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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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天津小湊温泉(2019.1.9~10)

 また温泉に行って来た。正月休みの後というのは、観光地はどこもけっこう空いていて、直前でもかなり余裕で宿が取れてしまうのである。
 今回は南房総の鴨川市、天津小湊温泉というところで、半露天風呂が付く部屋が比較的安価で泊まれる宿中屋という旅館だった。高級感はなかったが、部屋からの眺めが素晴らしく、コストパフォーマンスを考えれば十分満足できる宿だったと思う。

 車のナビというのはホントに便利なもので、これがなかった頃のことを考えると、いまはまったくストレスなしに目的地まで行けるのは素晴らしいことである。
 アクアラインができて房総方面は飛躍的に近くなったが、途中で首都高をかなり走らなければならないのがわたしにはネックになっていて、伊豆に行くのと時間的にはそれほど変わらないのに、なかなか足が向かない理由になっていた。ナビに任せておけばいいのだけれど、そうははいっても首都高で緊張してしまって、アクアラインにたどり着くまででどっと疲れてしまうのである。

 海ほたるPA。冬型の気圧配置が強まったとかで、よく晴れているが風は非常に強い。
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 富士山。
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 東京スカイツリー。
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 ナビの指示通り君津ICで高速を降り、房総スカイライン、鴨川有料道路などを通って外房に出た。非常にスムーズだったので、2時20分ぐらいには宿に着いてしまった。
 部屋は3階の角部屋で、西向きの大きな窓から海が見えた。
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 ベランダはないのだが、窓がワイドになっているので、右手の砂浜と家並みから左手の太陽まで、まったく遮るものなく見通せるのである。
 部屋の温泉露天風呂。
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 陶器の湯船は少々小さかったが、熱めのお湯が常時掛け流しになっていてなかなか良かった。半露天というのは、冬場は窓を閉じてしまえばいいのだから、これもなかなかグッドだったと思う。

 あんまり早くから風呂というのもどうかと思ったので、ちょっと海岸沿いの遊歩道の方に散歩に行ってみた。石段で下の岩場に降りられるようになっていた。
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 これが泊まった宿屋。
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 建物は5階建てだから、辛うじて見えている3階の一番左端がわれわれの部屋である。こちらに面して風呂があり、見えていない左側面が大きな窓になっているのである。

 その部屋の窓から、日没。
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 撮影時刻は16時40~41分。
 日が沈んだあと、西の空に細い三日月が見えていた。
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 上の撮影時刻は17時05分、下は17時27分である。
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 夜中に目が覚めて、窓の外を見たら凄い星空だった。真正面にオリオン座が見えていたので、試しにカメラを向けてみた。何の装備もないコンパクトカメラで、露出は自動で1秒に設定されたようだったが、確かめてみたら三つ星を始めとするオリオンの主要な星が何とか写っていた。ただ、ここに掲載しても判別は難しそうなので、そんなことがあったということだけ記録しておく。

 翌朝は、朝の内は晴れていたが(撮影7時16分)、
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 その後は雲が広がり始め、すっかり曇りの一日になってしまった。
 9時半過ぎにチェックアウトして、少し南の方を回って行くことにした。海岸沿いに車を停めて。
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 このあと金谷の方に抜けて、東京湾フェリーで帰ることにしたのである。
 途中、鋸南町保田というところで江月水仙ロードというのに立ち寄った。
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 水仙の花が道沿いの至るところで花盛りになっていて、晴れていればと思ったが、こればかりは仕方がない。
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 午後1時前に金谷のフェリーターミナルに着いた。
 岸壁から、三浦半島方面。左手に富士山も見えている。
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 ここで昼食のあと、ちょうどいい具合の13時40分発の船に乗った。
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 後部デッキから。
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 久里浜発の逆方向のフェリーとすれ違う。
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 所要40分、14時20分に久里浜港に着いた。
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 またナビに頼って、横須賀・逗子・鎌倉を抜け、藤沢ICから圏央道を通って帰って来た。時間的には幾分余計にかかるが、首都高を経由しないこのルートの方がいいなと思った。
# by krmtdir90 | 2019-01-18 17:18 | その他の旅 | Comments(0)

