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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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「けんかえれじい」(鈴木隆)

 先日の「氷平線」は文春文庫で読んだのだが、文庫本の末尾には通例、その文庫のお薦めタイトルなどが何ページかに渡って紹介されている。何の気なしに見ていたら、作者五十音順に並んだその冒頭に、阿佐田哲也の「麻雀放浪記1・青春篇」「同・2風雲篇」が並んでいたのである。

 いまでも版を重ね読み継がれているらしいことに少し驚き、これは部屋のどこかにあったはずだと捜して、何十年ぶりかで再読してみた。わたしが持っていたのは、双葉社のフタバノベルズ版で、奥付は昭和59年10月…新装第一刷発行とあった。1984年である。
 この年、和田誠監督により「青春篇」が映画化されていて、それをきっかけとして書店の店頭に並んだものと思われる。原作が書かれたのは1969年で、週刊誌に連載されたものだったらしい。主人公・坊や哲こと阿佐田哲也が、本名・色川武大で書いた作品で直木賞を受賞するのは、1978年になってからである。

 読み直してみて、麻雀の牌の並びが文中に出てくる表現方法の目新しさと、戦後の混乱した時代背景の中で、通常なかなか知ることのできないアウトローの世界を描いたという点で、少なくとも「青春篇」はそれなりに面白い小説と感じた。だが、続く「風雲篇」は早くもマンネリ気味というか、どうでもいいよという気分になってしまうのをどうしようもなかった。原作は当時大ブームを巻き起こし、さらに「3激闘篇」「4番外編」と書き継がれたようだが、わたしはそれ以上は読む気を失ったのか、購入はしていない。
 「1青春篇」だけで独立した作品と見れば、決して悪くない青春小説の一つと言ってもいいだろうと思う。ただ わたしの、この年齢になって再読の価値がある小説とは言えないだろうと思った。まあ、成りゆきで「2」も読んでしまったが、わたしに残された時間はもうそんなにあるわけではないのだから、こちらは止めてしまった方がよかったと思った。

 と、ここまでが前置きである。実は、わたしの部屋で「麻雀放浪記」2冊と並んで置いてあったのが、この「けんかえれじい」2冊の文庫本だったのである。わたしにとって、懐かしさという点ではほとんど同じ感じがする本で、都合4冊を再読する結果となったのである。
 「けんかえれじい」は角川文庫で、奥付は昭和57年9月…初版発行となっていた。1982年。わたしは30台半ばで、ほぼ同じ時期にこれら2作品に出会っていたことになる。ただ、こちらの方は、どうも「1」の途中まで読んで、途中で読むのを放棄したもののように思われる。物語の展開に甦ってくる記憶がなかったのである。

 しかしこれは、今回最後まで読み通してみて、少し大袈裟かもしれないが歴史に残る傑作だと思った。昭和の初めから20年(1945年)の戦争末期に至る歴史背景の中で、主人公・南部麒六の喧嘩遍歴に絡めて語られる見事な青春グラフィティーである。
 初読の時、なぜ途中で放棄してしまったのかは、いまにして思えば何となく想像はつく。この小説は、「1」がⅠ~Ⅳ、「2」がⅤ~Ⅷと章分けされているのだが、尋常小学校時代から始まって、主に岡山から会津の旧制中学時代の喧嘩修行を描いたⅠ・Ⅱから、続くⅢで、麒六が上智大学を追い出され早稲田大学に移るあたりで読むのを止めてしまったのではないかと思う。この年齢になればバカバカしいと笑って終わりになることだが、早稲田を落ちて國學院に入ったわたしとしては、戦前の話とは言え、早稲田には少々屈折した思いが残っていたのである。

