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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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ウズベキスタンの旅②サマルカンド散歩1(2016.4.16)

 サマルカンドはタシケントに次ぐウズベキスタン第2の都市である。古くから中央アジアのオアシス都市として繁栄と壊滅を繰り返してきた。13世紀にモンゴル軍によって徹底的に破壊されたが、14~15世紀にティムール帝国の首都となって復興し、当時の建造物が多く残っていることから2001年に世界文化遺産に登録された。
 宿泊しているアジア・サマルカンドはその旧市街の中にある。ホテルの前の道路は観光バスがやっと入れるくらいの簡易舗装の狭い道で、向かいには一般民家の土壁などが続いている。次の写真の撮影時刻は6:38と6:40である。朝食が7:00からだったので早めにロビーに来て、玄関前で朝の一服をしていたのではなかったかと思う。
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 9時にロビーに集合して、最初に徒歩でレギスタン広場に向かった。ここには、サマルカンド旧市街の中心をなす壮大な建造物が残っている。
 徒歩だったので、横の道(正面右側)から広場の中央に出て行ったので、広場全体をフレームに収めることは出来なかった。

 向かって左側(西側)にあるウルグベク・メドレセ。1420年建造。
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 メドレセとは神学校のことで、講義室や寄宿舎が一体となった建物だったようだ。ウルグベクはティムールの孫の天文学者だったらしい。それにしてもすごいスケール、見事なタイル模様である。
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 同行した現地ガイドの先導で中に入った。この中庭には夕方にもう一度来ることになる。
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 どのメドレセでも、中庭に面したアーチの部分にシルクやスザニ(刺繍した布地)などの民芸品を売る店が入っていた。
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 ウルグベク・メドレセ全景。違う角度から。
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 次は広場正面(北側)にあるティラカリ・メドレセ。1660年建造。
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 ここも中に入った。
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 左手にひときわ目を惹く青色のドームの下が礼拝所になっていた。
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 その内部は金箔が豊かに使われ、青と金の精緻な模様の荘厳さは目を見張る感じだった。
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 これはすごいと率直に思った。
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 広場右側(東側)のシェルドル・メドレセ。1636年建造。
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 イスラムの模様は偶像崇拝を否定する立場から、人や動物を描くことはタブーとされていたにもかかわらず、その禁を破って描かれた人面とライオン(虎に見える)のデザイン。
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 ここは外観の説明だけで中には入らなかった。ティラカリ・メドレセの方からだと完全な逆光だった。
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 フリータイムに中に入ってみたら、補修工事中だった。
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 それでもいろんな店は開いていた。
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 店番の少女。
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 広場で見かけた人々。こういう恰好をしているのは高齢者だけである。
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 高校生くらいの30人ほどのグループ。
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 遠足か何かだろうか。
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 最後に広場正面の少し高くなった展望テラスのようなところに行った。ここでも、もっと広角のレンズでないと左右のメドレセは切れてしまって、全景を収めることは出来なかった。
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 反対側の道路から観光バスに乗った。大した距離ではなかったが(せいぜい7、8分)、バスの窓からサマルカンドの町並みを何枚か。
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 この小型のバスが市内を走る乗り合いバス。右の黄色に塗られた車はタクシーである。車は右側通行なので、当然のことながら左ハンドルである。見かける車種は圧倒的にシボレーが多く、8~9割がシボレーだったのではなかろうか。
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 横断歩道が非常に少なく、人々は広い道路をどこでも平気で横断していた。センターラインのない道路も多く(車線の区切りなどは皆無)、日本の感覚からすると危ないなあと思うことも多かった。
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 さて、次に向かったのはシャーヒズィンダ廟群というところ。ティムールゆかりの人々の霊廟が立ち並ぶ一画である。
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 バスを降りて、門に向かって歩く。
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 門の入口のところで。
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 中にはいると、最初ちょっと階段を上るようになっている。たまたま人影が途絶えたところで写しているが、実際はお参りする人と観光客とでかなり混んでいた。
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 この階段の右手の廟は青い2つのドームを持っている。
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 道の両側に多くの霊廟が建っている。ガイドブック(地球の歩き方)には主な11の廟について解説してあるのだが(われわれのガイドも説明してくれていたと思うが)、特定したところで仕方がない気がするので、とにかく良さそうな写真を選んで並べておくことにする。なお、ガイドブックによれば、すべての廟が11~15世紀に立てられたもののようだ。
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 狭い道の両側なので、全体をフレームに収めるのは難しい。この青い装飾の廟の一つで、中に入って見学した。
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 さらに行くと、
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 右側が広くなったところに出た。
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 こうなっているとかなり余裕を持って撮影できる。
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 さらにもっと奥に進むと、どうやら突き当たりが最後の廟になるようだ。
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 ここでも中に入った。中はごった返していた。壁際のベンチに土地の人が座ってお祈りをしていた。人は写らないようにして、天井の方を写してきた。
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 あとでフリータイムになってから戻ってみると、まったく人影が途絶えていた。
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 この突き当たりの廟のところで左に折れて行くと、一般の人々の現代の墓地が広がっているというので行ってみた。このあたりはアフラシャブの丘というところで、見晴らしのいい南側一帯が広大な墓地になっていた。
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 こちらのお墓は、どれも墓石に故人のリアルな肖像がレリーフされている。文化の違いというか、そういう習慣なのだろうが、何となく異様な感じがしないでもない。
 何やらお祈りをしているらしい老婦人たちがいた。
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 左奥に見えているのがシャーヒズィンダ廟群の裏側になる。
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 フリータイムの終わりに、帰り道で写した何枚か。
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 廟群の表の通りで。これからお参りに行くらしい家族。
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by krmtdir90 | 2016-04-25 22:38 | 海外の旅 | Comments(0)
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