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8月30日(水)
この日はモスクワの市内観光である。船着き場の前に8時30分集合となっていたので、行ってみると観光バスがぎっしり停まっていた。 天気は残念ながら曇りである。ただ、雨の心配はなかった。 バスは昨日地下道で横断したレニングラード街道(大通り)を進んで行ったが、モスクワの中心部までは50分ほどかかった。 バスを降りて、クレムリンに向かう。クレムリンとは本来「城塞」という意味で、ウグリチにもクレムリンがあったし、ロシアの多くの都市にこう呼ばれるエリアがあるようだ。モスクワの場合は三角形の城塞に囲まれた中に、大統領府を始めとした政府関係の建物とともに、観光の対象となるような様々な聖堂や建物が並んでいる。 こちらが観光の入口となるトロイツカヤ塔。 中に入って最初に目につくのは、クレムリン内で最も新しい建物のようで、1961年に建てられたというクレムリン大会宮殿。 こちらも非公開エリアで、元老院(ロシア連邦大統領府)。 公開エリアの方を順次見ていく。 パトリアーシェ宮殿。 奥の方に見えていたこれはウスペンスキー大聖堂。 なお、先ほどの大砲の皇帝も、実は一度も発砲されたことはなかったらしい。 このあと、ぐるりと回り込むようなかたちで観光エリアの中心となる聖堂広場に入って行った。 広場を取り囲むように様々な建物が建っている。 アルハンゲルスキー聖堂。 で、聖堂広場を抜けた先にまたどんどん歩いて行くのだが、この部分の写真はない。 武器庫というのは、もともとは武器庫として建てられた建物だが、その後、帝政ロシアが何世紀にもわたって集めた財宝(献上品や戦利品など)を収蔵するようになり、現在は博物館としてそれを公開しているということのようだった。武器庫などと物騒な名前のままにせず、名前を変えればいいと思うのだけれど、何かそうできない理由があるのだろうか。 ということで、この絢爛たるコレクションをけっこうじっくりと見学したのだが、ここは館内一切撮影禁止となっていたため写真はないのである。それにしても、これでもかと陳列された金ぴかの品々には呆気にとられるばかりだった。終わりのあたりに、様々な宮廷馬車の実物が展示されていたのが興味深かった。 見学後に外に出て来た時、何か手間取る事情があったようで少し待たされた。で、ここでようやく写真がある。 間もなく12時になろうとしている。戻って行く途中で、これは大クレムリン宮殿。 見学した2ヵ所がいずれも撮影禁止だったので、何となく物足りない感じはするが、以上でクレムリンの見学は終わりである。 帰り道、トロイツカヤ塔を出たブリッジのところで。 塔の入口の両側に衛兵が直立不動で立っていた(右の衛兵の写真もあるが、同じようなものだから省略。こちらを選んだのは特に理由はない)。 こちらは社会科見学か何かだろうか、先生の説明を聞いている?子どもたち。 このあと、ちょっとだけバスに乗って赤の広場に向かった。 途中、ボリショイ劇場の前を通った。 やっと検問を通過して入って行くと、ポクロフスキー聖堂は外側のこのあたりから見るしかなく、 われわれは広場に面したグム百貨店の中を通り抜け、昼食場所のレストランに向かった。 このあとはまた自由行動になっていた。添乗員が提案したコースは3つで、美術館に行くというのが2種類と、あとはさっきのグム百貨店でショッピングというものだった。妻は百貨店に行きたいと言うし、わたしも美術館はもういいかなと思ってしまった(あとでちょっと後悔したけれど)。 で、百貨店グループは徒歩でさっきのグム百貨店に戻り、最初ガイドの先導で中を少し見て回り、そのあと集合場所と時間を決めて解散になった。 妻は旅行中仲良くなった女性(年上)と連れ立ってあちこち出たり入ったりしていた。しばらくつき合ったあとで別行動とし、わたしは外に出て煙草を吸ったりぶらぶらしたりした。 ガイドブックによれば、グム百貨店は1921年にレーニンの命で作られた国立百貨店が始まりで、現在の建物は1893年に建てられた工場の建物を1953年に大改装したものらしい。吹き抜けになった3階建てで、広い店内に3本の吹き抜けの通りが並んでいるかたちになっていた。その3階からの店内の眺め。 右手の方に、広場を囲んでいる建物があった。カザンの聖母聖堂。 さて、集合場所は百貨店のほぼ中央にある噴水のところだった。 マネージナヤ広場でも明日から何か行われるようで、仮設ステージらしきものが作られていた。その背中に「モスクワ870」の文字が見える。 船に帰り着いたのは17時30分ぐらいだったか。 実は、この日の夕方あたりから雲がどんどん取れていった。明日の予報は、初めてすっきりした晴れになっているのだという。次の撮影時刻は18:43である。 とうとう最後の晩になってしまった。19時からの夕食時には、夜のコンサートを担当していた2人が民族衣装姿で歌いながらテーブルの間を回ってくれた。 夜は、明日の朝出さなければならないスーツケースの整理などで忙しく、21時からのコンサートには行けなかった(行った人はほとんどいなかったようだ)。 煙草を吸いにデッキに出たら、上弦の月が出ていた。
by krmtdir90
| 2017-09-17 20:39
| 海外の旅
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