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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「イカリエ-XB1」

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 チェコスロバキアという国はいまはもうない。1993年1月1日にチェコとスロバキアという2つの国に分かれてしまったからだ。この映画はその、いまはなきチェコスロバキアの映画であって、この国がまだ東側諸国の一員として共産主義体制の真っ只中にあった1963年に作られたSF映画である(監督・脚本:インドゥジヒ・ポラーク)。旧ソ連で作られた「惑星ソラリス」(1972年、アンドレイ・タルコフスキー)などの例もあるが、共産主義とSFというのは意外な親和性があるのかもしれない。
 この映画は、当時の日本で公開されることはなかったが、2016年にプラハでデジタルリマスター版が作られ、この年のカンヌ国際映画祭で上映されたことが契機となり、今年日本で初の劇場公開が実現することになったらしい。実に55年前の映画の初公開なのである。しかも、それが太陽系の外に向かう宇宙船を舞台にしたSF映画とあっては、大昔SFに熱中したことがあるわたしとしては、やはり観に行かないわけにはいかないと思ったのである。

 デジタル化によって非常に鮮明な画面(モノクロ、スコープサイズ)を見ることができたが、もちろん製作されたのはデジタルもCGもまだ登場していないアナログ時代だから、宇宙空間や宇宙船といった空想世界のリアリティをどんなふうに作っているかは非常に興味があるところだった。結論を言えば、様々な点で当時としては非常に頑張って作られているのではないかと思った。1963年というのは、あの「2001年宇宙の旅」(1968年、スタンリー・キューブリック)もまだ作られていない時代なのだ。それなのに、文化・芸術といった面でも閉じられた共産主義社会の映画界にあって、こんなふうな、太陽系の外に生命探査の旅の出るというような映画が本格的に作られていたというのは驚異だった。
 もちろん55年前の映画だから、いまから見れば微笑ましいとしか言いようのないようなところも散見されるのだが、それでも先行作品がほとんどないところで作られたにしては、30人の乗組員が生活する宇宙船の内部などで、ビジュアル的には実によくできた映画だったのではなかろうか。題名の「イカリエ-XB1」というのは、この巨大宇宙船の名前なのである。
 旧ソ連のガガーリンが小さな宇宙船ボストークで初の有人宇宙飛行に成功したのは1961年4月だったから、それに少しは影響を受けたとしても、これを大きく超えたこんな壮大な宇宙飛行計画の細部について、手本となるイメージや資料などはほとんどなかったと思われるのである。

 この映画は、ポーランドの作家スタニスワフ・レムのSF小説「マゼラン星雲」を原作としているという。レムは初期に書いたこの小説の価値を後にみずから否定してしまったため、日本などでは翻訳されることなく終わってしまった小説のようだ。レムは地球外生物とのファーストコンタクトを題材としたSFを幾つも書いていたと思うが、この映画も最後はその可能性を大きく高めて終わりになっている。映画が未知の生物の姿を見せなかったところは良かったが、コンタクトへの期待をここまで手放しで盛り上げられては少々引いてしまう感じもあった(なお、冒頭に挙げた「惑星ソラリス」も原作はスタニスワフ・レムであって、未知の生物とのコンタクトを描いたものだった)。
 55年の間に、それこそ実に多様なSF映画が世に出ているので、正直に言うとこの映画のストーリー展開はそれほど面白いものではなかった。前半から中盤にかけて置かれたエピソードは、当時は目新しいところもあったのかもしれないが、現代ではそれほど驚くようなところは感じられず、盛り沢山の要素がどれも底が浅いと感じられてしまったのは仕方がないことだったかもしれない。
 たとえば、航行の途中で漂流している謎の宇宙船を発見し、探査に向かった2人が乗組員全員の死体を発見するエピソード(死体が腐乱も白骨化もしていないのは変だったが)。この2人も搭載されていた核兵器の爆発で死んでしまうのだが、20世紀のものと思われるこの宇宙船の内部に漂う退廃的な雰囲気などに、この映画の作者たちの皮肉な視線を感じるのだが、言ってしまえば、だからどうなの?という感想になってしまうのは致し方ないことなのだろう。

 この映画は、その後に作られた同様のSF映画に多くの影響を与えたと言われているらしい。乗組員の一人が私物として持ち込んでいるユーモラスなロボットなどは、あの「スターウォーズ」(1977年、ジョージ・ルーカス)のR2D2などを彷彿とさせ、こういうものを設定することの面白さを引き継いでいるような気がした。また、女性乗組員の一人が船内で男の子を出産するというのも、「2001年宇宙の旅」のラストの赤ん坊のイメージと通底していたのかもしれないなどと考えてしまった。。
 いずれにしても、SF映画の系譜というようなことを考える時、この映画の持つ先行作品としての意義は非常に大きなものがあるのだろうと感じた。まあ、わたしはそういうところにマニアックに深入りしたわけではないから、これはこれで、楽しく観ることができたのだから良かったかなという程度で終わりにしておきたい。
(新宿シネマカリテ、5月22日)
by krmtdir90 | 2018-05-25 09:58 | 本と映画 | Comments(0)
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