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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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モロッコの旅①往路・ラバト(2018.2.27~28)

 なぜモロッコに行こうと思ったのかははっきりしない。エジプトもいいかなと思っていたが、行けるうちにもっと遠くへ行っておこうと考えたのだったか。結果的にいままでで一番遠くまで行き、初めてアフリカ大陸に足を踏み入れることになった。
 アフリカだから単純に暑いのかと思っていたら、日本ほど明瞭ではないものの季節変化もあり、気候風土も地域によって多様性があることが判った。調べてみると、中心都市のカサブランカやラバトは北緯33~4度にあり、これは福岡や大阪とほとんど同じ緯度なのだった。
 要するに、モロッコについてこれまで何一つ知らなかったと言っていいので、そんな国に行くというのが何とも新鮮だった。行ってみると、実に変化に富んでいて面白かった。だが、ここ2回ほど楽なリバークルーズに慣れてしまっていたので、バス移動も多く、体力的にはかなり大変だった。

 ツアーは阪神航空フレンドツアーの「幻想のサハラ/エキゾチックモロッコ12日間」というものだったが、最初パンフレットから問い合わせた何本かがすべて満席で、近い日にちではネット上に追加設定されたものが1本あるというので、それを申し込んだ。ところが、こちらはネット限定だったこともあって集まりが悪かったらしく、行ってみたら参加者はたった5人しかいなかった。
 付き合いにくい人がいたら嫌だなと思っていたが、そんなこともなく、わたし以外はみんな女性だったのでやや買い物偏重に流されたきらいはあったが、楽しく同行することができた。ただ、添乗の女性がちょっと我の強い人で、自分を出しすぎるところが難点と言えば難点だったと思う。

2月27日(火)

 夜の出発だったので、最初のあたりの写真はない。今回はビジネスクラス利用なので、専用のラウンジに入れたので、そこでビールと簡単な夕食を済ませた。
 飛行機は、成田空港21:40発、ターキッシュエアラインズTK0053便、イスタンブール行きというもの。最初の機内食の時、さらにワインをもらって寝ようとしたが、シートの形状が身体に合わなかったようで(独立性ももう一つだった)、浅い眠りに終始した感じだった。

2月28日(水)

 機内でマイナス6時間の時差修正を行い、イスタンブール到着は04:20だった(行程表ではフライト時間は12時間40分となっていたが、実際には少し早く着いたようだ)。イスタンブールは雨だった。

 日本とモロッコを結ぶ直行便はないので、必ずどこかで乗り継ぎということになるのだが、それにしても乗り継ぎ時間6時間以上というのは長かった。ターキッシュエアラインズのビジネスラウンジは非常に広く豪華なものだったが、さすがに時間を持て余した。
 ラウンジ内には喫煙場所がなく、外にある喫煙スペースとの間を何回か往復した。喫煙スペースはテラスのようなところを金網で囲ってあって、半分ほどは屋根があったが、半分は金網なので雨では半分が使えなくなるのだった。そちらの眺め。 
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 乗り継いだ飛行機は、11:00発(実際には40分ほど遅れた)、同じくターキッシュエアラインズTK0617便、カサブランカ行きだった。
 最初の飛行機では、妻が眠るのに通路側は嫌だと言うので窓側を譲ったが、今度はわたしが窓側をキープしたので写真がある。
 最初は雨滴に覆われてどうしようもなかったが、
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 滑走を始めると雨滴は飛ばされて、
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 雨雲の下のイスタンブール。
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 やがて飛行機は雲の上に出た。
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 しばらく雲海が続いたが、次第に雲が切れてくると、山頂部に雪を戴いた島影が見えてきた。
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 モニター画面に航路図が映し出されるのだが、それによればエーゲ海の島々のようだ。
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 実はこの時、ギリシャでも雪が降るのかと不思議な気がしたのだが、あとで添乗員から聞いたところによると、ちょうどこの時期、ヨーロッパ各地に記録的な寒波が襲来していて、イタリア南部やギリシャでも何十年ぶりかの雪に見舞われていたらしい。
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 そしてこのあと、この大寒波の影響がモロッコにまで及び、旅の前半は予想外の寒さと悪天候に悩まされることになってしまったのである。

