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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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北海道で大人の休日②釧路散歩(2017.6.26)

6月26日(月)
 札幌駅6番線ホーム。
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 8:54発の特急・スーパーおおぞら3号で釧路に向かう。
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 キハ283系である。ちょっと見にくいが、側面にFURICOの文字があるのは振子式特急車輌の意で、スピードを保持するため、カーブに入る前から車体を傾ける自然振子装置を搭載しているということらしい。

 スーパーおおぞらは南千歳から石勝線に入り、新得から根室本線に入って釧路を目指す。この日の天気は、雲は多いものの日射しもあり、雨の心配はしないでよさそうだ。
 石勝線の区間というのは、新夕張からトマムへ、人里離れた奥深い山中をトンネルなどで貫いて行く路線なので、沿線の緑が非常に美しかった。これは実際に体験するしかないもので、カメラで写し取ることは不可能なのが残念である。
 ただし、この車輌の窓ガラスは相当汚れていて、以下、根室本線に入ってからの写真を何枚か載せるが、汚れが写り込んで非常に許し難い。
 まず、常豊信号場。
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 普通列車で通る時、交換待ちなどがあっていつの間にかお馴染みになってしまった信号場である。この建物は現在は保線詰め所になっていて、左端に階段が写っているが、こちらに使われることのない短いホームが残っている。
 次は、尺別駅。
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 ここも最初は交換待ちで印象に残った駅だったと思う。独特の形の駅舎と、向こうに海がある感じが好きである(それにしてもガラスの汚れはひどい)。
 ちょっと前の厚内駅のあたりから列車は海沿いに出て、海岸線に近付いたり離れたりを繰り返しながら東進して行く。途中、かなり内陸側にカーブするところがあるのだが、そのあたりが湿地帯になっているのが気になっていた。
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 ネットで調べてみたら、パシクル川(馬主来川)という小さな川の河口部にパシクル沼(馬主来沼)というのがあって、その周囲が湿地帯になっているようだった。このあたりは地質学的に非常に興味深いことがいろいろあると記載されていた。

 スーパーおおぞら3号は13:20に釧路に到着した。
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 この日は釧路泊まりなので、このあとは自由時間ということになる。まず、駅ビル内の喫茶店でカレーとコーヒーの昼食を取った。それから外に出る。
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 いつの間にかすっかり青空になっている。
 ホテルはこの左手の方にあって、14時からチェックイン可能なので、荷物を置いて身軽になってから外出することにした。この時、太陽に惑わされてウインドブレーカー(保温性がある)を置いていこうかと迷ったが、軽量で小さくパックできるものなので、念のため持って出ることにしたのが好判断だった。途中から雲が広がり、気温がどんどん下がっていったのである。北海道の天気は油断がならない。

 さて、このあとわたしが考えているのは、釧路における石川啄木ゆかりの地を訪ねることである。
 啄木が釧路に滞在したのは1908(明治41)年1月21日から76日間にすぎないが、その大半が幣舞橋を越えた南大通り周辺とその先の米町界隈を舞台としていたらしい。昔はそちらの方が釧路の中心地だったのである。幣舞橋まででもけっこう距離があるから、最初はタクシーで港文館まで行ってしまうことにした。
 港文館。
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 この建物は啄木が当時勤めた旧釧路新聞社(現北海道新聞社)の社屋を復元したものらしい。現在は1階が喫茶室、2階が啄木関係の展示室(入館無料)となっている。
 展示物の中にあった、当時の釧路新聞社の写真。
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 外には啄木の立像と歌碑が建っていた。
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 さいはての驛に下り立ち
 雪あかり
 さびしき町にあゆみ入りにき

 末尾に小奴(こやっこ)の署名があるが、これは釧路時代の啄木が足繁く通い、思いを通わせ合った料亭・しゃも寅の芸妓(本名、近江ジン)である。この碑は彼女の書跡を元に刻まれたものらしい。

 この一帯には石川啄木の歌碑がたくさん建てられているようだ。駅の観光案内所でもらったパンフレットに啄木歌碑マップというのが載っているので、運動不足解消も兼ねて少し訪ねていってみようと思う(位置関係などは順不同である)。
 まず、港文館から南大通り(通称・啄木通り)に出た向かいにあった小奴碑。
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 ここは、後年の小奴が旅館を営んでいた場所らしい。現在は朝日生命釧路支社が建っている。
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 碑には、啄木と小奴の関係が事実のみ客観的に記され、3首の短歌が添えられている。
①あはれかの國のはてにて
 酒のみき
 かなしみの滓(をり)を啜るごとくに
②小奴といひし女の
 やはらかき
 耳朶(みみたぼ)なども忘れがたかり
③舞へといへば立ちて舞ひにき
 おのづから
 悪酒の酔ひにたふるるまでも

