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2015年5月、「ごく一般的な16歳から23歳までの学生」(11人)がマイクロバスに乗り込む。初対面の人も多いように見える。彼らが向かったのは福島県須賀川市、福島第一原発から65kmのところにある一軒の農家である。その家の居間でテーブルを囲み、彼らはこの地で農業を営む樽川和也さんの話を聞く。映画の大半はその時の様子を撮影したものである。 数台のカメラを回していたようだが、ほとんどは話をする樽川さんと、傍らで時折控え目に口を挟む母・美津代さんの2人のショットである。カメラは、ほぼ正面から2人を捉えた単一の構図のまま動かず、話を聞いている11人の表情が時々挟み込まれるが、基本的に樽川さんとお母さんの話す様子をずっと写し続けるだけである。 つまり、とにかく話を聞く、ほとんどそれだけのドキュメンタリー映画なのである。ナレーションなどもない。 先祖代々受け継いできたこの土地で、長年有機栽培に取り組んできた樽川さんのお父さんは、2011年3月24日、原発事故を受けて農作物が出荷停止になったというファックスが届いた翌朝、畑の脇にある木で縊死してしまったという。「お前に農業を勧めたのは、間違いだったかもしれない」という言葉が、息子である和也さんに残された。 それから4年あまり、放射能に汚染されてしまった畑で農業を続ける樽川和也さんとお母さんは、どんなことを考え、どんな思いで現実を受け止めてきたのか。それは、決して整理されて話されるわけではない。終始抑え加減で訥々と語る(時に沈黙する)2人の話と、その表情の変化を、カメラはとにかくずっと見詰め続けるのである。恐らく、そこで語られた言葉はほんの限られたものにすぎない。その奥に、言葉にならないたくさんの思いが隠れている。それを受け止めるのは、2人を囲んだ11人の学生たちの視線である。 話の中で印象に残ったことはいろいろある。農業被害に対する東京電力の損害賠償のやり方が、事故前に比べて事故後の売り上げが減少した分についてだけ賠償を行うというふうになっているため、とにかく出荷をして、売れなかったという実績を作らなければ賠償金が支払われないことになってしまうという話。 そのため、検査をして基準値以下であれば、生活のために出荷するしかやりようがない状況が生まれているという。基準値以下と言っても、畑は確実に汚染されていたのであり(表面の土と下層の土を入れ替えるだけ、実際には攪拌することで数値を下げた、つまり薄めただけで放射能そのものは減っていないと説明されている)、自分で食べたいとは思わないと、樽川さんは正直に語っている。「土こそ命」と言って有機農業に取り組んできたお父さんの後で、そういう矛盾に満ちた農業を続けるしかない樽川さんの、生産者としての思いは屈折するしかない。基準値以下であれば、現状として出荷しても何の責任もないと言えるのだが、作った者としての罪の意識は消えないと言うのである。 「風評被害などというものではない。これは現実なんです」という樽川さんの言葉は重い。あとで学生たちの質問の中で、親が福島のものは買わないようにしていることをどう思うかと問われて、お母さんは「その気持ちはよく判る」と、繰り返し噛みしめるようにして答えるのである。生産者として、こんな辛い答があるだろうか。それでも彼らは、基準値以下だから大丈夫なんですとは口が裂けても言わないのである。言えないのである。放射能に汚染された土地で、現実に生産を続ける者のギリギリの「矜恃」が感じられて言葉を失う。 一旦耕作をやめてしまえば、畑は一、二年で使えなくなってしまうと言う。先祖から受け継いできた畑を、自分たちの代でダメにしてしまうことはできないのだと言う。最後のタイトルバックに、のどかな春の陽射しを浴びて農作業に精を出す2人の姿が映し出される。いままさにそこにある福島の苦悩を聞いた後では、その光景はすべてがなかったかのようで、いかにも明るすぎるのである。 話を聞いた学生たちが16歳から23歳までというのは、震災当時は12歳から19歳だったということである。この子どもたちを話の聞き手にしたというところに、この監督がこの映画に込めた大きな願いがあるような気がした。チラシのコピーに「知らなければ、何も始まらない。だから、ボクらは福島へ向かった」と書かれている。 プログラムには彼ら11人の、帰ってきてからの感想文が載っている。たぶんこれは、監督がこの映画に仕掛けた唯一の作為なのだろう。彼らが何を感じ、何を受け取り、何を受け継いだのかは判らない。だが、映画がそこに未来を託そうとしていることはよく判った。間もなくあれから5年が経とうとするいま、それは映画の観客であったわたしにも、何を記憶し、何を受け継いだのかという問いかけとして残されたのだと思う。
by krmtdir90
| 2016-02-22 23:59
| 本と映画
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