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わたしはエドワード・ヤンの映画をこの2作しか観ていないし、当時「台湾ニューシネマ」として注目されたホウ・シャオシェン(侯孝賢)の映画も観ていない。いまから思うと残念なことをしたと思うが、これからDVDを探して観てみようと思うほど若くもない。 「牯嶺街」を観た時に驚いたエドワード・ヤン監督の特徴、対象を見詰める時の距離感や様々なものを一体的に捉えようとする語り口といったものは、この「台北ストーリー」ですでにほとんど確立していたように思われる。それは当時としてはきわめて先鋭的な手法であり、当時の観客に理解されないまま4日間で終わってしまったことも判るような気がする。 わたしは「牯嶺街」を観て判っていたから、この点については驚かなかったが、そのぶん映画に対する共感度は少し下がってしまったかもしれない。主人公たちの年齢がこちらは20代、「牯嶺街」は10代ということも大きかったかもしれないし、時代背景の違いや描かれる場所の違いも関係していたかもしれない。いずれにせよ、この映画にわたしはそれほどのめり込むことはなかった。「なるほどな」と思いながら、終始冷静な気分で観ていたように思う。 急速な経済成長下、目まぐるしく変貌していく台北という都市の中で、男のアリョン(ホウ・シャオシェン)が変わらない(変われない)ものを代表し、女のアジン(ツァイ・チン)が変わろうとするものを代表していることは判ったが、彼らの内面や行動にもう一つ近づけなかったのはなぜだったのだろう。変わりたい、変わらなければならないという願いは、容易に変われるものではないという思いとともに「牯嶺街」にも描かれていたものだが、あの映画では10代の少年少女たちの様々な姿の先に、突き抜けていく可能性のようなものがもしかすると内在していたということかもしれない。 「台北ストーリー」にはそういう気分はない。違う方向を向いているアリョンとアジンが、どちらにしても先の見えない現状にただ戸惑い立ち尽くしているように見えて、八方塞がりの一種の倦怠感のようなものが全体を覆っているように感じられた。 エドワード・ヤンは安易な希望を描いたりする監督ではないから、もちろん「牯嶺街」にもそんなものはどこにもなかったと思う。だが、少年少女を描くということは、彼らの未来や可能性を閉ざすことはできないという前提を常に内在していることでもある。死んでしまったシャオミン(小明)のそれは失われてしまったが、プレスリーに夢中のワンマオ(王茂)が最後に出てきた意味はそこにあったのかもしれないと思う。 「台北ストーリー」が描く20代の青年たちにとって、前提は揺らぎ始めているということになるのだろう。エドワード・ヤンは安易な絶望を描いたりもしないが、どちらに向かっても容易ならざる困難にぶち当たるというのが、1985年の前提になっていたのかもしれない(「万能薬」はどこにもないのだ)。変わる変わらないは確かに大きな問題だが、死んでしまうアリョンを「消えていく古いもの」の象徴のように考えるのは間違っている。生き残ったアジンであっても、一歩を踏み出すには大きな躊躇を伴っているように見えるからである。 たぶん、エドワード・ヤン監督はこの映画で、「どう進めばいいか判らないじゃないか」という困惑と苛立ちを描いているのではないか。それは「牯嶺街」にもあったものだが、動こうとして動けない感覚はこの「台北ストーリー」の方が強いように思う。時代の変わり目というのは常に混沌としたものだが、1985年という現代をこのように捉えたエドワード・ヤンが、6年後に1960年前後の少年少女に還ろうとした理由がここにあるような気がする。 「牯嶺街」の少年たちは、とにかく動くしかないという闇雲な焦燥感に囚われていた。幾つかの死があったが、不思議とそれが無意味という気はしなかった。「台北ストーリー」で描かれたアリョンの死は、文字通り行きずりの死であって、あとに空しさしか残さなかったように思う。この映画が与えた衝撃は理解できると思うが、いまわたしにこれ以上近づく気が起こらないのは、そのあたりに原因があるのではないだろうか。重要な映画であることは理解するが、「牯嶺街」という凄い映画の前では少々霞んでしまうことも事実だったと思う。 (渋谷ユーロスペース、5月8日)
by krmtdir90
| 2017-05-09 12:04
| 本と映画
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