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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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映画「ラッカは静かに虐殺されている」

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 原題は「City of Ghosts」と言う。これに「ラッカは静かに虐殺されている」という邦題をつけたのがまず素晴らしい。これは、このドキュメンタリー映画で描かれた市民集団がみずから名乗った名前なのだ。「Raqqa is Being Slaughtered Silently」、略称「RBSS」。
 2014年6月、IS(イスラム国)が首都としたラッカにあって、海外メディアも報じることができない市内の惨状を国際社会に伝えようと、市民の中に自発的に結成された市民ジャーナリスト集団である。彼らはスマートフォンによって「City of Ghosts」の現実を撮影し、国外に逃れた仲間のパソコンを経由して、市内の映像を次々にSNSに投稿していくのである。メディア戦略を重視していたISはすぐにこれに反応し、メンバーを追跡して様々な妨害や殺害を実行していく。
 マシュー・ハイネマン監督(アメリカ)は、トルコやドイツでISの襲撃を避けながら活動するRBSSのメンバーに密着し、彼らの「スマホを武器とした戦い」の危険な現実を記録していく。国外にあっても暗殺の恐怖と隣り合わせの彼らを捉えた映像と、SNSに投稿された彼らの映像(それとISが公開したプロパガンダ映像)などから、ラッカの市民生活が破壊され、常に死の恐怖にさらされている現実を浮かび上がらせていくのである。SNSというものがまったく新しい抵抗の武器となりうることが、わたしなどには非常な驚きだった。

 だが、この映画の中にはラッカでのISの蛮行を映し出す映像は思いのほか少ない。いくらでもショッキングな映像を並べることはできたのだろうが、ハイネマン監督はそうしたものを出すのをきわめて節度ある範囲にとどめている。この映画で彼が伝えたかったのは、何よりもRBSSによる命を賭けた抵抗の姿だったのだろう。
 とは言え、ISによる公開処刑の様子は何度かかたちを変えて映し出されるし、広場に首を斬られて晒されている幾つもの死体なども映されている。国外に逃れたRBSSの中心メンバー(ハムード)の父親と兄が捕らえられて処刑される様子は、ISが流した映像をパソコン画面で食い入るように見詰める本人とともに映し出される。もう何度も見直しているのだろう、本人の表情はもうほとんど動かず、それでもこの活動を続けるという決意が静かに発せられるだけである。
 ラッカを支配下に収めた当初から、ISが町の子どもたちを積極的に取り込んでいく様子を映した映像は怖い。何も判らぬ子どもたちが、彼らの欲しいものをくれるISに嬉々としてついて行く様子が映し出される。洗脳された幼い子どもがぬいぐるみの首を斬り、小学生ぐらいの子どもが処刑の銃を撃つシーンも記録されている。RBSSの発信を断つために、ISが町中のパラボラアンテナを破壊するさまなども捉えられている。事前に情報を得ていたRBSSは、他の幾つかの通信方法(当然のことだが、具体的には明かされていない)を用意してこれに対応したらしい。

 国外で活動するRBSSのメンバーを捉えた映像は、ラッカの映像と比べればやはり単調なものである。彼らはいつ襲撃されてもおかしくない危険の下にあるのだが、それは相手の見えない恐怖であって、映像的にそれを可視化することはできないものなのだ。実際にトルコにいた仲間が殺された事実が紹介されるが、いま活動しているメンバーにとっても観客にとっても、すべては想像力の世界での恐怖なのである。彼らの気持ちの揺らぎは、映像の上にはほとんど出て来ない。
 活動の中で命を落とした仲間の写真を何枚も取り出して、折に触れこれを見て決意を固め直しているという一人の言葉が紹介されていた。映画の最初の方では、ISに占拠される以前のラッカの様子なども映し出されていた。当時も(親子二代にわたる)アサド政権による抑圧的な体制下だったが、それでも何とか反体制派も存在できていたし、相対的には明るい部分も見え隠れしていたのだ。RBSSの活動のルーツはこの時代に生まれたものだったらしい。
 彼らはみずからが生まれ育ったラッカの町で、ごく普通の平穏な生活を送りたいと願っただけなのだ。現在ラッカの町はISの支配からは解放されているが、シリアの内戦そのものは様々な勢力の対立の構図が依然として解消しておらず、先のまったく見通せない状況が続いているようだ。ISはいまも、シリアだけでなく世界中に散らばって勢力を保持し続けており、RBSSのメンバーに平穏な日々が訪れることは期待できないのである。

 この映画の被写体となったこともそうだが、彼らはある時点からSNSの無名性を放棄して、みずから対外的に顔を出して存在を主張する道を選んだようだ。そのことが2015年、国際組織「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」による「国際報道自由賞」授与ということにつながったのだが、その授賞式の映像はISに対する敵対宣言を公然化するということであり、彼らの受けるリスクは限りなく高まったとも言えるのである。
 それでも彼らがこの道を選んだのは、SNSをはるかに凌ぐ映画の拡散力を信じたからであり、ドキュメンタリー映画がまったく新しい(攻撃的な)一歩を踏み出したことを意味しているのだろう。映画には、ドイツ国内でRBSSのメンバーが移民排斥を叫ぶ極右集団のデモと遭遇する場面も記録されている。映像は、デモ隊の中にISなどとも通底する狂信的な空気があることを写し取っている。一方でISは、RBSSのメンバーの写真をHPにアップして、これを処刑する者はいないかと呼び掛けたりしているのである。
 映画の最後には、メンバーの一人ハムードが、ドイツの病院で妻が出産した我が子に、殺された父親の名を取ってモハメドと名付けるシーンが収められている。彼らがこの先無事でいられるのかどうかはまったく判らないし、故郷ラッカに戻れる日が来ることもまったく見通せてはいない。だが、このラストシーンにハイネマン監督が微かな希望を込めたことは判るし共感できる。確かに、われわれなどにはとても想像できない世界がここにあるのだということが理解されるのである。

 RBSSの努力によって、シリアの現状がある程度われわれの目に触れるようにはなっている。だが、率直に言って、日本から遙か離れた中東のこの国のことを、わたしはほとんど理解できてはいないと思う。映画の中でも触れられていたが、2017年にトランプ政権下で本格化した、米軍・有志連合による侵攻作戦と空爆でラッカのISは排除されたが、これによってIS支配下あった時をはるかに超える数の民間人の死者が出たのだという。
 プログラムには、RBSSがHPに掲載した告発文が紹介されている。「ラッカ市は有志連合とその同盟者(シリア民主軍=SDF)による組織的な破壊を受けている。民間人に対するあらゆる人権侵害がISと戦うという口実のもとに行われ、全く非難を受けることはない。有志連合とSDFはテロとの戦いを掲げて、ISが4年間の戦争の中で行ったよりも多くの民間人を殺した」。
 この映画はISとの戦いを記録したものだが、シリアにおいては、それ以前はアサド政権との、それ以後はまた新たな敵との戦いが始まっているということなのだ。RBSSが2018年1月に発表した「2017年のラッカ州での民間人死者」は3259人に上り、うち63%にあたる2064人が空爆による死者だったという。わたしの知らないところで、悲惨きわまる現実が依然として続いているのだ。
(アップリンク渋谷、4月26日)
by krmtdir90 | 2018-04-27 12:43 | 本と映画 | Comments(0)
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