 釧路信金南支店前の歌碑。
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 神のごと
 遠く姿をあらはせる
 阿寒の山の雪のあけぼの

 南大通り沿いの歌碑。
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 わが室(へや)に女泣きしを
 小説のなかの事かと
 おもひ出づる日


 啄木下宿の地の歌碑。
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 こほりたるインクの罎(びん)を
 火に翳(かざ)し
 涙ながれぬともしびの下(もと)

 啄木は釧路到着の2日後から、当時の洲崎町1丁目にあった関サワ宅2階8畳間に下宿したらしい。歌碑の右側面に「下宿屋・関の建物は碑の右側道路を挟んで向かいにあった木造二階建て」という記載があるから、
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 人が歩いて来る左側の家が建っている場所と思われる。なお、歌碑があるのは啄木の宿シーサイドホテルというホテルの敷地の裏手である。

 シーサイドホテルと大通りを挟んで向かい側に啄木ゆめ公園というのがあり、その中にあった歌碑。
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 港文館前にあった歌碑と同じ歌である。なお、当時の釧路駅は終着駅で、現在の位置よりかなり幣舞橋寄りにあったようだ。

 大通り沿いの歌碑。
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 三味線の絃(いと)のきれしを
 火事のごと騒ぐ子ありき
 大雪の夜に


 南大通りは左に大きくカーブを描き、徐々に上り坂になって米町本通りと名前を変える。その手前に右方向にゆるやかに下りて行く道があって、「啄木離釧の地150メートル」という看板が出ていた。76日後の4月5日、啄木が船で釧路を離れた船着き場跡があるらしい。少し行きかけたが、何となく面倒になってやめてしまった。

 米町本通り右手の小高くなったところに米町公園というのがあった。広い石段を上っていくと灯台の形をした展望台が建っていた。
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 右手に写っているのは高濱虚子の句碑である。「燈台は低く霧笛は峙(そばだ)てり」という句が記されていた。啄木の歌碑はこの展望台の向こう側にある。
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 しらしらと氷かがやき
 千鳥なく
 釧路の海の冬の月かな
 この歌碑は、このあたりに点在する啄木の歌碑の中で最も古いものらしい。
 展望台に上がってみた。
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 写真でも判る通り、空はすっかり厚い雲に覆われてしまい、気温もどんどん下がってきているようだ。先を急がなければならないが、思った以上に遠くまで来てしまった感じで、でもここまで来た以上、マップの先端のところまで行かなくてはと思ってしまう。

 米町本通り沿いの歌碑。
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 顔とこゑ
 それのみ昔に變らざる友にも會ひき
 國の果(はて)にて


 マップの縮尺がこのあたりはかなり縮められていたようで、米町本通りの突き当たりのここまで、アップダウンはあるしけっこう距離があった。でも、意地になって歩いて来て良かった。思いがけず、線路と踏切にぶつかったのである。
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 まず、歌碑の方から。
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 さらさらと氷の屑が
 波に鳴る
 磯の月夜のゆきかへりかな

 踏切の向こうがもう海辺になっていて、
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 地図には弁天ヶ浜と記されている。啄木はこのあたりまで散歩の足を伸ばしていたのである。
 さて、思いがけない線路である。
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 これは釧路臨港鉄道という貨物専用の線路で、太平洋石炭販売輸送という会社が運営する石炭輸送のための私鉄路線であるらしい。釧路にそういうものがあることはどこかで読んだことがあったが、こんなところでそれにぶつかるとは思わなかった。
 近くにこのあたりの地図看板があったので、ちょっと見にくいが掲載しておく。
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 地図で米町ポンプ場とある方に抜けて行き、そちらの踏切も見てきた。
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 実際の輸送列車は見ることができなかったが、それでも十分満足した。

 さて、今度はこの道を左の方に戻って行くことになる。
 戻りの道すがらの歌碑。このタイプの歌碑は新しいもののようだ。
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 酒のめば悲しみ一時に湧き来るを
 寐(ね)て夢みぬを
 うれしとはせし


