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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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続・近況報告(初めての手術)

 この歳になって、初めての手術というものを経験してきた。だが、「日帰りの簡単な手術」というのは毎日様々な手術を行っている病院関係者の感覚であって、実際には手術はやはりどんなものであってもあくまで手術なのだということが判った。

 予約での7月1日の日程は、12時が手術予定時刻、2時間前の10時までに病院に入ることになっていた。事前に渡された注意書きには、当日の朝は7時までに朝食を済ませその後は間食なども控え、10時以降は水分の摂取も禁止などと書かれていた。手の簡単な手術なのにずいぶん大袈裟なと思ったが、嫌な予感があったのも確かである。
 当日行ってみると、まず準備のための小部屋に連れて行かれ、パンツ一丁にさせられて青い手術着に着替えさせられた。次に幅の狭い台の上に寝かされ、左手に点滴の道具をセットされてしまった。担当の看護師がいろいろ確認したりしながら具体的な流れを説明してくれたが、ここまで来るとわたしにも、いくら「簡単な」と言っても手術である以上それは「本格的な手術」なのだということが判ってきた。担当の看護師が若いけれど気さくな女性で、初めての手術なのだというようなことを率直に言えたのが救いだった。
 準備が完了したのは10時40分ぐらいだった。手術予定時刻というのは前の手術の様子でかなり前後するので、早めに準備してもらうのだと看護師は言っていた。彼女が出て行ったあと、目の前の壁に時計が掛かっていたのだが、その長針を見ながらこの待ち時間は長いなあとうんざりした気分になった。

 ところが、11時を少し回ったあたりで思いがけず看護師がやって来て、予定が早まってこれからすぐに手術になると言った。不安なまま長時間待たされるよりずっといいから、これはツイてると思おうとしたが緊張は一気に高まった。手術室は2階だというので、点滴セットを持った彼女に付いて階段を上がった。手術室の入口の厳重な扉の所で、中にいた別の看護師に引き継がれた。初めての手術で緊張なさっているそうなのでよろしくと、ここまでの看護師が明るい調子で言ってくれたのがありがたかった。
 過去に手術を受けた経験がある人からすると、あまり細かい描写を続けるのも馬鹿げているかもしれない。わたしとしてもパソコンの使用はできるだけ避けた方がいいので、なるべく簡単に書くようにしたい。
 手術室の中には執刀医師と助手や看護師など7~8人がいたと思う。台の上に寝かされ、いろんな測定端子を付けられ、右手を横の台上に伸ばして、そちらの視界を厚手のカーテンで遮断された。てきぱきと準備が整えられる中で、執刀医がむくんで曲がらなくなった指を「何とかしなくちゃ」と言っていた。手首に部分麻酔の注射を打たれた時が痛くて一番嫌だった。感覚が急激になくなり、あとは聞こえてくる執刀医と助手の会話から進捗具合を想像するしかなくなった。
 それによると、圧迫された正中神経を開放するという単純な手根管症候群の手術では終わらなかったらしいのが判った。「張り付いちゃってる」とか「これはひどい」というような言葉が何度も聞こえてきて、「もう少し開こう」という言葉も聞こえてきた。うーむと思ったが、この状態ではすべてを信じて執刀医にお任せするしか方法はない。冷静に時間をチェックする余裕はなかったが、終了まで30分以上はかかったのではないかと思う。
 終わったあと、執刀医は手短に説明して「これで直ると思います」と言った。右手の感覚はまったくなかったが、手の平から手首を包帯で固く固定されてしまった。

 帰りは車椅子に乗せられ、最初の看護師に引き継がれて最初の小部屋に戻った。実は執刀医の説明は直後だったのであまり聞いていなかったので、着替えを済ませてからこちらの看護師に聞いてみた。これもよく判らなかったのだが、あとでインターネットで調べたことと総合してみると、指を動かなくしている原因として、腱を覆う滑膜(かつまく)というものが炎症を起こしていて、それが相当ひどい状態だったので、目に付く炎症部分を切除したということのようだった。彼女は検査に出すという小瓶に入ったそれを見せてくれた。液の中に白っぽい小片がたくさん入っていた。
 翌日(7月2日)の診察時に執刀してくれた医師に聞いてみたが、この医師はあまり細かに説明するタイプの人ではないらしく、要するに手の使い過ぎで起こる滑膜炎が広がっていて、部分麻酔で可能な範囲を切除したということのようだった。原因を除去したから指は曲がるようになると言って、指を無理やり押し曲げようとするので痛い痛いと言ったら、これからはできるだけ動かすようにして、院内に併設されたハンドセラピィ室に通ってリハビリをしてくださいと言った。で、明日(7月4日)その1回目の予約を取ってきた。