 飛行機は続いてイタリアのシチリア島上空を横切ったようだが、そのあたりはまたすっかり雲に隠れてしまって見えなかった。
 地中海を過ぎるあたりから再び雲が取れ、以後はずっと下の景色を見ることができた。
 飛行機はチュニジアの北部からアフリカ大陸の上空に入ったようだ。
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 右下に飛行場の滑走路が見えている。
 航路図によれば、このあとはずっとアフリカの北岸を飛んだようだ。
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 わたしは左の窓だったので内陸の方が見えていたが、右の窓からは海岸線や地中海が見えていたのかもしれない。
 チュニジアからアルジェリアに入ると(たぶん)、雪を被った巨大な山塊が遠望されるようになった。アルジェリアからモロッコ西端まで連なるアトラス山脈である。
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 このあたりの気候はこの山脈を境にまったく違ったものになり、北側は地中海や大西洋に面した比較的温和な気候、南側はほとんど雨の降らない乾燥した砂漠地帯になっているようだ。
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 カサブランカが近付いてくるとまた雲が広がりだした。飛行機は高度を下げ、その雲の下に出ると、
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 どうやら地面や道路の感じが雨模様の気配である。
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 このあと、着陸の順番待ちだったのだろうか、飛行機はこの高度を保ったまま4、5回、同じところを旋回した。そののち一旦海の方に出た後、
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 再び内陸に入って、
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 ようやく着陸した。
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 たちまち窓が雨滴に覆われてしまった。
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 機内でさらにマイナス3時間の時差修正を行った。日本とモロッコの時差は結局マイナス9時間となり、これはイギリスのグリニッジ標準時と同じなのだった。
 フライト時間は5時間5分、行程表ではカサブランカ到着は13:05となっていたが、実際には1時間以上遅れての着陸になった。

 カサブランカの空港はムハンマド5世空港といい、大半の国際線がここに乗り入れるようだ。ムハンマド5世とは、1956年にフランスから独立を勝ち取った国王の名前である。因みに、モロッコはモロッコ王国であり、王制を敷く立憲君主制国家である。

 入国手続きなどのあと、空港の両替所で日本円から現地通貨ディルハム(DH)への両替をした。外に出ると激しい雨と風で、傘も役に立たない感じである。
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 写真はこの一枚しかない。左手のところが車寄せになっているのだが、狭い上に車がひしめいていて、バスが近寄れないというので、スーツケースを引きながら少し離れたところまで歩かなければならなかった。最悪の滑り出しになってしまったが、まあ、こういうこともある。

 たった5人のツアーだが、バスは普通の観光バスが用意されていて、最後まで座席の移動もし放題の余裕だった。現地ガイドはハディドさんという気さくな男性で、この人も最後まで同じだった。ただ、彼は日本語は喋れず、英語で添乗員とやり取りして、それを添乗員がわれわれに伝えるというかたちになった。こういうこともあるのだ。
 バスは高速道路に入って、今晩の宿泊地ラバト(モロッコの首都)に向かった。ラバトに近付くにつれて雨は小降りになっていった。

 ホテルに入る前に、ラバトで1時間ほど見学を行った。バスを降りると雨は止んでいた。ついさっきまで降っていた痕跡はあるが、雨を降らせた黒い雲は遠ざかりつつあるようだ。
 見学したのはムハンマド5世の霊廟。
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 空港の名前にもなった元国王の霊廟で、1961年の没後、1973年に完成したものらしい。入口の前に衛兵が立っている。
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 中に入ると、周囲の壁に沿ってテラス状の回廊が作られていて、そこから下が見えるようになっていた。中央にムハンマド5世の白い石棺が安置されている。
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 回廊の四隅にも衛兵が立っている。
 天井の装飾も見事。
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 入口の衛兵を背後から。
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 正面に見えているのが、同じ敷地内にあるハッサンの塔である。
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 いつの間にか西の方角に青空が覗き、日射しが斜めに当たっている。で、その光を浴びた霊廟を2枚。
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 背後の空が真っ黒なのが不思議な感じである。
 ハッサンの塔の方だが、
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 これは未完のミナレットである。
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 1195年、ムワッヒド朝のヤークブ・マンスールが、この地で世界最大のモスクとミナレットの建設に着手したが、4年後に彼が死亡して工事は中断、完成時の半分にあたる44メートルのミナレットと、モスクの基礎部分となる石柱が残されたのだという。
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 こちらが現在使われているモスクのようだ。
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 敷地の西側に、古い城壁の一部が残されていた。
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 以上でこの日の見学は終了、午後6時ごろ、ホテルに入った。
 ラバトの街にはトラムが走っていて、ホテルの前の道に軌道が通っていたので見に行った。
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 非常に長い編成で運行されているようで、夕方だからか運行間隔も短い感じがした。
 これがホテル外観(ファラーホテル・ラバト)。
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by krmtdir90 | 2018-03-16 21:35 | 海外の旅 | Comments(0)
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