうとしたら品切れになってしまっていた。

 SNSで拡散する時、この映画は予備知識なしで見た方がゼッタイにいいということで、ネタバレさせずに周囲に薦めるのが暗黙の約束になっていたらしいが、わたしとしては感想を書きたいのだから、以下は完全なネタバレになっていることを最初に断っておきたい。
 結論を最初に言うと、これはものすごい掘り出し物だった。「騙されたと思って見に行ってごらんよ、とにかく面白いから」と、なぜかしら人に薦めたくなる映画なのだと思う。アイディアの勝利という面はあるが、それをこんなふうに実現するのは簡単なことではなかっただろう。

 いきなり始まるのは、これ以上はないというくらいチープな「ゾンビもの」である。とある山奥の廃墟で、自主映画の撮影隊がゾンビ映画を撮影している。妙なこだわりを見せる監督にみんなが困り果てていると、そこになぜか本物のゾンビが襲いかかり大混乱になるのである。本物だ~!と監督は大喜びで撮影を続けるが、撮影隊の面々は次々とゾンビ化していき、腕は飛び首も飛び血糊ベタベタの修羅場が展開していくことになる。…というような内容なのだが、何と言うべきか、画面は汚いし、勢いだけはいいんだが、なんかハチャメチャでよく判らん流れの中で、これはなんなんだよ~という気分になっていくしかないのである。
 ただ、これが37分にわたる「ワンシーンワンカット」で撮られているというのはどこかで聞いていたから、いつのまにか、これは容易に撮れるものではないぞというのが判ってきて、その興味に引きずられて、とにかく行くところまで行くしかないなと覚悟を決めることになった。たぶんカメラを止められないことからくる不自然さや、なぜそうなるのかよく判らない箇所がいろいろ目につくのだが、とにかく37分を走り切ってエンドロールが出たところで、とにかくよくやったことだけは確かだなと思うしかなかった。

 だが、実はここからがこの映画の(もう一つの)始まりだった。これはもう、完全にやられたという感じだった。
 まず、37分のワンシーンワンカットがなぜ行われたのかという事情が明らかにされる。これはそもそも、テレビの単発ホラー番組として企画されたもので、使えるカメラは一台だけ、全編ワンカットの生放送というのがプロデューサー側が出した条件だったのである。要するに企画そのものが最初から安易な思いつきなのであって、しかも予算がないから、俳優も裏方もよく判らない面々しか集められなかったということらしいのである。
 こんな安直で危ないだけの企画に普通は誰も乗らないよなどと言いながら、引き受けてしまった以上はやるしかないというところに監督が追い込まれたのが始まりだったのである。この準備段階のあれこれを手短に描写していくところで、監督の家族のサエない状況なども点描されるのだが、なぜそんなシーンが必要なのかよく判らないままに、映画は最初に見せられた37分のワンシーンワンカットを、もう一度、今度は製作側の視点から追体験するという構成になっているのだった。それは、この37分の撮影の裏側で何が起こっていたのかを、逐一明らかにしていくということだった。この過程で、監督の家族(妻と娘)も重要な役割を果たしていくことになる。

 つまり、この後は最初の37分間や製作事情を描いた部分で、様々に引っかかってきた不自然さや意図不明の箇所について、実はこうだったという種明かしが行われることになるのである。カメラを止められないという絶対条件の中で、裏方を始めとした撮影隊全員が、臨機応変つじつま合わせのために必死に駆け回る様子をすべて映し出していくのである。要するに、これまで不自然とか意図不明と感じられた箇所は、映画としては(思わぬアクシデントが起こったというかたちで)すべて意図的に仕込まれていた伏線だったのであり、それを一つ残らず回収してみせるというのが、この映画の核心になっていたのである。見ているうちに、なるほどそういうことだったのかと一々納得させられて、その爽快感?はなかなかのものだった。客席からもけっこう笑い声が聞こえて、大いに楽しませてもらうことになった。
 この中で、このワンシーンワンカットを作り上げようとする撮影隊の「必死の思い」といったものが、鮮やかに浮かび上がってくるように感じられたのが素晴らしかった。笑っちゃうくらいチープな撮影現場であっても、そこに溢れている一人一人の「熱」はこの上ないものだったのである。彼らの真剣な右往左往を笑っているうちに、最後には胸が熱くなるようなところまで持って行かれてしまうのは驚きだった。いやまったく、この手の映画に感動させられてしまうとは思ってもみなかった。

