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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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また東北の旅②IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道・八戸線(2014.9.1)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 きょうのコースは「盛岡→(IGRいわて銀河鉄道)→目時(めとき)→(青い森鉄道)→八戸→(JR八戸線)→久慈→(三陸鉄道北リアス線)→宮古→(JR山田線)→盛岡」というもので、用意してあるコースの中から、天気予報も考慮して最初から一番盛り沢山のコースを選ぶことにした。盛岡駅6:44発だから、6時半からのホテルの無料朝食サービスは食べていられない。

 旅に出ると、朝はずいぶん早く目が覚めてしまう。5時過ぎに近くのコンビニに行って、朝食のサンドウィッチと缶コーヒーを仕入れてきた。
 ホテルの前の通りを隔てて、北上川に架かる朝の開運橋(かいうんきょう)。撮影は午前5時9分である。天気は悪くなさそうだ。
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 朝の盛岡駅。撮影は午前6時20分。
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 この写真で駅ビルの中の右手(北側)の方に、IGRいわて銀河鉄道の改札口がある。
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 6:44発の青い森鉄道直通・八戸行きが入線してきた。
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 第三セクターのIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道は、岩手・青森県境の目時駅が境界駅になるのだが、それに関係なく一体的な運行ダイヤを組んでいる。
 車輌はIGRでは7000系と呼んでいるが、JR東日本の701系電車と基本的には同じものである。2輌編成で、車内はロングシート部分が多いセミクロスシートだが、すでに通勤通学時間帯になっていて、座席はほぼ埋まってしまった。

 盛岡・八戸間でIGRは、いわて沼宮内(ぬまくない)駅と二戸(にのへ)駅で東北新幹線と接続する。だが、高架の新幹線に乗っている限り、下の様子は判らない。比較的直線的なルートを辿る新幹線の下を右に行ったり左に行ったりしながら、旧東北本線・IGRの線路は続いているのである。
 新幹線がいわて沼宮内駅に停車しても外の様子は見えないが、IGRからだとこの反対側の駅の周囲にそれなりの町並みが広がっているのが判るのである。
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 二戸駅も町の中にあり、ここでほとんどの乗客が降りてしまった。車内は一気にがらがらになってしまった。

 境界駅・目時駅。ホームが築堤上にあるので、下に駅舎があるらしいのだが見えなかった。IGRと青い森鉄道の共同使用駅だが、所在地としては青森県になるらしい。
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 8:12、次の三戸(さんのへ)駅で下車する。
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 このあと、JR八戸線直通・鮫(さめ)行きがこの駅始発で運行されるのである。
 乗客の姿もほとんど見えないので、まず外に出て駅舎外観などを撮影した。
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 八戸駅から先の八戸線は非電化単線なので、停車していたのは大好きなキハ40形、2輌編成。
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 このすっきりとした赤のラインが盛岡色と呼ばれる塗装で、八戸線や津軽線などで運用されているものらしい。
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 車内はクロスシート中心のセミクロスシート。
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 寒冷地用のデッキ付きだが窓は二重窓ではない。冷房はなく、天井に扇風機が付いている。朝だったせいもあるが、この日はそれほど気温は高くなく、季節的に窓を開けて風を入れると気持ちいい感じである。

 8:34、三戸駅を発車。八戸までは青い森鉄道の線内を走る。空いているし窓が開けられるので、駅に停まるとつい撮影したくなってしまう。
 一つ目の諏訪ノ平(すわのたいら)駅。
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 一つ飛ばして苫米地(とまべち)駅。
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 次の北高岩(きたたかいわ)駅。
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 9:02、八戸駅着。26分の停車時間があるので、外に出てくることにする。
 八戸駅は橋上駅舎で、青い森鉄道とJRが駅舎を共有する形になっているので、改札口なども一緒である。改札を出ると東西連絡自由通路になっている。
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 ロータリーなどがある東口の方に下りてみた。
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 八戸市の中心部はここではなく、八戸線にはいって二つ目の本八戸(ほんはちのへ)駅のようだが、新幹線がこちらの駅に接続したため、それなりの発展を遂げたもののようである。
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 広場の一角でちょうど総合防災訓練が始まるところだった。きょうは9月1日、防災の日なので、きっと日本各地で同様の風景が見られるのだろう。ご苦労さま。
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 再びホームに戻る。向こうに青い森鉄道の2輌編成が停まっていた。
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 9:28、キハ40形2輌編成は八戸駅を発車した。
 白銀(しろがね)駅。
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 9:50、終点・鮫(さめ)駅に到着。
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 跨線橋を渡る。窓から鮫の港が見えている。
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 昔、国語の教科書に柳田国男の「清光館哀史」が載っていて、わたしは一応国語の教員だったから、授業で何遍かやったことがあったのである。この中で、柳田国男は汽車の旅を続けて八戸の方から八戸線に入り、陸中八木(りくちゅうやぎ)の「終点駅」まで行くのであるが、途中に「鮫の港に軍艦が入って来て」という一節があって、妙に記憶に残っていたのである。「鮫」という地名が印象的だったのだと思う。
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 因みに、八戸線は八戸からスタートする形で敷設が始まり、陸中八木まで達したのが大正14(1925)年、現在の終点・久慈まで全線が開通したのは昭和5(1930)年のことだった。したがって、「清光館哀史」に描かれているのは、陸中八木が終点駅だったこの5年あまりの間の出来事ということになる。

