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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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「劇場」(又吉直樹)

「劇場」(又吉直樹)_e0320083_16433944.jpg
 2週間ほど前、何となくつけていたNHKのテレビで「又吉直樹第二作への苦闘に密着」という番組をやっていた。興味を覚えて、寝ようと思っていたところだったが見てしまった。これ以前に又吉が第二作(受賞第一作)を準備しているということは知っていたが、それがいよいよ具体的な日程になって実現していることが判った。彼が芥川賞を受賞したのは2015年の上半期だから、そろそろ2年が経過しようとしている。昨今はいきなり単行本で出すのが普通になっているところ、雑誌「新潮」に掲載するというのが又吉らしいなと思った。
 で、3月7日の発売日に近所の書店で購入してきて、8日のうちには読み終えてしまった。うーん、そう来たか、という感じで、期待して待っていて良かったなと思った。だが、感想文となるとちょっと考えてしまって、きょうまで延び延びになってしまった。

 テレビの中で、今度は「恋愛小説」を書きたいと言うのを聞いて期待が高まった。「新潮」の目次には「上京して演劇を志す永田と恋人の沙希。未来が見えないまま、嘘のない心で結ばれた二人の生を圧倒的な純度で描く」という惹句が書いてあった。「火花」が230枚だったから、本作の300枚というのは十分な読み応えがあったと思う。
 率直に言って大変面白く読むことが出来た。この人が書く以上こういうものになるだろうと予想はついたものの、それをこういうかたちにまとめ上げるのは簡単なことではなかっただろう。だがその上で、やはり引っ掛かった点については書いておかなければならない。

 又吉自身が「恋愛小説」と規定しているのだから、二人の関係は当人たちにとっても「恋愛」と認識されていたのかもしれない。しかし、この小説が彼らの「恋愛」を描いたかというと、どうもそのあたりは不十分でモヤモヤしてしまうように思われた。確かにこの二人は男と女に設定されているが、男と男あるいは女と女ではなく男と女なのだということがもう一つ曖昧なままで、そこから生じるはずのリアリティがどうも希薄のように感じられたのである。
 それは、男と女であることが必然的に呼び込むはずの「性」の気配を、この小説がまったく消していることから来ていると思う。いい歳をした男と女の話である以上、そういうことに触れないのは不自然で異常なことと言わなければならない。どのように触れるかは作者の裁量には違いないが、この点への言及がないことを容認するのは難しいような気がした。このため、二人の関係が妙に子どもっぽいものに感じられた部分があったように思う。
 「嘘のない心で結ばれた」とか「圧倒的な純度」とかは編集者がつけた惹句で作者とは関係がないにしても、まさかとは思うが、もし性的なものの絡まない「恋愛」関係を書きたかったのだとすれば、逆にそれに触れないのは不自然だし勘違いも甚だしい気がした。

 「火花」で、みずからホームグラウンドであるお笑い芸人のことを書いてしまい、第二作で同じ世界を扱うわけにもいかず、比較的近くに思える演劇の世界を扱ったのはどうだったのだろうか。売れない時代はみんな似たような辛酸を舐めることになるのかもしれないが、この二つの世界は作られる人間関係のあり方に根本的な違いがあるように思う。人物造形の面で、このあたりに対する作者としての作戦が若干不足していたような印象を受けた。
 「火花」で描かれていたように、芸人というのはみんな基本的に「個」として存在しているのではないかと思う。それはピン芸人でもコンビでも同じである。彼らの結びつきは常に「個」に還元されていて、共感も反撥もすべてはそこにおける感情に支配されていたように思われる。それに対して、演劇においては「個」は必ず「集団」の一員とならなければそれを発揮することが出来ない。演劇というのは否応なしにそういう側面を持っていて、それぞれの「個」は確かに「個」としてそこにあるのだが、そこで形成される関係性はもっと複合的で複雑なものになるように思うのである。

 この小説で描かれた永田という人間は、劇団の中心になるにしてはそのあたりの説得力に欠けていたように思う。演劇を作るためには、良くも悪くももう少し腹芸的な部分が必要なのではないか。みずから脚本を書き、演出や役者も兼ねているとしても、永田という人物造形がどうも芸人のそれをなぞっているだけのように見えてしまった。演劇の公演を成立させるためには、もっといろいろな要素に対応する必要があるだろうと思えてしまったのである。
 中学時代からのコンビである野原という男と、二人だけで定期的な公演を打ち続けるというのも説得力がないように思えた。芸人の舞台と演劇の舞台を混同しているように感じられて、そんな簡単に公演は打てないだろうと納得できなかった。この野原という存在が影が薄いのも不満な点で、共に長年劇団を維持してきた人間として、この二人の関係は永田と沙希の「恋愛」や様々な人間関係にもっと関わりが出てこないとおかしいように感じた。

 この小説が又吉にしか書けない世界を書いていることは確かだが、芸人の世界を離れて書こうと考えた時点で、演劇という中途半端な距離感の世界にしてしまったことが災いしたように思う。男と女の問題にしても、女を本気で造形するのであれば、男の方も又吉の感性からもっと離れて造形する覚悟が必要だったのではないだろうか。
 冒頭の出会いのシーンでも、(ちょっと乱暴な言い方だが)男があまりにも又吉その人でありすぎるために、シーンの作り方としてはバランスを欠いていて無理があると感じられてしまった。「僕」という一人称で書くことはかまわないが、世界を組み立てる(描写する)に当たって、その孕んでいる危険性はもう少し意識しなければいけなかったのではないか。又吉らしい表現が随所にあって、それが彼の書くものの大きな魅力になっていることは重々承知しているが、それをもっと出し惜しみすることが必要になっている気がする。

 と、いろいろ書いてしまったが、これを失敗作だとはまったく思っていない。恩田陸のように、受賞から一ヶ月も経たないうちにつまらない受賞第一作(「失われた地図」)を出して期待を裏切るより、又吉直樹が苦しみ抜いてこれを出してきた誠実さはよく伝わったと思う。読者は信じた作者に並走したいと思うもので、次作がまた楽しみになったということになるだろう。
by krmtdir90 | 2017-03-12 16:44 | | Comments(2)
Commented by yassall at 2017-03-14 00:04
NHK特集は私も見ました。「火花」も読みましたが、今度は(第2作も、という意味)読んでみようと思いました。ありがとうございました。
Commented by natsu at 2017-03-14 09:40 x
ぜひ、yassallさんの感想を聞かせてください。
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