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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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モロッコの旅④フェズ1(2018.3.3)

3月3日(土)

 前日こちらに到着した時には晴れていたし、夜に確認したら星も見えていたので期待していたのだが、朝起きてみたら雨が降っていた。この日は終日フェズの市内見学なので、もうそろそろ晴れてほしかったのだがダメだった。うーん、参った。

 9時にホテルを出発。大した降りではないのだが、傘がないとやはり濡れてしまう感じである。
 ホテル・パレウメイヤの玄関。
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 入口は正面ではなく左手である。
 ホテルは旧市街(メディナ、フェズ・エル・バリと言うらしい)を囲む城壁のギッサ門というのをちょっと入ったところにあった。これがギッサ門。
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 門を出てすぐのところでバスに乗る。バスは昨日までのもの(ブレーキに不具合があった)と異なって、新しいものになっていた。

 バスはまず旧市街を離れて、小高い丘の上に上って行った。帰って調べてみると、南の砦展望台というところだったようで、確かに扉を閉ざした砦のような建物が建っていた。ここから最初に、フェズ旧市街の全貌を見ておくという意図だったようだ。ただ、折からの雨に煙ってしまって、霞んでよく見えなかったのは残念だった。
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 次にバスが向かったのは、旧市街でもフェズ・エル・ジェディドという地域にある王宮だった。王制を敷くモロッコでは、首都ラバトの他にも幾つかの都市に立派な王宮があり、国王はそれらを定期的に訪問して国民と触れ合っているのだという。
 王宮正門。
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 王宮前広場。アラウィート広場と言うらしい。
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 門の右手に、道路を挟んで郵便局があった。
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 写真の左端に(ちょうど黒い車の向こうになってしまったが)ポストがあった。ここで、こちらのポストが黄色なのを確認した。

 引き続き、隣接するユダヤ人街(メッラハと言うらしい)を歩いた。
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 15世紀ごろ、スペインで迫害されたユダヤ人がモロッコ各地に移住してユダヤ人街を形成したようだ。ここもその一つだったが、イスラエル建国に伴ってユダヤ人の多くはここを去ったようだ。
 コウノトリの巣とコウノトリの姿が見えた。
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 ユダヤ人街を抜けたところで、スマリン門という門の前に出た。
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 こういう名前などは、帰ってからガイドブックやインターネットを調べて書いている。実際に歩いている時に説明があったはずだが、一々覚えてはいられないのである。
 これをくぐった先。
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 ここでもう一度バスに乗り、少しだけ移動した(と思うが、早くも記憶がはっきりしない)。

 バスを降りた後、この正面の建物(カフェだった)でトイレタイムを取った。
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 道路に並んでいる赤い車はフェズのタクシーである。なお、こちらでは外でトイレを利用する場合は(もちろん観光客はという意味だが)、入口にいる番人?に1ディルハム(10円強)を払わなければならない。ヴォルビリス遺跡のトイレもそうだったし、ここも、この後も同様だった。
 ここのトイレは階段を上って屋上に出たところにあり、ついでだから屋上からの眺めを撮影させてもらった。
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 このあたりまでで雨はほとんど止んだ。このあともずっと曇り空は続いて、時折パラッと来ることはあったものの、傘の厄介になることが最後までなかったので良かった。

 さて、このあと少し進んで、
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 いよいよ「迷路」と言われるフェズのメディナ(フェズ・エル・バリ)に足を踏み入れる。たった5人のツアーだから迷子になる心配はなかったが、方向感覚もまったくなく、帰ってからガイドブックの地図を見ても、幾つかのポイントは判明するものの、どこをどう歩いたのか皆目見当がつかない。
 この入口から中に入った。
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 最初の路地は食料品の店が並ぶエリアだった。
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 薄暗い通路の両側に様々な店が並んでいる。
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 ここはラクダ肉の専門店らしい。左にぶら下がったラクダの頭が生々しい。
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 ラクダの肉が食べられているなんて初めて知った。
 軒を連ねる肉屋の一つ、秤の上に載せられているのはアヒルだろうか(まだ生きている)。
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 こいつも間もなく殺されて肉となり、食用に供されるということなのだろう。