映画「共犯者たち」

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 いわゆる慰安婦問題や徴用工問題の経緯、さらに最近のレーダー照射問題などを見ていると、韓国という国をどう捉えたらいいのか判らなくなってしまうし、それ以上に、いま韓国という国に対して好意を持つことは難しいなという気分が湧いてきてしまうのである。だが、これらの問題は政治的な駆け引きのように扱われているところがあるから、こうした経緯のセンセーショナルな側面に引き摺られて、先入観や偏見で韓国の人々のことを考えてしまうのはいいことではないだろうと思う。
 昨年来、日本でも相次いで公開された「タクシー運転手/約束は海を越えて」や「1987、ある闘いの真実」といった韓国映画を見ると、この国の映画が光州事件や民主化闘争といった現代史の生々しい部分を積極的に取り上げ、きわめてオープンな態度でこれらの歴史的事実を捉え直そう(評価し直そう)としていることが見て取れると思う。そしてさらに、これらの映画が韓国国内でかなりのヒットを記録していることに、ある種の驚きを感じないではいられないのである。
 この国の人たちはけっこうしつこいところがあって、納得していないことを簡単に諦めたり忘れたりはしないということなのだろう。たぶん、そこが日本人との大きな違いなのだと思う。

 今回の映画はドキュメンタリー映画である。2008~13年の李明博(イ・ミョンバク)政権と2013~17年の朴槿恵(パク・クネ)政権が、政権に対して批判的な姿勢が目立っていた韓国放送界に、激しい言論弾圧を加えたという実態を実名で告発しているのである。韓国でそういうことがあったというのは、日本ではほとんど報道されなかった(知られなかった)と思うが、いまこうしてその経緯が明かされてみると、あらゆる弾圧に抗して一貫して闘い続けた多くのジャーナリストが存在したことに、目を見張るような思いがするのである。
 韓国のTV放送は、公共放送のKBSと公営放送のMBCが全国規模のネットワークを持っているらしいが、これらの放送局は、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権による独裁(1980~88年)を許してしまった反省から、民主化されたのちは、番組作りにおいては常に時の政権に対して批判的な視座を保持し続けることを使命のように考えてきたようだ。しかし、これを快く思わない李明博大統領は、その権限を最大限に利用してKBS・MBC両局への人事介入を行い、政府に批判的なニュースや時事番組を制作した局員を配置転換したり解雇したりして、放送局としての方向性を政権寄りに偏向したものに作り変えてしまったらしい。そして、彼に続いた朴槿恵大統領も同様の路線を踏襲したのだという。

 この映画のチェ・スンホ監督は、MBCで「PD手帳」という時事番組を作っていた敏腕プロデューサーだったようだが、上記の政治介入によって制作現場から一方的に外され、労組による抗議の長期ストライキを経て、結局は不当解雇されてしまった一人だったらしい。だが、彼は簡単には引き下がらず、映画という手段で反撃に出る時を待ち続けていたようだ。この映画は、映画としては非常に複雑で多岐にわたる出来事を次々に並べているので、その展開を追っていくのはかなり難しいところもあったが、それでも彼らの抵抗が何に向けられているのか、彼らが何を守ろうとしているのかはよく判るように描かれていたと思う。
 政治権力の座にある者が、卑劣な手段を総動員して報道の自由を押し潰しにかかってきた時、それに全力で抗い反撃しなければならないと考える勢力があったことを、この映画は真正面から記録している。その描き方があまりに真正面過ぎるので、逆に驚いてしまうくらいの感じなのである。このストレートさが韓国なのかもしれないと思った。
 その後どういう経過があったのかはよく判らないが、2017年に文在寅(ムン・ジェイン)政権がスタートし、夏にこの映画が公開されて、年末にはチェ・スンホ監督がMBCの社長に就任するという「大逆転」が起こったらしい。同時に、解雇されていた社員の現場復帰もかなり実現しているということのようだ。

 この映画を見ながら、日本の現政権とNHKの関係がどうなっているのかを考えないではいられなかった。以前からNHKの公正さには疑問符が付いていたと思うが、ここ数年の政権への癒着ぶりはちょっとひどすぎるのではないかと感じていた。数年前、NHKを始めとする各局で、政権に対して臆せずもの申すというキャスターたちが相次いで降板した(させられた?)ことも記憶に新しい。
 この映画で描かれた言論弾圧は、いままさに日本の放送界で着々と進行していることなのではないのかと感じた。それに対して、日本のジャーナリズムは大丈夫なのかと、韓国のジャーナリストたちに真正面から問いかけられているような気がした。
 ここでは、安倍政権がメディアに圧力をかけているかどうかの判断は保留しておくが、問題はもしそういうことが行われた時に、日本にはみずからの存在を賭けてこれと対峙できるジャーナリズムが、果たして存在しているのかということなのである。それが疑わしいように思えてしまうのは残念なことだし、きわめて危険な事態に日本が陥っているということなのではないか。
 少なくとも、こういう映画が何の躊躇もなく作られ、公開されるとそれなりの観客を動員してしまう韓国という国を、羨ましいと感じてしまうのをどうすることもできなかった。
(ポレポレ東中野、1月8日)
# by krmtdir90 | 2019-01-17 23:59 | 本と映画 | Comments(0)