 考えてみると、この映画は実に緻密に組み上げられた映画なのであって、監督・脚本・編集の上田慎一郎という青年監督(34歳だという)の力量は並のものではないことが感じられた。特に見事だと思ったのは、この監督はその緻密な計算を前面に出すのではなく(計算している余裕なんてありませんよという顔をして)、むしろいかにも成り行き任せの、たまたまこんなことになっちゃって~といった、終始いい加減な雰囲気をあたりに漂わせながら、それを何ともさりげなく(軽やかに)やり切ってしまったことだったと思う。予算がなかったのは事実だったのだから、上田監督はそのチープさを逆手にとって、恐らく計算ずくでこの「ユルい雰囲気」を構成して見せたのではないかと思う。
 みんなで力を合わせて困難を乗り越え、一つのものを作り上げていく素晴らしさ、などと言ってしまったら身も蓋もないが、確かにこの映画はそういうことを描いていたのであって、そういう映画をとことん楽しいだけの第一級コメディとして作り上げてしまったことに驚くのである。振り返ってみれば、どの登場人物のキャラクターもしっかり組み上げられていたことが判るし、映画の監督一家(監督と妻と娘)にとっては、あろうことか、彼らの成長脱皮の物語という側面まで鮮やかに描き込まれているのである。彼らの変貌にあっけにとられながら、ヨシッ、行け~!というような、なんだか全面的な共感気分にさせられてしまうなど予想もできないことだった。

 まったく、映画というのは判らないものだ。終わってみれば、完全に監督の術中にはまってしまった96分だった。見に行って良かったと思った。
(TOHOシネマズ南大沢、8月13日)
# by krmtdir90 | 2018-08-15 16:13 | 本と映画 | Comments(2)

映画「グッバイ・ゴダール!」

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 ジャン=リュック・ゴダールの「中国女」(1967年)は見ているはずだが、映画のこともアンヌ・ヴィアゼムスキーのこともまったくと言っていいほど覚えていない。「気狂いピエロ」(1965年)には衝撃を受けたが、その後、商業映画と訣別して政治的・闘争的な映画に突き進んでいった彼には、とてもついて行けないような気がしていたのだと思う。
 この映画は、アンヌ・ヴィアゼムスキーが2015年に出版した自伝的小説「それからの彼女」を映画化したものなのだという。そこには、アンヌが主演した「中国女」の撮影時から始まり、いわゆるパリ五月革命とカンヌ国際映画祭粉砕事件(いずれも1968年)、そしてジガ・ヴェルトフ集団の映画製作に至るまでの数年間のゴダールが描かれている。それは、ゴダールの軌跡をたどろうと試みる時、最も興味深く、しかし最も判りにくい変節を遂げた時期と重なっている。

 だが、間違えてはいけない。この映画はその時期の事象を一つ一つ追いかけているが、だからといってゴダールの伝記映画を作ろうとしたものではないし、映画監督としての彼の変節を解釈したり評価したりしようとしたものでもない。恐らく、アンヌ・ヴィアゼムスキーの書いた原作もそうしたものではなかったと思われる。ここにはいかにもそうであったかのようなゴダールがいるが、それらはすべてアンヌの視線を通したゴダールであって、小説として書かれている以上は、そこに創作や誇張が加わっていることが前提となっているのである。
 映画は当然のことながら、ゴダールの思考の軌跡には踏み込もうとしていない。それは確かに重要な背景ではあるけれど、ここに描かれているのはあくまで、2人目の妻(ミューズ)となったアンヌとの日々に一喜一憂?する一人の男性としてのゴダールの姿である。ゴダールが彼女と出会った時、アンヌは19歳、ゴダールは36歳だったというが(アンヌはすでに、17歳でロベール・ブレッソン監督の「バルタザールどこへ行く」に出演して映画デビューしていた)、この映画が描くのは、すでに時代の寵児となっていた天才映画監督と出会ってしまった、はるか年下の新人女優アンヌの目から見た、2人の「恋」の顛末なのである。

 この監督(ミシェル・アザナヴィシウス)は、この基本的な視点をずっと堅持してくれているから、ゴダールの弱さやダメさ加減を容赦なく(コミカルに)描きながらも、その思想面には一定の距離を置くことで、彼へのリスペクトは一貫して保持していることが見て取れるのである。その結果、出会いの当初は全面的な憧憬であったアンヌの思いが、どんどん変化していく彼の行動の過激さに次第に違和感を強めていき、ついにはついて行くことができなくなってしまうまでの心の変遷が、(ゴダールを批判したり貶めたりすることなく)丁寧にたどられるものになっているのである。
 女性の方から見ると、ゴダールのような男はまったくもって困ったものなのかもしれないが、それを笑いで処理するところでも、この映画は少しも嫌味なものにならず、それもまた彼の一途さや不器用さの一つのかたちだったのかもしれないと感じさせるような描き方をしていると思う。ゴダールを演じたルイ・ガレルをゴダール本人に非常に似た風貌に作って、いかにもこんなふうだったのだろうなと思わせる一方で、アンヌを演じたステイシー・マーティンは本人とはまったく異なるイメージで登場させたところに、この監督の鮮やかな作戦の勝利があったような気がした。

