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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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「氷の轍」(桜木紫乃)

「氷の轍」(桜木紫乃)_e0320083_1382931.jpg
 森絵都を読み終えた翌日、午後から読み始めて、その日のうちに一気に読んでしまった。比較しても仕方がないが、やはり桜木紫乃はいいと思った。最初の2、30ページを読むだけで、文章の巧さは歴然とした違いが感じられた。
 一言で言えば、言葉がイメージを喚起する力と言ったらいいだろうか。桜木紫乃は余計なことは言わず、少ない表現で的確に登場人物とその物語を浮かび上がらせる。説明がなくても、その場面や状況がありありと感じ取れるようになっている。これが小説というものだと思いながら、どんどん物語の中に引き込まれてしまった。

 表紙に掛けられた帯に、明日の夜、テレビのスペシャルドラマとして放映されることが書かれていた。書き下ろしの出版に合わせてテレビ化されるというのも手回しのいいことだが、桜木紫乃の作る物語がそれだけ魅力的だということなのだろう。
 ただし、わたしはこのテレビを見ないだろうと思った。映画なら別かもしれないが、民放でコマーシャルにぶつ切りにされた映像につき合いたいとは思わない。テレビ化が恐らく、物語の濃密な部分を台無しにしてしまうのではないかという気もした。まあ、実際のところは判らないが、君子危うきに近寄らずか、わたしにはいまのところ活字だけで十分なのである。

 それよりもこれが、あの「凍原」以来2作目となる、北海道警釧路方面本部刑事課を舞台にしたミステリであることの方が重要だった。主人公の女性刑事の名前は違っていたが、桜木紫乃はこれをシリーズ化するのだろうか。シリーズは桜木紫乃には似合わない気もするが、もしそういうことがあったら興味深いことだと思った。
 「凍原」を読んだのは3年ほど前だったと思うが、その時は感想文を書く気にもならず、それきり内容などは忘れてしまっていた。しかし、「氷の轍」の途中で「凍原」の女性刑事・松崎比呂が脇役ながら顔を出した時、これを読み終わったらわたしは、たぶん「凍原」を読み直してしまうだろうと思った。「氷の轍」の女性刑事・大門真由とコンビを組んだ片桐警部補は、「凍原」で松崎比呂とコンビを組んでいた若き日の(と言っても、けっこうベテランだったが)片桐刑事だった。

 「氷の轍」はいわゆる警察ものミステリとして、非常に成功した一作になったのではなかろうか。もちろん桜木紫乃は警察に興味があるわけではなく、事件捜査の過程で次第に見えてくる様々な人間の裏面史を描くことに主眼があるのだけれど、ベテラン男性刑事と新米女性刑事のコンビがそれを追いかけるという構図は、桜木が書こうとするものに一定の距離感を与え、周辺部を埋めていく中で核心を多面的にするという効果があるような気がした。
 これまで実にいろいろな物語を作ってきた桜木紫乃だが、警察の捜査によって事件の裏側に様々な人間の孤独や悲しみが見えてくるという構図は、彼女が書くものの幅を大きく広げるものになるのではないかと思った。

 それにしても、こういう殺人事件を書けるのは桜木紫乃しかいないだろう。こんなふうな殺す理由とこんなふうな殺される理由、こんなふうな思いと思いのすれ違いで、思いがけず殺人が起こってしまうということを、こんなふうな説得力で小説にするのは簡単なことではない。新作ミステリだからネタバレにならないように書くが、数奇な過去が長い年月を経て顔を出してくる、こういう物語は桜木紫乃の独壇場になりつつあると思った。
 北原白秋の「白金之獨樂(はっきんのこま)」という詩集の古本が、事件の大きな鍵になるというのも切ない。これに収められた「他ト我」という詩が本書の巻頭に置かれていて、これが被害者を始めとする登場人物たちの心情に響き合っていく感じなど、作者の作戦とはいえ巧いものだと思った。わたしは知らなかったのだが、たった4行の短い詩である。
 二人デ居タレドマダ淋シ、
 一人ニナツタラナホ淋シ、
 シンジツ二人ハ遣瀬ナシ、
 シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。
by krmtdir90 | 2016-11-04 13:08 | | Comments(0)
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