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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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また東北の旅⑤北上線・横手散歩(2014.9.2)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 きょうは天気はあまり良くないようで、三陸沿岸には曇りや傘のマークが並んでいた。対して秋田内陸の方は曇りだが晴れマークも少しあるようで、それを信じて、きょうのコースは「盛岡→(東北本線)→北上→(北上線)→横手→(奥羽本線)→大曲→(田沢湖線)→盛岡」にした。

 盛岡8:44発の北上行き。盛岡支社色の701系電車、通勤通学時間帯は終わっているので、2輌編成のワンマン運転である。車内はロングシート。
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 なお、この車輌は側面にこういうラッピングがしてあった。ラッピングとしては比較的控え目だと思う。
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 さて、この区間の東北本線は盛岡駅を出てしばらくの間、東北新幹線の高架と並走する。在来線としては片側(東側)の景色が犠牲になり、圧迫感もあってイヤな感じである。
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 ただ、東北本線は複線なので、走行中のすれ違いという写真が撮れる。
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 9:35、北上(きたかみ)駅に到着。少し時間があるので外に出てきた。
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 北上駅は新幹線との接続駅だが、新幹線のある東口が高架駅、在来線の西口は従来からの地上駅になっている。新幹線の東口は行かなくても想像できてしまうので、これは西口の方。
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 車止めのある切欠式ホームは0番線で、北上線のキハ110横手行きが1輌で停まっていた。
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 車内はセミクロスシート。
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 6つあるボックス席の1つを確保。乗客はあまりいないので、前後の運転席横からの撮影も気兼ねなくやれそうだ。
 10:09、北上駅を発車。

 北上線は奥羽山脈を越えて、東北本線と奥羽本線を東西に結んでいる路線の一つである。全線が非電化の単線。北上駅を出てしばらくは北上盆地の比較的平坦なところを行く。
 北上駅から3つ目の、藤根(ふじね)駅。
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 さらに3つ目の、岩沢(いわさわ)駅。
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 ここには大きな木造の建物が建っているが、これは岩沢コミュニティセンターという公民館のようで、その一部が駅として利用されているらしい。駅としては無人駅である。

 岩沢駅を過ぎるあたりから、いよいよ山越えの区間になる。
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 和賀仙人(わかせんにん)駅。
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 不思議な名前の駅だが、調べてみると駅の所在地が北上市和賀町(わがちょう)仙人という地名になっていて、さらに北上市とその西側にある西和賀町(にしわがまち)の間に、和賀仙人峠(わがせんにんとうげ)というのもあるらしい。どうもそういうところから取られた駅名らしい。なお、駅名では「わか」と濁らないが、町名や峠名では「わが」と濁っているようだ。どうしてそうなのかは判らない。
 和賀仙人駅全景。左から2つ目の建物が駅舎のようだ。
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 和賀仙人駅を出ると、長いトンネルやスノーシェッド、鉄橋などが連続する険しい区間となった。
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 やがて、進行方向右手に(写真はずっと後部から撮っているので左手になっているが)湯田ダムの錦秋湖(きんしゅうこ)が見えてきた。
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 周囲の山々が色づく頃には文字通り錦秋の湖面を見せるらしいが、まだ紅葉には早すぎるとしても、このどんよりとした曇天は非常に残念である。

 さらにトンネルや鉄橋があって、
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 ゆだ錦秋湖駅に着いた。
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 無人の後部運転席横から見ていると、風景は目まぐるしく変化して飽きることがなかった。
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 第二和賀川橋梁とあるが、錦秋湖の湖面がどのあたりまで続いていたのかよく判らなかった。
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 このあと列車は、駅舎に温泉施設が併設されているというほっとゆだ駅、さらにゆだ高原駅と停車したあと県境を越えた。
 次の黒沢(くろさわ)駅からは秋田県横手市の駅になる。ここで列車の行き違いが行われた。
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 こちらが入って行った時にはすでに反対方向の列車が入線していて、停車時間は短かったので、雰囲気のあるいい駅舎だと思ったが、見に行ってくることはできなかった。
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 下り勾配になるとディーゼルエンジンも快調にスピードを上げて、この駅あたりから人里に下りてきた感じになった。並行して見え隠れする川の流れが逆になって、分水嶺を越えたことを感じさせた。

 秋田県に入ってから時々青空が見えるようになり、天気予報が当たっていることを証明していた。
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 11:28、終点・横手駅に着いた。
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 まだ雲はあるものの、すっかり晴れて暑くなってきた。

 横手では2時間半あまりの散歩時間を取ってある。まず駅の観光案内所で観光マップをもらい、主要な見どころと所要時間などを教えてもらった。横手城展望台というのが眺めも良さそうだったが、城そのものは残っておらず観光用の復元天守だと言うので、上り坂もかったるそうだったのでやめにした。
 最初に手近なところで、かまくら館というのがあるようなので行ってみることにした。

 歩き始めて少し行くと、横手焼きそばの幟が立っている(車が邪魔で隠れてしまった)小さな店を見つけた。
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 横手焼きそばは、確か例のB-1グランプリで優勝して有名になったと記憶していた。暖簾や看板に焼きそばとしか書いてないのが気になり、入ってみるとホントに焼きそばしかなかった。
 年の行った夫婦2人でやっている店らしく、メニューは壁に貼ってあるだけ。メモしなかったので名前ははっきりしないが、要するに選択肢は大きく2つだけ。肉入りか否か、だったと思う。各々に量の違いで3種類あり、計6種類。それだけ。何という潔い商売だろうか。

