人気ブログランキング | 話題のタグを見る

18→81


主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング

「硝子の葦」(桜木紫乃)

「硝子の葦」(桜木紫乃)_e0320083_11521164.jpg

 久し振りの桜木紫乃だった。
 本屋の文庫本のエリアには、どこも新刊や注目の文庫本が平積みされたコーナーというのがある。先日その中に、この「硝子の葦」が混ざっているのを見つけた。調べてみたら、WOWOWが相武紗季主演でテレビドラマ化したということらしい。テレビドラマを見る習慣はないから(それにわが家はWOWOWは映らない)、それはどうでもいいのだが、ちょっと久し振りに桜木紫乃でも読んでみようかという気分になったのである。
 文庫本になったのは昨年の6月、単行本が出たのは2010年9月だったようだ。「ラブレス」(2011年)の一つ前に出された本である。

 あえて分類するなら、ミステリーということになるのだろうか。帯の惹句にも「度肝を抜く大どんでん返し、驚愕の結末!/傑作長編ミステリー」とある。
 以前、桜木紫乃を続けて読んでいた頃、同じようにミステリーに分類されるであろう「凍原」(単行本2009年・文庫2012年)というのを読んだが、これはあまり面白いとは思えず、感想文も書く気にならなかった。単行本の発刊順で言うと、「凍原」が3作目、「硝子の葦」が5作目ということになる。「氷平線」(2007年)でデビューした後、彼女はミステリー的な書き方にかなり傾斜していた時期があったのではないかと思う。

 しかし、「このミステリーがすごい(このミス)」ベストテンというものがあるが、「硝子の葦」は残念ながら、2010年の16位にやっと入っているにすぎない。ただ、これは何となく理解できるような気がするわけで、この小説はミステリーとしての要素をしっかり持っていながら、そこに収斂することを意図的に回避しているような印象を受けるのである。
 そして、恐らくそこのところがこの小説の読ませどころであり、ラストの「どんでん返し」も、決して謎解きのために書かれているのではないように思えるのである。ラストは確かに「驚愕」には違いないが、それは通常の意味での決着(完結)とはならないような書き方になっている。桜木紫乃は戦略としてそうした書き方を選んでいると思う。

 ここから先はいわゆるネタバレになるので、そのつもりで読んでほしいのだが、主人公・幸田節子の焼死(自殺)が、実はみずからの殺人(母殺し)を隠蔽するために仕組まれた狂言であって、彼女は全く別人となって生き延びているという「どんでん返し」は、決してミステリー的明晰さで書き込まれているわけではないのである。
 ラストで澤木昌弘が追いかけるパン職人は、少し前のところで「目も鼻も口も、似ても似つかぬ別人である」と描写されながら、彼の「節ちゃん」という呼びかけに対して、節子以外ではありえないという反応を示すのである。節子以外ではありえないという書き方を、桜木紫乃は明らかにしていると思う。しかし、その間の謎を埋めてくれる説明や描写は存在しないし、そこは書かれないままで終わってしまうのである。

 さらに、普通の謎解きミステリーならもっとウェイトが大きくなるはずの都築という刑事も、一貫して末端の脇役といった位置から動くことはなく、登場機会も極端に少なく、彼が果たしてどこまで謎を解いたのかも読者には不分明のままなのである。
 それでいながら、この刑事は決定的なラストシーンにもう一度登場してくる。しかし、それは登場したというだけで、少なくともこの最後の場面の中では(その限りでは)澤木やパン職人とは絡むことはないのである(もちろん、この直後に絡む可能性は否定できないが)。つまり、このパン職人が仮に生まれ変わった節子だったとしても、彼女の殺人が最後まで隠しおおせるのか否かはまだ判らないという終わり方になっている。

 だからこそ最後の澤木の「祈り」がこちらに沁みてくるのだが、通常のミステリーとして考えて見ると、この終わり方は説明不足で曖昧という印象を与えることになるのかもしれない。だが。
 わたしは良かった。読み終わって、えっ…と思って、最後のあたりと、最初のあたりと、あとめぼしい部分を何カ所か読み返して、これはよく書けていると納得した。桜木紫乃の文章の巧さを堪能できたと思う。

 この文庫本の解説は池上冬樹という人が書いているが、その中で桜木紫乃がこの「硝子の葦」について、「削ぎ落とす快感に目覚めた小説です」「削って削って、ここまで削ってもまだお話になっている、ここも削っちゃえ、とかなり削りました」などと語っているのを紹介している。これは非常に面白い指摘で、なるほどと納得させられる点が多いのである。書くにあたってそういう意識があったのだとすると、それは見事に成功していると思った。
 実は「ラブレス」の感想文を書いた時(2013.12.2)、長編としての骨格を持った小説なのに短編的な書き方をしているようで、全体として物足りない(もっと書き込んでほしい)印象を受けたと書いたことがある。「ラブレス」が「削りすぎ」という印象は変わらないが、一つ前のこの作品で、桜木紫乃がそういうことに意図的に取り組んでいたのだとすると、何となく判ったところもあるような気がしたのである。

 「硝子の葦」は、登場人物がみんなきわめて特異な生を生きていて、その関係も一筋縄ではいかない歪みを含んでいる。ストーリーも何とも重くドロドロしたもので、節子が関わるもう一つの殺人に至る展開なども、いかにも暗く救いのないものなのである。
 しかし、読んでいる感覚としては辛いという感じはほとんどなく、ドライと言っては少し違うかもしれないが、事実の経過がある意味淡々と書かれている感じがするのである。書き方がハードボイルドと言ってもいいかもしれない。桜木紫乃という作家は、きわめて特徴的で魅力的な文体を持った作家だと思うが、この作品において彼女は、初めてそれをしっかりと意識し、みずからの中に獲得したのだろうと思った。それはたぶん、書き方の問題であると同時に、登場人物たちの捉え方の問題でもあったのだと思う。

 ホテルローヤルが出てくるのには驚いたが、名前が一緒というだけで、あの「ホテルローヤル」(2013年・直木賞受賞作)とは何の関係もない設定になっている。作品年次としてはこちらの方が先なので、ラブホテルの建物の造りとか経営の実態とか、実家がホテルローヤルだったということは、恐らくこの作品の方が援用されていることは多いのかもしれない。
 情景描写は相変わらず素晴らしく、この作品では特に街や湿原に流れる霧の描写が印象的だった。描かれる大半は夏の出来事なのに、妙にひんやりとした質感を随所に与えていると感じた。ラストシーンに降りしきる雪の夜を配したのも効果的で、全く関係はないが、昔見た映画「シェルブールの雨傘」のラストシーンを思い出してしまった。最後の一行は、何となく視覚的に、エンドマークを出してやりたいような気がしたのである。
by krmtdir90 | 2015-02-09 11:50 | | Comments(0)
<< 「わが町・新宿」(田辺茂一) 高倉健、もう一度(3冊の雑誌から) >>


カテゴリ
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
画像一覧
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
外部リンク
ファン
ブログジャンル