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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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映画「友罪」

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 別にファンのつもりはないけれど、瀬々敬久監督の新作だというので観に行った。薬丸岳の原作は読んだことがなかったが、「心を許した友は、あの少年Aだった」という惹句にも興味があった。原作は神戸連続児童殺傷事件(1997年)に着想を得たものだったようだが、映画が(もちろん原作もだろう)それに結びつけられることを注意深く避けていたのは当然のことだったと思う。当時14歳だった神戸の「少年A」は、成人したあと少年院を退院して現在は社会復帰し、手記を出版して物議を醸したりしていることを考えると、興行的には「少年A」という語が欲しかったのだろうが、こうした売り方はあまり感心できるものではないと思った。
 瀬々監督は、「現実の事件とは切り離して作ろうとした」と述べているが、「ヘヴンズストーリー」(2010年)でも光市母子殺人事件(1999年)を連想させるような、当時18歳だった「少年A」のその後を描いていた。いくら「切り離して」と言ったところで、無関係だったわけではないのだし、加害者だった人間にスポットを当てて、その罪と罰、贖罪といったテーマを描こうとするのであれば、現実には被害者は依然としているわけだし、事件を想起させるような取り上げ方が必要だったのかどうかは、もう一度考えてみた方がいいような気がした。

 未成年が犯した殺人は少年法によって裁かれるしかなく、少年Aは保護された一定期間が過ぎれば社会の中に戻ってその後の人生を生きるしかない。この現実がある以上、罪を犯した人間のその後について考えるというテーマがあるのは理解できるが、それをやるは簡単なことではない。
 この映画は、少年Aだった鈴木(瑛太)を一応の主人公としているが、それとは知らぬ間に彼と「友だち」になってしまう益田(生田斗真)をもう一人の主人公としている。ところが、これは瀬々監督の映画の傾向(好み)なのかもしれないが、この2人の周囲に様々な「罪(間違い)」を犯した人物をいろいろ登場させ、一種の群像劇のように映画を展開してみせたのはどうだったのだろうか。過去の「罪(間違い)」に縛られ、どう生きていいか判らなくなってしまっているという意味では似ていても、少年Aの事件とは相互につながりがあるわけではないのだから、結局テーマを拡散させるだけで、主人公2人を深掘りしていくためには逆効果だったのではないかと感じた。

 息子が運転した車で人を死なせたことに責任を感じ、加害者の父親としての贖罪の思いを背負い続けている山内(佐藤浩市)のストーリーラインは、罪を犯した者が幸せになっていいのかというような問いかけを、主人公2人のストーリーラインに重ねようとしたのだろうが、それ自体が鈴木や益田の罪とは結びついていないのだから、ただ映画の焦点をぼやけさせただけになってしまったと思う。この山内のストーリーは、これだけできちんと描く価値はあると思うが、少年Aのストーリーと一緒にすることには無理があったのではないか。息子やその婚約者の描き方も不十分で、「ヘヴンズストーリー」でも感じたことだが、瀬々監督はこういう抱き合わせのようなやり方について、きちんと自己評価を加えた方がいいように思う。
 AV出演の過去を引き摺っている美代子(夏帆)や、鈴木の少年院時代の教官だった白石(富田靖子)といったところは、鈴木と関係を持っているという一点で登場させてもいいと思うが、白石と娘との確執とか、益田とつながりのある記者の清美(山本美月)などは、メインのストーリーからすると余計な部分だったように思えてしまう。工場の寮(戸建ての住宅)で鈴木・益田と一緒に生活する清水(奥野瑛太)・内海(飯田芳)の2人は重要で、もっと鈴木・益田に絡めることで、2人の関係を際立たせる使い方ができたのではないかと思った。

 益田を、中学時代にいじめを苦に自殺した友人からのSOSを無視し、見殺しにしてしまった「罪」をずっと背負っていると設定したことも、あまり生きているようには思えなかった。鈴木が少年Aだったことを知ってからも、だからいまの「友だち」と向き合おうとしたのだという結末の持って行き方は乱暴だし、都合が良すぎて問題の本質を遠ざけてしまったように感じた。
 何より、周囲の人物の描写に時間を割きすぎたせいもあって、鈴木と益田の間に生まれた(という)「友だち」関係が(セリフで説明されるだけで)きちんと描けていなかったように感じた。ここに説得力がないと言うのは少し厳しいかもしれないが、少なくとも関係ができていく過程をもう少し丁寧に跡付けてくれないと、最後に到達する鈴木の思いは納得されないだろうと思った。
 観ている間は瀬々監督の、力で持って行く演出に引き摺られてしまったが、後から振り返ってみると、もう少し違った描き方が(テーマへの違ったアプローチの仕方が)あったのではないかと感じてしまった。でも、こういう題材が瀬々監督は好きなんだなということは理解できた。
(イオンシネマ日の出、5月26日)
by krmtdir90 | 2018-05-30 18:40 | 本と映画 | Comments(0)
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