映画「彼の見つめる先に」

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 いわゆる「ハイスクールもの」に分類される一本だが、その切り口というか描き方というか、様々な面において他に見られないユニークさを発揮した映画だったと思う。それはたぶん、一言で言うと「ナチュラル」ということになると思うのだが、ここに描かれる高校生活の一コマ一コマが、個性的であることを少しも主張しようとせず、これが普通なんだと自然に周囲を納得させてしまうように展開していることの素晴らしさである。長らく高校演劇の世界に身を置いてきた者からすると、演劇であれ映画であれ、特別な個性を売りに出す作品は嫌と言うほど見せられてきたが、彼らの現実をこんなふうに、特別なことなんかどこにもないのだという視点で見詰めようとした作品は、きわめて少なかったような気がしているのである。
 監督・脚本のダニエル・ヒベイロは1982年生まれの30代半ばだというが、登場人物にどう寄り添っていくのかというところで、まったく肩肘を張っていないところが非常に好感が持てる点だと思った。彼自身がLGBTであることを公言しているというのを後で知ったが、いまやそういうことは何ら特別なことではなく、取り立てて意識されなければならない事柄でもないのだと言われているような気がした。こんなふうに「ナチュラル」に描かれた恋や友情にとって、そこにLGBTが絡んでいるとしても、それはさして大きな問題ではないということなのである。

 主人公のレオ(ジュレルメ・ロボ)は生まれつき目が見えないという設定なのだが、彼が通っているのは盲学校ではなく普通のハイスクールの普通の教室である。視覚障害者が健常者と一緒に普通高校の授業を受けることが可能なのかどうか、日本などの制度や実態がいまどうなっているのかは申し訳ないがよく判らない。この映画の舞台はブラジルのサンパウロで(2014年のブラジル映画なのだ)、描かれているのは主に富裕層の子どもが通う私立高校のようだから、学校と保護者の了解の下でそうしたことが行われることもあるということなのかもしれない。
 彼は音声を頼りに点字タイプライターでノートを作っているが、隣席に座った幼なじみの少女ジョヴァンナ(テス・アモリン)が折に触れて手助けしてくれているようだ。教室には彼らのことをからかったりする連中もいるが、それは取り立てて問題にすることでもない日常生活の一部に過ぎない。それより大きいのは、彼らの間で幼少期からずっと続いてきたらしい関係、つまり障害のあるレオを健常者のジョヴァンナがボランティア的に手助けするという関係が、お互いの成長とともに微妙に変化している気配が感じ取れることである。つまり、クラスメートの間でキスの経験の有無などが重要な話題になるような年頃になって、少なくともジョヴァンナの方はレオを異性として意識するようになっているということである。それなのに、レオの方にはそういう気分がまったく見られないばかりか、彼女の気持ちの変化にも気付いていないように見えるのだ。
 普通に考えれば、映画はこのジョヴァンナの気持ちがこのあとどうなっていくのか、そこのところが展開の核心になるのだろうと想像されるところである。ところが。

 ある日、彼らの教室にガブリエル(ファビオ・アウディ)という転校生がやって来て、彼がレオとジョヴァンナの間に入り込んでくることになる。具体的には、これまでジョヴァンナのものだった手助けの役割をガブリエルが肩代わりするようになり、男同士がどんどん親密になっていくにつれて彼女が弾き出される結果になってしまうのである。どうやらガブリエルにはもともとそういう性向があったようだが、レオの方は彼との交流を通じて自分の中に隠れていたゲイ(G)的傾向に目覚めていくことになるのである。こうした経緯を、この映画は実に自然な繊細さで写し取っていく。
 映画は彼ら3人の関係がどう変化したのかを丁寧にたどっていくが、それは確かにちょっと(かなり?)変わった展開には違いなかったが、基本的にその気持ちの流れはすべて自然な推移として意識されていて、まったく当然のようにすべてが肯定的に描かれているのである。ガブリエルに対する自分の気持ち(恋心)を明確に意識したレオが、同様に他に代えがたいと意識している(親友の)ジョヴァンナにそのことを告白するシーンがあったが、そこで明らかになったこと、つまり愛し合っているのが同性同士であって、そのことを一番最初に理解して欲しい相手(親友)が異性だったということが、ここでは倒錯ではなく一つの自然なかたちとして受け入れられているのである。
 敢えて解釈をするなら、レオにとってジョヴァンナはみずからに欠けているものをいつも埋めてくれる存在であり、意識の上では常に自分の一部のように感じられていたということなのかもしれない。彼女は恋愛対象とはならないが、いなくなることなど考えられない存在だったのである。