 駅舎外観。
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 駅前広場は前の道から一段低くなっていて、その入口のところに鮫が口を広げたモニュメントがあった。下に八戸うみねこライオンズクラブの寄贈と書いてある。なんだかなあ。
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 広場の横には8620型蒸気機関車の動輪が。この下には鮫駅開業50周年記念とあった。調べてみると、鮫駅の開業は大正13(1924)だったようだ。
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 駅正面の道。
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 鮫駅は現在では、ウミネコの繁殖地として知られる蕪島(かぶしま)への最寄り駅として知られている。駅前の掲示に徒歩15分とあった。次の久慈行きまで、待ち時間は38分である。何とも微妙な時間で、たぶん48分だったら行って来たと思うが、結局自信が持てず諦めることにした。

 鮫駅10:28発の久慈行きがやってきた。赤いラインはさっきと同じだが、前面の赤い塗装が違っている。これはキハ48形の2輌編成。
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 キハ40が両運転台車、キハ48が片運転台車で、いずれもキハ40系とされるものである。

 鮫駅を出てから、車窓は変化に富んだ見どころの多いものになった。
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 ただ、駅は簡素なものが多く、風情のある木造駅舎などは一つもなかった。
 種差海岸(たねさしかいがん)駅。
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 大久喜(おおくき)駅。
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 ホーム上の手前に簡素な待合室がある。なお、この列車は(前の三戸・鮫間の列車も)ワンマンではなく車掌がいて、無人駅で下車客のきっぷの確認をしていた。

 大蛇(おおじゃ)駅。ここもホーム手前に簡素な待合室。出入口は駅名板の向こう側で、無舗装の道を隔ててすぐ民家の庭先である。
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 階上(はしかみ)駅。ここで列車交換があったが、停車時間は短かった。
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 種市(たねいち)駅。コンクリートの駅舎があって、業務委託と思われる駅員もいた。地元の客5、6人が下車。
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 玉川(たまがわ)駅。
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 海の写真というのは、いくら写しても面白みのないものにしかならないのは判っているのだが、海が見えるとついシャッターを切ってしまう。どの席も窓を開けていて、風が気持ちいいので(少ない髪の毛がボサボサになってしまうのだが)心も活動的になってくるのだと思う。
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 次の写真、意識しないで撮ったのだが、陸中八木(りくちゅうやぎ)駅のホームと駅舎がしっかり写っていた。
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 駅に入って行く直前、これは八木の港の入口。
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 ここは相対式ホーム2面2線の駅だが、列車は海側のホームの方に停車した。
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 陸中八木駅。簡素な駅舎。さっきの写真でこの建物が確認できると思う。
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 柳田国男の「清光館哀史」によれば、「駅を出てすぐ前の僅かな岡を一つ越え」ると、清光館のある小子内(おこない)の村があったのだという。
 なお、この駅舎は平成20(2008)年に建てられたもので、東日本大震災の津波で完全に水没したが、運良く流失は免れ、しっかりリフォームされて現在も使われているらしい。ただ、八戸線そのものはこのあたりで大きな被害を受け、陸中八木の前後4区間は約1年ほど不通になっていたようである。

 また、海。
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 陸中八木の次、有家(うげ)駅。この駅と周辺の線路も津波で大きな被害を受け、1年ほど不通になっていたようだ。この待合室は新しく設置されたものらしい。
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 写真では周囲の様子が判らないが、ここは秘境駅ランキング41位の駅である(最新の2014年版をあたってみたら、66位に後退していた。ランキングが変動するたびに過去の記事を書き直す訳にはいかないから、このブログではずっと2012年版を統一的に使用しているのだが、そろそろ切り替えを考えた方がいいのかもしれない)。

 次の、陸中中野(りくちゅうなかの)駅。
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 さらに次の、侍浜(さむらいはま)駅。
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 あと一つで終点だなと思っていたら、最後に思いがけず登場した車掌車利用のダルマ駅舎。陸中夏井(りくちゅうなつい)駅。
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 調べてみたら、車掌車利用の駅舎になったのは昭和59(1984)年と古く、最近塗り直されたのかどうか判らないが、錆などもなくずいぶんスッキリした感じのいい色だと思う。

 11:50、終点・久慈(くじ)駅に到着。
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 八戸線は、やはり海の景色が素晴らしい、非常に変化のある面白い路線だった。
by krmtdir90 | 2014-09-06 18:54 | 鉄道の旅 | Comments(0)
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