 で、これがわたしの頼んだ肉入りの普通。500円しなかったと思う(メモし忘れたのは重大な失敗だった。ちょうどメニューが後ろになるような座り方をしてしまったのだ)。
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 味の方は、何と言うか、決して美味しくなかった訳ではないが、焼きそばは焼きそばである。B級で勝負しているところに、実に美味しかったなどと言っても嘘くさくなるし、実にちゃんとした焼きそばであったのは確かなので、なるほどこれが横手焼きそばかとしっかり確認できたので良かったと思った。
 因みにこの店、帰ってから横手焼きそばのホームページで調べてみたら、2007年度横手焼きそば四天王に選ばれた歴史あるお店ということだった。なるほど。

 さて、かまくら館というのは、
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 この横手市ふれあいセンターという、ホールなども備えた複合施設の中にささやかに置かれていた。入口で100円払って中にはいると、さらに零下10度に保たれたかまくらの体験室?があるのだった。綿入れの半纏が吊してあったので、それを着て体験してきました。
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 一応、靴を脱いで中にも入って座ってきました。外に出ると、メガネが曇って困りました。

 このあと、距離は少しあるが、石坂洋次郎文学記念館というのに行ってみることにした。
 市内を流れる横手川に架かる蛇の崎橋というのを渡って行く。
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 橋の向こうの右手奥に小高くなった茂みが見えるが、見切れているこのすぐ右に横手城の展望天守が見えている。行かないことにしたのでどうでもいいけど。
 橋の上から、横手川と横手の町並み。
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 これが石坂洋次郎文学記念館。
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 展示内容などはささやかなものだったが、さっきのかまくら館の100円チケットがここや横手城展望台の共通入場券になっていて、ささやかでも安いというのはいいことに違いない。

 当地に来るまで念頭になかったのだが、記念館でくれた年譜によれば、石坂洋次郎は明治33(1900)年、弘前の生まれで、慶應の国文を卒業後、大正15(1926)年から昭和13(1938)年まで、県立横手高女(現・横手城南高校)と県立横手中学(現・横手高校)で教員生活を送り、その経験などを踏まえて執筆・発表した「若い人」で一躍文壇デビューを果たしたのだという。作家生活に入るため上京する昭和14(1939)年までこの地に生活したということで、「若い人」を始めこの地を舞台とした作品も多いのだという。
 「若い人」は確か高校生の時に読んだ記憶があるが、特に夢中になった訳でもないし、ここに来るまですっかり忘れていた。わたしの中では石坂洋次郎はたいした作家ではないという思い込みがあって、非常に多くの作品が映画化され(石原裕次郎や吉永小百合などで)、晩年には芥川賞の選考委員などを務めていたことも知っていたが、申し訳ないがその作品に注意を払ったことは一度もなかったのである。
 ただ、こうして浅からぬ縁があった土地にしてみれば、大切な郷土の有名人として、誇らしく思うのも全く自然なことだと思った。

 記念館を出ると、ちょうど上空に、何やら黒々とした嫌な雲が日射しを遮って広がり始めていた。武家屋敷跡の残る羽黒町(はぐろちょう)・上内町(かみうちまち)の方に行ってみようと歩き始めたのだが、黒い雲は急激に広がって、あっという間に大粒の雨が降り出してしまった。突然のことなので、傍らの保育園(たぶん)の軒先を借りてしばらく雨宿りをした。
 ただ、長く続く雨ではなさそうだし、駅からはけっこう来ている訳で、時間的な制約もあるので、雨脚が少し弱まったところで、折り畳み傘を広げて歩き出した。

 横手川沿いの遊歩道のようになったところを歩き、そろそろかなと思って車道を渡り脇道に逸れようとした時、白い説明立て札のある一軒の家にぶつかった。思いがけず「石坂洋次郎の住んだ家」とある。
 表札が掛かっていて現在の住人がいるようなので、観光マップなどには載せられないのかもしれない。説明によれば、東京に出るまでの6年間ほどを住んだ家だという。教員生活は続けていたが、ちょうど三田文学に連載中の「若い人」が好評を博し、のちに出版された「若い人」がベストセラーになった時期である。ふーん、そうなんだと思いながら、雨の中で撮影。
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 武家屋敷跡というのは、いずれも現在の住人が住んでしっかり補修などが行われているらしく、続いている塀などに雰囲気は残っているものの、想像していたのとは違っていた。
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 このあと、さっき渡った蛇の崎橋より3つほど上流にある橋を渡った。この右手の遠い茂みの上に、横手城展望天守が小さく写っているのだが、ブログの写真では判らないだろう。
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 急に降り出した雨は、止む時もあっさり小降りになり、このあと間もなく日射しも戻ってきた。

 駅の方向を確認しながら、案内所の人が比較的古い建物が残っていると言っていた界隈を歩いてみたが、それほど驚くような建物には出会わなかった。もしかすると道を間違えたのかもしれない。
 ただ一箇所、気になった建物がこれ。
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 脇に説明看板があったが、記載された石橋湛山については名前ぐらいは知っていたが、その経歴やここに書かれていたようなことは全く知らなかったので、下手に要約するよりも看板をそのまま載せておくことにする。実際の印刷所を前にすると、ちょっと胸に来る説明だった。
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 さて、散歩はこれで終わり。雨はすっかりやんで、また強い日射しが戻ってきた。
 横手駅前の様子。もうすぐ午後2時である。
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by krmtdir90 | 2014-09-11 21:06 | 鉄道の旅 | Comments(0)
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