 そのためと言っていいと思うが、このアンヌはアンヌ・ヴィアゼムスキーであると同時に、1人目の妻(ミューズ)だったアンナ・カリーナをも連想させるような存在になっていたと思う。アザナヴィシウス監督は、この映画を普遍性を持つ「恋愛映画」と規定することで、いつも女性と行き違うしかなかった「勝手にしやがれ」(1960年)「軽蔑」(63年)「気狂いピエロ」(65年)といったゴダールの作品群を、つい(自然に)参照してしまうような作り方をしている気がした。ここにいるゴダールは、マリアンヌのアンナ・カリーナを遂に理解できなかったフェルディナンのジャン=ポール・ベルモンドと瓜二つだと言ったら言い過ぎだろうか。
 この映画には時々、ゴダールとアンヌの短い独白が挿入されているのだが、非常に早い段階でゴダールは、「彼女は僕を捨てる、いつのことか判らないが」と言っているのである。ゴダールとゴダールの映画の男たちは、この理由も判らない不安(予感)からいつも逃れられないでいたような気がする。対するアンヌは終盤近くで、「もう愛していない。目が覚めたわ。あなたが皆を拒んだのよ」と呟くのである。ゴダールはどんなに一生懸命になっても、アンナ・カリーナやアンヌ・ヴィアゼムスキーにそう言わせてしまうしかできなかったということなのだろう。

 アンヌ・ヴィアゼムスキーは2017年に70歳で亡くなったらしい。完成したこの映画を見て、彼女はとても気に入っていたとどこかに書いてあった。一方、ゴダールはいまも存命で(87歳だという)、この映画化にも完成した映画にも一切コメントを出していないということのようだ。まあ、実際にコメントの出しようがないのかもしれないが、通りすがりの野次馬としては、彼の辛辣な(たぶんそうなる)感想を聞いてみたいような気もした。
 まあ、それはそれとして、思いがけずきちんと作られた楽しい映画だった。ゴダールの人間味がこんなにも描かれているとは思わなかった。彼の政治的な考え方などは別にして、彼とアンヌの心情的なものがしっかり描写されていたのが良かったのだと思う。私の中ではけっこう評価の高い佳作だったと思う。
(シネスイッチ銀座、8月6日)

 新宿でもやっているはずだと思っていたら、すでに21時過ぎから一回限りの上映に切り替わってしまっていた。そのため、何十年ぶりかでJR有楽町駅を降りて、はるか昔に何回か行ったことがある(はずの)銀座のこの映画館での鑑賞になった(こちらは12時15分からの回があった)。映画館の記憶はまったく甦ってこなかったが、こういうのもたまには悪くないなと思った。内装などは新しくなっていたのだろうが、見やすい、いい映画館だと思った。
# by krmtdir90 | 2018-08-08 14:20 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ヒトラーを欺いた黄色い星」

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 イントロダクションからアウトラインを抜き出しておくと次のようになる。
 第二次世界大戦下の1941年から1945年にかけて、ナチスに虐殺されたヨーロッパのユダヤ人は約600万人と言われている。そのうち17万人はドイツ国籍だった。1943年6月、ナチス宣伝相ゲッベルスは、首都ベルリンからユダヤ人を一掃したと正式に宣言した。しかし、事実はそうではなかった。約7000人ものユダヤ人がベルリン各所に潜伏し、最終的に約1500人が戦争終結まで生き延びた。この映画は、実際の生還者へのインタビューに基づき、彼らがどのようにして困難な逃亡生活を生き延びたのかを明らかにしようとしたものである。

 これはドキュメンタリー映画ではない。だが、インタビューに答える実際の人物の映像が何度も挟み込まれているから、その部分に関してはドキュメンタリーなのである。映画は彼ら4人の語り手に導かれるように、若かった彼らの苦難の日々をドラマとして描き出していく。敢えて言えば、ドキュメンタリーによるドラマとでも言うべき形式によって、4人それぞれの潜伏の様子が明らかにされていくのである。4人の俳優によって演じられた彼らの過去の姿に、実際の老いた4人の言葉がリアリティを与えていくような作りになっている。この形式が非常に新鮮で効果的だったと思う。
 この4人は、実際の潜伏生活の中ではお互いに出会うことはなく、そういう意味ではまったく別個の4つのストーリーが平行して語られていくようになっている。そのため、それぞれの人間関係や展開を追うのが若干難しいところはあったものの、現在の4人のインタビュー映像がそれをうまく補い、整理するような働きをしていたと思う。クラウス・レーフレ監督によって選び出された4人は男女2人ずつで、潜伏開始時には16~20歳の若者だったという。家族や親しい人々と別れて一人で身を隠していく心細さはいかほどのものであったか。