 手術の日は、終わってから家に帰ってだらだらしていたが、夕方になっても麻酔から覚めない感じで手の感覚がなく、指先が赤黒くむくんできたので不安になり、電話してもう一度診てもらうことにした。行ってみたら包帯をきつく巻き過ぎたということで、止血のためもあるから時々こういうことがあるのだ言いながら、改めてゆるめに巻き直してくれた。麻酔はかなり入れたから、醒めるまでもう少し時間がかかるということだった。この時、初めて傷口を目の当たりに見ることになったが、やはり少々ショックな気分になった。
 この晩は風呂にも入れずお酒も飲めず、まいったなあと思いながら寝てしまうしかなかった。それにしても、利き腕の右手が使えないというのがこんなに不便なものだとは思わなかった。これがいつまで続くのかと考えると憂鬱になった。
 ところが、翌日(7月2日)の診察時に包帯はあっけなく取られてしまい、簡単に消毒したあと、簡単な大型絆創膏(創傷用粘着ドレッシングと言うらしい)を貼っただけで終わりになってしまった。あとは一日一回マキロンか何かで自分で消毒してくださいと言う。驚いて、そんなんで傷口は大丈夫なんですかと聞くと、全然大丈夫ですよと言いながら、この医師はさっき書いたように乱暴にわたしの指を押し曲げたのである。この外科医的感覚?というのは付いていくのが難しいと感じたが、とにかく信じて付いていくしかないないのだろうとも感じた。
 まだ手術の翌日なのにと思ったが、この日から(患部を濡らさなければ)風呂もOK、恐る恐る聞いたらお酒もOKになってしまった。手術である以上、執刀時には万全の態勢を取るけれども、やはりこれは「簡単な手術」だったのかもしれないと納得した。次の診察予約は7月11日ということになった。ここらあたりで抜糸してくれるのだろうか。

 この医師は、原因となった手の使い過ぎについては何も聞いたりしなかった。彼にとっては執刀時に現前した事実こそが重要なのであって、そこにあった不都合を可能な限り除去することに徹したのだと思った。実際わたしにはこれが、主としてパソコンのやり過ぎから来ていることは明らかになっているのである。在職時からの長年の蓄積ということもあるのだろうと思った。
 というわけで、わたしの症状は手根管症候群とともに腱滑膜炎の悪化というのが大きくクローズアップされることになった。今後のリハビリも含めて(まだ左手もあるわけだし)、これからパソコンとどうつき合っていくかは(こうして懲りずにまたパソコンを使っているのだから)大きな課題になると思っている。
by krmtdir90 | 2016-07-03 15:02 | 日常、その他 | Comments(4)
Commented by nakamura-en at 2016-07-03 20:00
とりあえず、お疲れ様でした。大事にしてくださいね。
Commented by natsu at 2016-07-03 20:59 x
ありがとうございます。
実際に自分で体験しないとわからないことがいろいろあるのだなと思いました。
まあ、不本意でも成り行きに任せて行くしかありません。
ガンバリマス。
Commented by yassall at 2016-07-04 00:53
何度か経験がありますが、やはり身体にメスが入るというのは嫌なものです。痛みが本当になくなるまでにはそれなりに日数もかかりますしね。でも、受けておいてよかったと後になると思います。お疲れ様でした。私の腱鞘炎もなかなかよくなりません。といいながら、ついパソコンを使ってしまいます。
Commented by natsu at 2016-07-04 12:06 x
症状が出てからのパソコンは、やはり相当のダメージになったようです。
気分が乗ると、けっこう集中してやってしまうことが多かったんですね。
われわれの場合、退職後に始めたというのでなく、在職時からパソコンはずいぶんやっていたわけで、そのダメージの蓄積も関係していたようです。
ブログの楽しみは維持したいので、パソコンとの付き合い方は本気で考え直さないとマズイと思っています。
Yassallさんも気をつけてください。
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