 このⅠ・Ⅱの部分については、1966年に鈴木清順監督によって映画化されている。南部麒六を若き日の高橋英樹が演じ、喧嘩の師・スッポンには川津祐介がキャスティングされていた。鈴木清順は次の作品「殺しの烙印」(1967)を最後に日活をクビになり、映画が撮れなくなってしまうのだが、そんなこともあって当時の大学生たちの熱い支持を受けることとなり、わたしもそうした雰囲気の中でこれらの映画を観たのだったと思う。
 清順作品の連続上映などもあったりして、「関東無宿」「東京流れ者」など印象に残る作品もあったが、わたしの中では、とにかく一つ突出していたのが「けんかえれじい」だったのである。日活スコープの白黒映画だった。
 原作の角川文庫を購入したのは、明らかにこの映画があったからである。作者・鈴木隆は童話作家としてすでに名の通った人だったということも、全く知るよしもなかった。

 Ⅰ・Ⅱの比較で言えば、映画も実に素晴らしかったが、原作の方もそれに勝るとも劣らない素晴らしさだった。面白さという点では、原作の方が上だったと思う。
 地の文章に張りがあり、表現は個性的でユーモアがあり、何より的確なのである。岡山弁や会津弁の会話が醸し出す何とも言えないコミカルな雰囲気、いろいろな立場の人間とのやり取りが作り出す奇妙な間合いの可笑しさ。物語の設定や展開の、奇想天外と言っても過言ではない意外性と、時代を鮮やかに写し取る客観的事実の挿入の重さなど。
 1958年から同人誌に掲載が始まり、最終的に単行本として2巻が刊行されたのは1966年だったという。

 国語教師として古今東西、名作の書き出しなどを整理したことがあるが、それらと比肩しうる鮮やかな冒頭を少し書き写してみる。

 悲歌(えれじい)といっても、詩情あふれる序奏のようなものはない。さっそく喧嘩の本題に入りたい。
 小学校の時分から、麒六は喧嘩となると、奇妙に先手をとるのが得意であったようである。それというのも、実は彼の腕力臂力(ひりょく)が、漁師町の子供たちにくらべ、かなりのハンディがあったせいである。
    (5行略)
 いつの世もいかなる場合も、最初に暴力行為をとった方が、後日の審判において不利なようである。
 「どっちが早う手を出した」
 受持ちの先生は、いつも道順たがえずこう訊問する。
 「先生、そりゃあ、南部君です。のうみんな、麒六君じゃろうがな、早う手を出したんは」
 相手の顔は急に引き締まり、しめたとばかり輝かしく筋を通す。
 「そうか、そんなら南部の方が悪い」
 先生は出欠の〇X印より、もっと簡単に決裁の印をおす。しかし麒六は、その盲目判(めくらばん)に対してはいささかもって不服である。
 「ほいでも先生、カンノ君が殴るぞッと言いました。殴るぞッと言われてじっとしとったら、ほんまに殴られるんじゃもん。僕あ、カンノ君にやられん先に、一秒ぐらい前にカンノ君を小突いたんです」
 懸命に奇襲作戦でなかったことを力説するが、先生の眉は微動だにしなかった。
 「屁理屈はおえんぞ。それがお前の悪いところじゃ。なあキロク、喧嘩は両成敗に相場はきまっとるが、まあ、先に手をあげた奴の方が横着もんだて」
 先生の、明快な物理的判断には、しょせん抗すべくもない。
 ここにおいて、先手の特殊技能が編み出されることになるのである。
    (以下、略)


 それにしても、最初の一行の見事さはどうだろう。読者の心をぐいと掴んで、そのまま単刀直入に最初のシーンに一気に引っ張り込んでしまう、その手際の何という鮮やかさ。そして、この先生と子供たちのやり取りの何という面白さ。実に巧みな筆さばきと言うほかない。たったこれだけ書き写しただけで、作者の筆力が尋常のものでないことがひしひしと伝わってくる。
 このあと、物語の節目節目で様々な感想があるのだが、長編小説であるから、とてもそれを一々ここに書いていくことはできない。「1」の解説で、映画「麻雀放浪記」を監督した和田誠氏が書いていることだが、読者は最初「熱血痛快小説」といった気分で読み進めていくのだが、次第にそんな単純なものではないことが匂い初めて、最初のあたりではまだ遠景のように見え隠れしていただけの歴史背景が、徐々に物語の前景に侵入し始め、否応もないかたちで主人公を始めとするこの時代の青年たちを巻き込んでいく、「1」の終わりのⅣあたりからの不吉な展開は、何とも悲しいものになっていくのである。

