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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「帰ってきたヒトラー」

映画「帰ってきたヒトラー」_e0320083_18195730.jpg
 2015年制作のドイツ映画(監督:デヴィッド・ヴェンド)である。タイトルが際物めいた感じがして、まったくノーマークだった。ちゃんと探せば、面白い映画はあるものだ。吉祥寺オデヲン座という映画館は初めて行くところだったが、観客もけっこう入っていた。

 タイトルにヒトラーと入っているだけで、何となく安易な映画作りが行われているのではないかと思ってしまった。チラシには「現代に甦ったヒトラーが、モノマネ芸人としてブレイク」などど書いてある。ヒトラーのそっくりさんを使った、軽いコメディなのかと思ったら全然違った。いや、随所で(笑おうと思えば)笑えるし、確かに一種のコメディには違いないのだが、笑っていられない深刻で重いテーマが潜んでいた。
 原因は分からないが、とにかく現代にタイムスリップしてしまったヒトラーが、SNSやテレビを通じて現代の大衆に受け入れられていくさまを描いている。彼はヒトラー本人なのであって、モノマネ芸人というのは周囲が勝手にそう解釈して安心しているだけである。ヒトラーの方は現代の諸相にカルチャーショックを受けながらも、基本的には大真面目に現代のドイツを見ていくことになる。そのギャップが笑いを生み、社会風刺にもなっているのだが、この映画は単にそこにとどまろうとはしていない。

 このヒトラーはモノマネではないし、もちろんパロディでもない。オリヴァー・マスッチという舞台俳優が入念な特殊メイクで演じたようだが、彼は現代に紛れ込んでしまったヒトラーを演じるにあたり、戸惑いながらもどんなことを考えどんなふうに行動したかを、ヒトラー本人の誠実さで跡づけて見せている。笑いを取ろうとの下心など微塵もないのである。
 ヒトラーという存在は、現代ではまったく疑問を差し挟む余地のない絶対悪として、ある意味きわめて単純化された価値観の下に否定されている。彼が行った歴史上の所行は許されるものではないが、悪の化身というあまりに明快な決めつけは、却って事の本質を遠ざける結果になっているのかもしれない。とりあえず決めつけておけば安心なのだ。
 この映画のヒトラーは、(ヒトラー本人なのだから)当然あの頃と同じ考えで現代のドイツの状況を把握し、国民の中に蔓延する行き詰まり感を感じ取ると、あの頃と同じ真っ直ぐな愛国心と情熱で現代の大衆に語りかけるのである。ドイツは沈没しかかっている、いまこそ変革が必要だと。

 この映画の撮影の当たって、監督のデヴィッド・ヴェンドはメイクしたヒトラー役のオリヴァー・マスッチを連れてドイツ各地をめぐり、様々な人々と接触させてその様子を記録したらしい。その映像は映画の前半でストーリーの中に生かされているのだが、ドキュメンタリーのように映し出される人々の生の反応がきわめて興味深い。
 この様子をヴェンド監督は「多くの人々がヒトラーを見て嬉しそうだった。まるでスターと遭遇したような感じだった。彼らはこれが本物のヒトラーであるはずがないとわかっていたけれど、彼らはヒトラーを受け入れ、ヒトラーに心を開いたんだ」と語っている。ヒトラーと肩を組んで自撮りしたり、笑顔で話しかけたりハグしたりする姿が捉えられている。もちろん彼は演じられたとはいえヒトラー本人なのだから、その表情は硬く困惑したままだが、人々のこの反応は監督にとっても俳優にとっても意外なものだったようだ。
 もちろん苦々しく思ったり拒絶したりという反応もあったようだが、それ以上に、各地で出会った多くの人々がヒトラーに向かって政治への不満や怒りを訴えることに驚いたという。監督は「我々の社会の中心が右派に傾きつつある」と述べている。

 この映画は現代の社会に、ヒトラーのような強く信頼できる存在への渇望が内在していることを描いている。それは極端な主張を展開する一部の人々のことではない。普段は目立たない市井の穏健な人々の考え方の中に、半分冗談のような設定が仕掛けられると、それが堰を切って溢れてくるような危うさとして存在しているのである。
 しかもこの映画は、そのことを一段高いところから批評的に見ているのではない。正直に言うと、観客としてのわたしはこのヒトラーに、何とも言い難い共感のようなものを感じる時があったのである。具体的には忘れてしまったが、現代の問題を指摘する彼の言葉が不意に胸に響いてしまった。この映画はこのヒトラーを、ステレオタイプではない生の人間として描いている。それはつまり、この現代においてもヒトラーは生きられるということを意味している。生きられるだけの人間的魅力をこの男は持っていること、そしてそれを密かに待望する心情が大衆の中に存在することを、この映画は観客に気付かせてしまうのである。
 映画の終わり近く、ヒトラーが言う「私を選んだのは普通の国民だ。選挙で優れた人間を選び、国家の運命を託したのだ」という言葉は象徴的である。

 もちろん、こういうことを前面に出して主張している映画ではない。あくまでもコメディ映画としての芯は動かない。登場人物としてのヒトラーの人間的魅力は、現代に放り込まれた彼の困惑とか行き違いから生じる言動の可笑しさや、根は堅物なのに案外柔軟に現代に対応していく様子などから、自然に浮かび上がってしまったものである。
 人間的魅力を感じることができたから、大衆は彼を選んだのだということを思い出させてくれる映画だった。そして、そういうことは現代でも十分に起こり得ることなのである。こういう優れて現代的な視点を持ったコメディ映画が、ほかならぬヒトラーを題材にして、当事国ドイツで作られたことに驚きを感じた。
 映画の力を痛切に感じた映画だった。ドイツでは徹底した反ナチ教育が行われているようだし、日本でも反戦平和は基本中の基本であるとしても、そんな形式的なお題目やスローガンは人心の奥には到底届かない。だが、この映画は現代社会が抱える危険な傾向を鮮やかに映し出して、わたしに「怖いな」と率直に思わせてくれるものを持っていた。
by krmtdir90 | 2016-08-11 18:20 | 本と映画 | Comments(0)
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