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ライバッハを北朝鮮に橋渡ししたのは監督のモルテン・トローヴィクだったようで、彼は共同監督のウギス・オルテとともに映画の中にも頻繁に顔を出している。トローヴィクはこれ以前に北朝鮮のアーティストと広く交流していたらしく、そのあたりの関係から実現した予想外の公演だったようだ。トローヴィクはノルウェー出身、ウギス・オルテはラトビア出身の監督で、映画はこの両国の合作とされている(2016年製作)。 とにかく、ドキュメンタリーとしては題材の特異性だけで十分興味深いものであって、映画は日を追いながら彼らと北朝鮮当局者の接触の様子を、何かを強調するといった特段の操作もなしに淡々と記録していく。そこには全く異質の文化を背景とした様々な齟齬が生まれ、戸惑いながらお互いにそれを乗り越えていく過程が描き出されている。ライバッハというバンドが、こうした先鋭的なグループにありがちな自己主張至上主義に陥らず、きわめて柔軟な態度で問題に対処していくところが印象的である。老獪といってもいい彼らの対応がこの映画を面白いものにしている。 しかし、北朝鮮は一筋縄ではいかない。閉ざされた全体主義国家としては無理もないのかもしれないが、準備の過程で明らかになる北朝鮮側関係者の動きの鈍さはなかなかのものである。会場は北朝鮮で最も格式のある烽火(ポンファ)芸術劇場というところが用意されているのだが、何十人もの舞台スタッフがいるのに、まったく連携が取れていないし、誰一人として責任ある判断や行動が取れないのである。北朝鮮の体制下では、彼らはこれまで自分の判断で何かを決めて行動した経験がないのだと、ライバッハ側のメンバーが気付いて理解を示すシーンがあった。だが、こんな状況では舞台の仕込みやリハーサルは遅々として進まない。 ライバッハ側のコーディネーターを務めているのはトローヴィク監督なのだが、北朝鮮側で前面に立つのは通訳兼コーディネーターといった位置づけのリさんという人である。いかにも気弱そうな彼は一生懸命動いてくれているのは判るのだが、彼自身には自分の判断で動くことは認められていないから、こちらはそれを理解した上で対処するしかないのである。上からの検閲結果や指示を伝える彼に向かって、トローヴィク監督が、公演の核心に触れるような要求があるならそれなりの責任者が出てきて話をするべきだろうと、少し苛立ちながら言うシーンも収められている。 実際、ライバッハ側は実に粘り強く対応していることが見て取れる。演奏内容についても非常に柔軟に考えていて、演奏会が中止になるのだけは何としても避けようという姿勢が伝わってくるのである。結局、北朝鮮側の意図や判断がどんなところにあったのかは最後まではっきりせず、それでも北朝鮮としては彼らなりの最大限の譲歩(配慮?)によって、どこでどういうふうに決まったのか判らないこの演奏会を、曲がりなりにも実現させてくれたのは確かなのである。トローヴィク監督とライバッハは、そのことを率直に喜んでいる。北朝鮮を批判したり笑いものにしたりする気持ちは皆無なのが立派である。 滞在中の単独行動は禁止されていたのだが、バンドリーダーのイヴァン・ノヴァックがこれを犯して平壌市内を歩き回るシーンが収められている。編集の際には当局の許可を得て撮影された映像が使われたのだろうが、人々の様子を見たノヴァックが「北朝鮮は社会主義が最も成功した例だ」と述べるところも紹介されている。外国人の彼らが見ることができたのは光の部分だけであって、ここでは見えない多くの影の部分があることをわれわれは知っているから、こんなふうに手放しの言い方をすることには違和感を感じてしまう。すべての国民が洗脳されていることを前提とすれば、光の方にいる人々は心から幸せを謳歌しているように見えるということなのかもしれない。 コンサート本番の様子は手短に(一曲のみ)映されるだけだが、客席の反応を見せた映像が面白かった。観客は何らかの動員によって集められたものだったようだが、普通の集会などでは反応の仕方などを細かく指導されるはずのところ、そういった指示が一切ない中ではどう反応していいか判らないという戸惑った表情が印象的だった。最後に立ち上がって拍手するところも、迷いながらやっているから長い間が空いてしまうのが可笑しかった。それにしても、いったい誰がこんなコンサートをやろうと決めたのか。やはり金正恩だったのだろうか。 (渋谷イメージフォーラム、8月2日)
by krmtdir90
| 2018-08-03 23:59
| 本と映画
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