 レオの告白に対して、その時は恐らくかなりのショックがあったと思われるジョヴァンナが、いつの間にか笑顔で、仲良く手を繋いだレオとガブリエルと一緒にいるラストシーンの不思議な感覚を何と言えばいいのだろう。たぶん、彼らはお互いにお互いのことを大切だと感じ合っているのだから、一緒にいるのが当たり前だし、それがナチュラルってものなんじゃないかと、この映画は軽やかな口調で言い放っているのである。だが、あえて正直に言わせてもらうが、わたしのような古い人間からすると、これはやはり驚くべきことと言うしかないように思う。
 一般的にラテンアメリカは男性優位の傾向が強い社会で、LGBTに対する差別意識や抵抗感などもけっこう根強いものがあると認識されているが、そうしたものを一気に飛び越えてしまうようなこの映画の自由さはどうだろう。身体的障害があることやLGBTであることは確かに大きな困難には違いないが、それは子どもが成長して大人になっていく過程で必ずぶつかる、様々な困難の中の一つのかたちに過ぎないのかもしれないと、この映画は開き直って見せているようなところがあるのである。いろいろあるけどね、こういうのもあるんだよ、たぶん。けっこう大変だけどね。というような感じだろうか。
 その清々しい?気分に、何だか完全にやられてしまったようなのだ。
(アップリンク渋谷、1月7日)
# by krmtdir90 | 2019-01-14 20:24 | 本と映画 | Comments(0)

月と金星

 今朝、何の気なしに東の空を見たら、月と金星が非常に接近しているのが見えた。月は満ち欠けを繰り返しながら毎日位置を変えているから、こんなに近付いた状態で見られるのはかなり珍しいことだと思う。起き抜けで寒かったから、手近にあったコンパクトカメラでちょっと記録してみた。手持ちにしてはけっこうちゃんと写っていたので、今年最初の写真としてアップしておく。
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 撮影は、2019年1月2日(水)午前6時19分。

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
# by krmtdir90 | 2019-01-02 17:28 | 日常、その他 | Comments(0)

手術と禁煙

 これはわざわざ記事にすることでもないと思っていたのだが、今年も終わろうとするいまになって振り返ってみると、わたしにとってはやはりけっこう大きな出来事だったわけで、記録という意味では一応書いておくべきだろうと思ったのである。

 それは、11月25日(日)に市内の南多摩病院に入院し、26日(月)に鼠径ヘルニアの修復手術を受け、27日(火)に退院したということである。「何だ、そんなこと」と思う人もいるかもしれないが、実はわたしは、この歳になるまで入院というのを一度もしたことがなく、全身麻酔の手術というのもまったくの初体験だったのである。2泊3日の入院などというのは、そちら方面の経験が豊かな人から見るとまったくお試し程度の入院に過ぎなかったのだろうし、ヘルニアの手術などというのも、その道のベテランから見ると笑っちゃうくらい初歩的な手術に過ぎなかったのかもしれない。
 だがしかし、である。これくらいのことでも、わたしとしては一世一代の重大な出来事だったのであり、入院や全身麻酔といった、これまで未体験だった分野に関してようやく一人前の発言ができるようになったいうことだったのである。まあ、だからといって特に改まって発言したいことがあるわけでもないが、今回の体験について備忘録的に幾つかの事実を記録しておきたいと思う。
 ①初めてのことなので、せっかくだから病室は個室を希望した。個室は5階にあり、窓から最寄りのJR西八王子駅が見えた。ここに来なければ見ることのできない珍しい視点なので、スマホのカメラで記録して置いた(これは南口になる)。
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 ②個室だったからその費用が余計にかかったが、それでも今回の費用の9割ぐらいが保険で戻って来た。個室を利用しなければ儲かっていたということになる。
 ③この病院の食事は、ちょっと信じられないくらい貧弱だった。短期の入院だったから我慢できたが、これ以上の日数ではとても無理だと思った。
 ④全身麻酔と手術の経過については、当然のことながらまったく記憶がない。病室に戻ったあたりから傷口が痛くなってきて、翌日になってもけっこう痛かったが、切って縫ったのだから当然だと言われて、昼前には退院させられてしまった。
 ⑤退院のその日からシャワーはOKだった。アルコールはしばらく控えるように言われたので、その日だけは我慢して、翌日から数日間は量を減らしていただくようにした。入浴は一週間後からOKになった。
 ⑥幸いにして術後の経過も順調で、先日(12月25日)、術後一ヶ月の診察で異常なしとの言葉をもらい、今回の治療はようやく一段落した。