 進んで行くと小さな橋があり、
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 水路を越えた。
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 今度は金属製品の店が並んでいた。
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 店先で職人が実際に加工しているところもあった。
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 このエリアが終わるところで小さな広場に出た。
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 どうやらサファリーン広場と言うらしい(あれこれ調べていたら、店の一つの看板からやっと一カ所特定できた)。だとすると、正面にあったこの建物は、
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 いまはもう使われていないサファリーン・マドラサ(神学校)だったはずである。

 さらに先に進んで行き、
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 人がすれ違うこともできないような狭い通路を抜けて行った。
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 ガイドが先導してくれなければ、とても歩くことができないような「迷路」なのである。さらに進むと、強烈な異臭が鼻につく狭い路地になった。
 なめし革工房が集まっているタンネリ・ショワラという地区に入ったのである。路地の突き当たりで一つの建物に入ると、入口で(ミントティーに入れるのと同じ)緑の香草を一本ずつ手渡された。香草の香りで異臭を避けるのだとガイドが教えてくれる。建物の狭い階段をどんどん上らされ、最上階(たぶん3階か4階)のテラスのようなところに出ると、眼前に驚くべき光景が広がっていた。
 なめし革の染色をしている作業場だった。
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 中世以来そのままの手作業で、職人たちがいまもこうした辛い仕事に従事しているのが驚異だった。強烈な臭いとともに、目まいのするような衝撃的な気分を味わった。日本の「部落差別」で、部落の人々が従事したという皮革製造業というのはこういうものだったのかと、遅まきながら初めて実感として理解されたような気がした。
 帰りは各階ごとに様々な革製品の売場が設えられていて、
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 そこで買い物をしながら下りていくかたちになっていた。女性陣はけっこう引っ掛かって価格交渉などをしていた。そうしている間にも、ツアーなどの観光客が次々に訪れているようだった。
 入口の写真は撮り忘れている。入口に通じていた狭い通路。
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 外に出て、少し歩いて、
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 次に行ったのがサボテンシルクの工房というところだった。サボテンの一種、竜舌蘭(リュウゼツラン)の繊維から採った糸で織った布なのだが、肌触りがシルクに似ていることからこう呼んでいるようだ。
 最初に、帰りがけに撮った入口の写真を載せておく。
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 狭い通路を入って行くと、昔の商人宿の跡だと言っていたような気がするが、天井のない四角い吹き抜けの土間(中庭だった?)があって、その周囲が2階建ての建物の廃墟のようになっていた。その1階部分が織り場と物置、そして製品の売場になっているのだった。
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 一通り説明が終わると、女性陣は早速、売場の方であれこれ値引き交渉などを始めていたが(因みに、メディナの店の商品は値札がついていないものがほとんどで、交渉の巧拙が値段決定の大きな要因になるのだった)、わたしは離れたところで煙草を吸いながら、それにしても不思議な場所だなあと、建物のあちこちをボーッと眺めていた。
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 また少し歩いて、
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 何の入口だろう。感じとしてはモスクだと思うのだが。
 また、次の小さな入口。
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 ガイドの先導で入って行くと、何と保育所だった。
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 子どもたちは、こうして観光客に中を覗かれることに慣れているのか、まったく物怖じしていない様子なのが予想外だった。女の先生がいたが、こんな狭い部屋でどんな運営がなされているのか不思議な気がした。

 さらに歩いて行く。
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 写真の枚数が多くなってしまい、まだ終わりそうにないので、この日は2回に分けて掲載することにします(続く)。

by krmtdir90 | 2018-03-19 21:11 | 海外の旅 | Comments(0)
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