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この映画は、監督のイーサン・ホークがある夕食会で当時84歳だったシーモア・バーンスタインに出会い、言葉を交わす中でその人間的魅力にすっかり心酔してしまい、それがきっかけで作られることになったドキュメンタリー映画なのだという。原題は「Seymour:An Introduction」となっていて、製作されたのは2014年、この時87歳だったシーモア・バーンスタインの姿をありのままに記録しようとしたものである。 ピアノをやっていたり、クラシック音楽に興味のある人にはこの上なく面白い映画だったのかもしれないが、率直に言ってわたしにはそれほどのものではなかった。わたしがもっと若かったら違っていたかもしれないが、半ば老人の仲間入りをしてしまった年齢の者にとっては、ある意味で功成り名遂げた老人の語る(人生などについての)言葉が響いてくることはほとんどなく、ちょっと眠くなってしまって困ったことを告白しておく。 だが、興味深かったことがなかったわけではない。だから感想文を書く気にもなったのだが、彼がピアノ教師として生徒を指導したり、生徒と会話する場面が何度か映し出されていて、これがことのほか面白かったのである。ピアニストとしての実績は知らないが、この人の「教師」としてのありようが恐らく素晴らしいものなのだということが伝わってきたように思う。そのあたりのことをちょっとだけ記録しておきたい。 ピアノのレッスンというものが普通どのように行われるものなのか、わたしは門外漢だからまったく判らないのだが、シーモア先生の教え方というのはきわめて具体的で効果的なものだというのは判った気がした。見ていると、ピアノの演奏というのが物理的には、指と鍵盤の接触の瞬間に集約されているものなのだということが理解されたように思う。その接触の仕方(加減)がそれこそ限りなく多様であって、その微妙な違いが演奏の流れに大きな影響を与えているらしいということだ。ある音を(音の連続を)どういう接触で生み出すべきなのか、そこは常に緻密で具体的な指摘で明らかにされなければならないということである。 演奏が生み出す情感というものも、レッスンの段階ではすべてその接触のあり方の問題に帰結しているようだ。楽譜をどのように理解し、どのように表現するのかという課題は、レッスンにおいてはある音をどのような接触で生み出すかということの積み重ねなのである。間違っているかもしれないが、シーモア先生の指導を見ながらわたしはそのように理解した。 ピアノのレッスンは基本的に個人指導だから、生徒の技量は一人一人違っているだろうし、どういう点を指摘して練習させるかはすべて個別的な問題になってくるだろう。映画が映し出したのはその膨大なケースの中の数例に過ぎないが、その指導が確実に生徒の中で具体的な発見に結びついていることが見て取れた。生徒の技量を見極め、その生徒がいま立ち止まっている場所を的確に把握することなしに、有効な助言はありえないだろう。正しい助言であっても、生徒にそれを修正する技量が備わっていなければ無理な要求になってしまうからである。 そのあたりの見極めが、シーモア先生は驚異的に正確なのだと思った。できる範囲で指摘する。できる範囲ギリギリの技術的課題として問題点を提起する。これは簡単にできることではない。鋭い分析と効率的な指摘、そして一人一人に合った発見に導くこと。こうしたことが実際の場面では、たった一音の接触の仕方(弾き方)を変えることから生まれてくることが驚きだった。それを知ることができただけで、この映画を見た甲斐があったと思った。 わたしはもう完全に引退してしまったが、長いこと演劇部の顧問として生徒と接してきた。その中で生徒の芝居を指導するというようなこともずいぶんしてきた。 その中で常に具体的な指摘でありたいと考えてきたことは、どこまで的確であったかは判らないが、方向としては間違ってはいなかったと思うことができた。セリフのこの音が消えかかっているとか、立ち位置をもう少し寄せてみたらどうかとか。そして、良い変化は指摘が(具体的で)的確だった時に起こることは判っていた。どれだけ的確な指摘が行えたかは、また別の問題である。 そんなことを思い出し、考えてしまった映画だった。(鑑賞、10月7日)
by krmtdir90
| 2016-10-11 17:39
| 本と映画
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