 一つ、正直に告白しておかなければならないことがある。10月23日(火)からスタートしたわたしの禁煙は、実はこの手術と関係していたのである。
 今回、わたしが鼠径ヘルニアと診断されたのは、まだ夏の盛りの8月のことだった。特に急ぎの対応が必要な病気ではないし、多少気になることはあるかもしれないが、我慢して放っておくという選択肢もないわけではないと言われた。高齢だったり体力がない場合はそうするということだったようだが、もちろん放っておくのでは良くなることはあり得ず、一方、治療しようと思うと手術以外には方法がないということだった。
 わたしとしては「手術だろうな」と漠然と考えながら、それに向けた検査などを受診し、個人的な予定なども勘案しながら11月26日(月)で手術の予約を取ったのである。ところが、そこまで進展したところで担当医が、「煙草は吸わないよね」と軽い調子で聞いてきたのである。わたしが「吸う」と答えると、途端に風向きがおかしくなった。最低でも禁煙して一ヶ月は経過しなければ手術はできないと厳しい口調で言われてしまった。喫煙者の咳や痰が、全身麻酔を行う際にかなり大きなリスクになるのだと説明された。命に関わる緊急手術ならやってしまうが、ヘルニアの手術はそういうものではないから、リスクがあるのにやるわけにはいかないのだと言われた。
 実にもっともな言い分である。この話があったのが10月9日(火)のことで、とりあえず「考えてみます」ということにして、2週間後の10月23日に診察予約を入れて、手術予定のほぼ一ヶ月前になるその日にどうするかを決めることになった。だが、「やってみます」ではなく「考えてみます」だったところに、わたしの消極的な姿勢は如実に表れてしまったと言うべきで、結局この間に禁煙が行われることはなく、23日の診察でわたしは手術のキャンセルを申し出るしかなかったのである。
 始まりというのは、何がきっかけになるかよく判らないものである。この日は診察のあと、わたしは一服する間もなく昭島に映画を見に行ったのだった。始まりは映画「ここは退屈迎えに来て」だったのだ(作品が何だったかは関係ないと思う)。どこからそんな気になったのかはまったくはっきりしないのだが、もしかすると今回の禁煙は、手術をキャンセルしてしまったことから始まっていたと言ってもいいのかもしれない。そして、何日かが経過して、何となく続きそうな気配が出て来たので、一週間後の10月30日(火)、急遽病院に行き、手術予定の復活を願い出たというわけだったのである。

 どの時点だったかは覚えていないのだが、担当医がこんなふうに言ったのが印象に残っている。「禁煙したかどうかは申告してもらうしかないんです。調べる手立てはないのだから、こちらは患者の言うことを信じてやるしかないんですよ」。つまり、自己責任だと判っていれば、嘘をついてもいいということだったのだ。だが、こういうふうに言われてしまうと、気が楽になる反面、嘘をつくことはできなくなってしまうと思った。
 また、担当医はこんなふうにも言っていた。「手術が終わったら、そのあとは吸おうがどうしようが自由なんですよ」。これは強烈だった。この言い方は、ようやく禁煙を始めた初期のわたしに対する、担当医なりの励ましだったのだろうと推測する。だが、それでもこういう言い方ができる担当医は、信頼していい人だと感じたのは確かである。
 つまり、わたしの禁煙は11月26日(月)を境に新しい局面に突入したということなのである。10月23日から11月26日までは、前の記事でいろいろ強がりを書いたりしていたが、結局は手術の条件を作るために「仕方なく」取り組むしかなかった禁煙だったのだ。ところが、それ以降は違う。わたしは自由なのにもかかわらず、わたしの自由意志において禁煙を続けているということなのだ。これは重要なことだと思う。
 このあとどこまで行けるかは判らないが、これだけ続いてしまうと、もう一度元に戻ってしまうのはもったいないという気分になっているのは確かである。たぶん、九分九厘、このまま今年が終わり、このまま来年を迎えるのは間違いないだろうと思っている。こうして書き終えて、以前だったらここでゼッタイ一服だったんだけど、ね。

# by krmtdir90 | 2018-12-29 16:36 | 日常、その他 | Comments(2)


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