 麒六が学徒部隊として陸軍の山砲隊に入隊する「2」に至って、この物語の全貌が読者の前に初めてその姿を現す。麒六の喧嘩修行は、大日本帝国の軍隊の中にあって、苦渋に満ちたものに変質していかざるを得ない。「1」の「熱血痛快」とほぼ同じ分量をもって、作者は帝国陸軍のあらゆる具体的事実と、それに蹂躙される麒六たち青年の姿を克明に記録していくのである。
 「反戦」という旗幟を最初から鮮明にしたような単純なものではない。それは盲信であったりニヒルであったり、実に様々なかたちを取りながら、全体としてどうにも抗うことのできない激流となって青年すべてを呑み込んでしまうのである。Ⅴの始めのあたりに置かれた、修道院に入ったマドンナ・道子さんとの別れのシーンは切ない。

 どの映画だったか忘れたが、戦争に向かって転げていく時代の中で、最後の眩しい青春を謳歌する青年たちを描いた後で、その若者たちが戦火に倒れ或いは生き延びたことを、在りし日の笑顔のスチールと字幕などで簡単に紹介して終わりとなるような、大甘のグラフィティーものとはこれは大違いの作品なのである。
 延々と、これでもかと描かれ続ける軍隊生活の数々。昭和20年、「2」の後半になって、麒六たちの部隊が広大な中国大陸を敗走し、仏領インドシナに向け絶望的な行軍を開始するに至って、麒六は死ぬのかもしれないという予感が読者の頭をかすめ始める時、「1」の「熱血痛快」の日々が鮮やかに甦るのである。「1」の「熱血痛快」は「2」の絶望の中で、もはや取り返しのつかない悲しい輝きを放つのである。「2」の世界をここまで描ききったからこそ、初めて「1」の世界がこの上なくいとおしいものであったことが読者に実感されるのである。

 もうほとんど忘れてしまったが、デュ・ガールの「チボー家の人々」、トルストイの「戦争と平和」、パステルナークの「ドクトルジバゴ」などを彷彿とさせる、野心的な構想で描かれた戦争文学の傑作の一つなどと言ったら、何をバカなと笑われてしまうだろうか。
 苦い思いで最後まで読み終わった時、「1」で描かれた馬鹿馬鹿しくも輝ける日々を再度読み返したくなる作品なのである。
 南部麒六。サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公・ホールデン・コールフィールドと並ぶ、小説というものが作り出した記憶に残る好漢であった。

 昔の文庫本はこんなに活字が小さかったんだと、今更ながら記憶を新たにした読書だった。この本、いまでも書店で手に入るのだろうか。
by krmtdir90 | 2013-10-24 22:04 | 本と映画 | Comments(2)
Commented by yassall at 2013-10-25 01:20
けんかえれじい、私も読みました。たぶん、さがせば文庫本がどこかにあるはず。映画も観ました。たしか、ラストで北一輝らしき人物を登場させていましたよね。私も読みなおしてみようかな。
Commented by natsu at 2013-10-25 10:40 x
北一輝、登場していましたね。
映画のラストは原作を離れた独自のもので、226事件の勃発を新聞で知った騏六が、「大きな喧嘩」を予感して東京行きの列車に乗る、驀進する蒸気機関車の姿が、いかにも不穏な予感を孕んでエンドマークになる、という感じだったと思います。
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