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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「海よりもまだ深く」

映画「海よりもまだ深く」_e0320083_13131483.jpg
 再び映画を見るようになってまだ日も浅いので、是枝裕和監督の映画を見るのは初めてだった。1995年に監督としてデビューして以来、発表する映画がことごとく国内外の高い評価を受けてきた監督のようだ。前作の「海街diary」というのがどこかで再上映されたら見たいと思っていたが、果たせないうちに新作が出てしまった。
 これは立川で見たのだが、平日(月曜日)の12:10という回なのに場内はけっこう混み合っていた。客層はわたしと同じ高齢者がほとんどで、女性が8割以上といったところか。公開から10日ほど経っているはずだから、かなりヒットしているということだろう。見ていて、なるほどヒットするだろうなと納得するところが多かった。

 見始めてすぐに、これはホームドラマだなと思った。ただし、きわめて現代的なシチュエーションで構成されたホームドラマである。主人公・良多(阿部寛)は数年前に妻の響子(真木よう子)と離婚しているから、現在彼らにはドラマを生むべき「ホーム」はないのだけれど、良多の母・淑子(樹木希林)が一人住まいをする郊外の団地を舞台に、響子が引き取っている息子の真悟(11歳・吉澤太陽)を交えた「元家族」のドラマが見事に構築されている。
 監督自身による完全なオリジナル脚本ということだが、これがまずとにかく素晴らしかった。隅々まで実に良く出来ている。良質なウェルメイドプレイを見るような感じで、登場人物たちの関係や状況の作り方、そしてセリフの一つ一つが実に味わい深く書かれていて、役者たちの好演も相俟って実に自然にストーリーの中に引き込まれたと思う。けっこう笑えるシーンなども多く、観客席からくすくす笑いが何度も出ていたのも気持ちが良かった。
 映画全体が醸し出す雰囲気の温かさというようなものが、観客をリラックスさせ安心させていたのだと思う。この監督のこの感じを知っている人は、新作が出れば進んで見に来るだろうと思った。

 プログラムのイントロダクションから、ストーリーの概略を書き写しておく。
 主人公は、笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多。15年前に文学賞を一度獲ったきりの売れない作家で、今は興信所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。妻の響子には愛想を尽かされ離婚。11歳の息子、真悟の養育費も満足に払えないくせに未練たっぷりの良多は、探偵技を駆使して響子を張り込み、彼女に新しい恋人ができたことに一人ショックを受けている。
 そんな良多の頼みの綱は、苦労させられた夫を突然亡くしてから、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子だ。息子に「大器晩成って、時間かかり過ぎですよ」などとツッコミながらも、母の愛は決して揺るがない。ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。「元家族」たちが共に過ごした、嵐が去れば終わってしまう切なくも忘れられない一夜とは--。
 台風の夜に浮き彫りになる、元家族の「こんなはずじゃなかった」という思い。私たちみんなが、子どもの頃になりたかった大人になれるわけではない。それでも、夢見た未来と違う人生を楽しむ生き方もある--。

 最後の、台風に閉じ込められた「元家族の一夜」の展開はもちろん面白い。しかし、そこまでに積み重ねられた小さなエピソードがどれも実に良く出来ていて、主要4人以外の脇役たちがみんな存在感のある絡みを見せていた。演じる役者たちがそれぞれの役にぴたっと決まっている感じで、ストーリーを豊かなものにしていたと思う。
 良多の姉・千奈津の小林聡美、良多が勤める興信所の所長・山辺のリリー・フランキー、良多とコンビを組む若手所員・町田の池松壮亮、淑子ら高齢女性陣が憧れる音楽シニア・仁井田の橋爪功、みんな実にいい演技を見せて主役たちに絡んでいると思った。それは脚本の良さであり、演出の的確さなのだろう。そして、これらの連中もみんな「人生こんなはずじゃなかった」という思いを抱えて生きているのである。こんなはずじゃなかったにしても、とにかくそれぞれがそれぞれに現在を楽しく生きている、あるいは楽しく生きていきたいと思っているのである。
 主要4人も併せて、是枝裕和はこれらの登場人物たちに容赦のない視線を注いでいるのだが、それは決して意地悪なものではないし、一面的な批判にもなっていない。人間のダメさ加減、浅はかだったり滑稽だったり、様々な弱さや強がりといった人間のどうしようもない一面を描きながら、そこに何とも言えない愛おしさのようなものを漂わせるのである。見ていて何だか身につまされるような感じ、と言ったらいいだろうか。それは是枝裕和の視線の温かさなのだろう。

 セリフの中に、普通はなかなか正面切っては言いにくいようなストレートな物言いがけっこう入っている。脚本が手許にないので、もっと面白いセリフがいろいろあったと思うが、とりあえずプログラムの中に引用されていたものからちょっと拾ってみる。
 「なんで男は今を愛せないのかねえ」「幸せってのはね、何かを諦めないと手にできないもんなのよ」(母・淑子)
 「誰かの過去になる勇気を持つのが大人の男だ」(興信所所長・山辺)
 「そんななりたい大人になれると思ったら大間違いだ」「なりたいものになれたかどうかではなくて、なりたいと思う気持ちを持ち続けることが大切なんだ」(良多)
 普通、こういうセリフは書きたくても書けるものではない気がする。普通はここまで直接的にテーマに結びつく言葉は書かないのではないか。と言うか、こんなセリフが書かれていたら、これを言わなければならない役者はかなり構えてしまうのではないだろうか。これをさらっと言って白けさせない芝居をするのは至難の業ではないかと思う。
 しかし、樹木希林、リリー・フランキー、阿部寛といった役者たちは、こういうセリフで固くならずに実にいい芝居を見せてくれた。セリフはほとんど宛て書きだったようだが、やはり是枝裕和の演出力がこの演技を引き出しているのだろうと思った。この映画は、映画でありながら充実したセリフ芝居の面白さを堪能させてくれたのである。これはそうそうあることではない。

 映画的にも、小さなシーンの積み重ねが非常に丁寧に練られている感じで、ああ面白いなあと思うところがいっぱいあったと思う。団地という、なかなか映画にはしづらいのではないかと思う場所を舞台にしながら、現代の団地が置かれている難しい状況などにもきちんとした目配りがあって、「こんなはずじゃなかった」という登場人物たちの思いは実は団地そのものの「思い」でもあるのではないかという、プログラムにあった誰かの言葉がスッと納得されたのだった。
 監督の是枝裕和が実際に少年時代を過ごした実在の団地(清瀬市・旭が丘団地)で撮影が行われたようだが、そのことが映画の奥行きを豊かなものにしていたのかもしれない。かつて日本の成長のシンボルだった団地の「いま」を、監督は決して冷ややかに見ているのではないことがよく伝わってきたと思う。西武線の黄色い電車や清瀬駅などが出てくるのも面白かった。

 ところで、わたしが見た回というのは、聴覚障害者のための字幕付きの上映という回だった。日本映画に日本語の字幕が付いているというのは不思議な体験だったが、外国映画ではかなり大胆な意訳が行われるようだが、日本映画ではほとんどセリフ通りの字幕が忠実に出てきて、なるほどこれなら聴覚に障害のある人でも楽しめるだろうなと思った。
 たぶんすべての映画でこういうことが行われているわけではないような気がするので、どのくらい費用がかかることなのか判らないが、もっと普及すればいいのではないかと思った。わたしがこの映画でセリフに注目したのには、このことも関係していたのかもしれない。
by krmtdir90 | 2016-06-01 13:13 | 本と映画 | Comments(0)
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