 戻って来た道(振り返っている)。
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 こちらに向かって少し上り坂になっているが、この突き当たりが後で見た方の踏切になる。
 さて、前方には本行寺というお寺があった。
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 本堂などは建て替えられてしまっているが、啄木が住んだ頃からあったお寺で、ここで催された歌留多会に啄木もよく出入りしていたらしい。傍らの歌碑の歌は、啄木の歌集には収録されていないもので、釧路新聞の釧路詞壇に掲載されたものらしい。
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 一輪の紅き薔薇(さうび)の花を見て
 火の息すなる
 唇をこそ思へ


 さらに道端の歌碑2つ。
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 出しぬけの女の笑ひ
 身に沁みき
 厨(くりや)に酒の凍る眞夜中

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 よりそいて
 深夜の雪の中に立つ
 女の右手(めて)のあたたかさかな


 しゃも寅(軍鶏寅)の井戸というのがあった。
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 啄木が通ったしゃも寅という料亭がこのあたりにあり、そこで使われていた井戸だという。前の道に歌碑が建っていた。
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 葡萄(えび)色の
 古き手帳にのこりたる
 かの會合(あひびき)の時と處(ところ)かな

 浦見8丁目というあたりの小さな見晴台のようなところにあった歌碑。
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 波もなき二月の灣に
 白塗の
 外國船が低く浮かべり


 佐野碑園という公園のようなところがあった。ここは釧路の開拓に貢献した佐野孫右衛門という人を顕彰する碑などが建てられている場所で、
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 このあたりにはかつて、啄木もよく出入りした喜望楼という西洋料理店が建っていたようだ。喜望楼の跡と記された歌碑が建っている。
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 「あはれかの國のはてにて」という歌は、小奴碑の中にも出ていたものである。

 南大通りに戻って来た。もう4時半を回っている。すっかり曇ってしまって寒い。
 この通りの一番幣舞橋寄りにある歌碑。行きに見逃していた。
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 北の海
 鯨追う子等大いなる
 流氷来るを見ては喜ぶ

 この歌も啄木の歌集には収録されていないもので、釧路新聞の釧路詞壇に掲載されたもののようだ。そういう歌の歌碑が建っているところが釧路らしいのかもしれない。

 さて、幣舞橋のたもとまで戻って来た。全部の歌碑を回ったわけではないが、このくらい回れば十分だろう。
 「一握の砂」の中では、「忘れがたき人人」の「一」に啄木の北海道時代の歌がまとめられているが、そのうち「さいはての驛に下り立ち」に始まる釧路時代の歌は32首ある。啄木は決して酒は強い方ではなかったようだが、初めて芸者遊びを覚え、料亭通いを経験した釧路時代の歌の屈折感は特徴的だと思う。1月から4月初旬までの厳寒の時期に釧路で生活したことが、その屈折を増幅させたという見方もあるようだ。

 只今の温度11℃と表示されている。
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 ちょっと信じがたい寒さである。もう少し前のあたりでタクシーを掴まえたいと思ったのだが、待っている時は来ないものなのだ。あきらめて歩いて帰ることにしたら細かい雨滴が顔に当たった。まあ、そんなものである。
 幣舞橋からの眺め。
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 雨はパラパラする程度で、特に濡れる感じでもなくホテルに帰り着いた。それにしても、この日は想像以上に歩いてしまった。面白かったが疲れた。

 もう一度外に出るのは嫌だなと思ったが、ホテルにはそういう施設はないから、仕方なくホテルから一番近いこの店で夕食を、というかまた飲んでしまいました。
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 一時間あまりで切り上げて、19:12撮影の釧路駅。
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by krmtdir90 | 2017-07-03 22:08 | 鉄道の旅 | Comments(2)
Commented by Mh at 2017-07-05 00:59 x
僕も昨年の夏休みに釧路に寄って、釧路川をカヌー下りしたりしましたが、精神的に追い詰められていた時期なので、あまり楽しめなかったのが残念です。再訪したいものです。
Commented by natsu at 2017-07-05 21:37 x
コメントありがとう。
北海道の町の中で、釧路は何となく滞在してみたい町だなと思いました。
でも、冬の気候は厳しそうだからね、啄木もきっとそれで続かなかったのかもしれません。

働いているといろいろ大変なこともあると思うけれど、またいいことも必ずあるからね。ガンバレ。
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