 もちろん、何年にも及んだ彼らの潜伏生活が成功したのには、彼らを匿ったり助けたりしてくれた多くのドイツ人の存在があったことが大きい。ひとたび見つかればみずからの命も危なくなるようなそうした行為を、無償の善意で勇気を持って行った人々がいたのである。その姿もこの映画は丁寧に描き出している。それは大半が平凡な市井の人々であって、中には抵抗の姿勢を明確に持っていた人もいたかもしれないが、多くは困った人をそのままにはできないという思いから、深く考えることもなく選び取られた行為だったように見えるのである。声を上げることはできなくても、ナチスのやり方をおかしいと感じ、ユダヤ人を助けたいと思っていた普通のドイツ人もたくさんいたということなのである。
 とはいえ、監視や密告なども横行していた厳しい状況下で、誰を信じていいのかまったく判らないところでは、ユダヤ人であることを隠して生きていくことは困難極まりないことだったに違いない。外では顔見知りと出会うことを極度に警戒しなければならず、内でも家主の友人やゲシュタポの来訪を常時恐れながら生活するしかなく、その息苦しさは大変なものだったと思われる。ユダヤ人の中には命と引き換えにゲシュタポのスパイとなった者もいて、4人の一人がそれと気付いてすれ違うシーンは(見逃してくれたのだけれど)怖かった。

 4人がたどった潜伏生活はいずれも波乱に満ちたものだったが、中でもツィオマ・シェーンハウス(演じたのはマックス・マウフ)のそれはとりわけ興味深いものだった。彼は手先の器用さを生かして身分証を偽造し、出征を控えたドイツ人兵士に成りすまして市内の空室を泊まり歩いている。ある時、ユダヤ人を支援するカウフマンという謎の男に見いだされ、その技術でユダヤ人向けの大量の身分証を偽造することになるのである。このことで高額な報酬を得た彼は、その後不注意からこれが発覚して追われる身となり、最後は単身スイスに脱出することになったらしい。
 また、ルート・アルント(演じたのはルビー・O・フィー)も予想外の潜伏生活をたどった。友人のユダヤ人女性とともに戦争未亡人を装っていた彼女は、偶然の成り行きからドイツ国防軍のヴェーレン大佐宅で二人してメイドとして雇われることになるのである。邸宅では連日のように軍関係者がパーティーなどを開いていて、そうした中で、どうやら大佐は彼女たちがユダヤ人であることを知りながら働かせていたらしいことが判明する(匂わされている)。彼の真意は不明だが、ユダヤ人が生き抜いた中にはそんな思いがけない運命のいたずらもあったのである。

 映画には当時のニュースフィルムなどのモノクロ映像も挿入され、次第に空襲が激しさを増していくベルリンの様子から、戦争の終わりが(ナチスの敗北が)近付いていることを映し出していく。隠れていた彼らにとって、解放の日は突然にやって来た。ベルリンに侵攻したソ連軍の兵士に踏み込まれ、ここにはユダヤ人はいないはずだと追及されて、今度は自分たちが(ドイツ人ではなく)ユダヤ人なのだと証明しなければならない皮肉なシーンも描かれている。みずからもユダヤ人だったらしい一人のソ連兵士と彼らが、固い抱擁を交わすシーンは感動的だった。
 彼らが生き延びることができたのは素晴らしいことだったが、一方で7000人のうち5500人は命を落としているのである。彼らに手を貸したため、逮捕され処刑されてしまったドイツ人もいたはずである。映画の途中には、収容所を脱走してきた2人のユダヤ人が、現地で大量虐殺が行われていることを潜伏している同胞に知らせるシーンもあった。事実を知ったユダヤ人の衝撃は想像を絶するものであっただろう。
 ドイツ映画がいまもこの問題と向き合い、こういう映画を作り続けていることには敬意を表するしかないと思う。ナチス時代の隠れた史実を明らかにした佳作だったと思う。
(新宿武蔵野館、8月3日)
# by krmtdir90 | 2018-08-04 18:43 | 本と映画 | Comments(0)


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