人気ブログランキング | 話題のタグを見る

18→81


主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング

映画「スーパーシチズン 超級大国民」

映画「スーパーシチズン 超級大国民」_e0320083_14364074.jpg
 新宿K's cinemaでやっていた「台湾巨匠傑作選」が、この夏ほぼそのままのラインナップでユジク阿佐ヶ谷に来るというので、見たいと思っていたこの映画のスケジュールを調べて行って来た。「台湾ニューシネマ・幻の傑作」という惹句が気になっていたのである。
 この映画が製作されたのは1995年だったというが、映画祭での上映はあったものの、日本では一般公開されておらず、このほどデジタルリマスター版が作られたのを契機に、23年ぶりで劇場初公開が実現したものだったようだ。

 台湾で、38年続いた戒厳令が解除されたのは1987年のことである。戒厳令下の台湾については、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の「悲情城市」(1989年)やエドワード・ヤン(楊徳昌)監督の「牯嶺街少年殺人事件」(1991年)などですでに描かれていたが、それら先行作品にやや遅れて、ワン・レン(萬仁)監督がこの映画で取り上げたのは、戒厳令下で行われた白色テロという厳しい政治弾圧の実態と、それが人々の心に深い傷跡を残した事実である。こうしたことを文字通り真正面から描いたために、この映画は台湾ニューシネマの中でも突出して重要な歴史的意義を持つものになったようだ。
 パンフレットからストーリーの概略を書き抜いてみる。
 1950年代、戒厳令と白色テロの時代。若き大学教授コー・ゲーシン(許毅生)は、政治的な読書会に参加したことを理由に逮捕される。投獄されたコーは激しい拷問に負け、逃走した友人タン・チンイッ(陳政一)の名前を明かしてしまう。その結果、コーは無期懲役となるが、捕まったタンは死刑にされてしまう。30数年後、戒厳令解除で解放されたコーはすっかり老人となり、いまはどこかの老人施設に入って暮らしている。

 映画の冒頭、深い夜の闇の奥から車のヘッドライトが現れ、2台のジープが次第に近づいて来て止まる様子が俯瞰気味のロングショットで捉えられる。3人の男が外に引き出され、座らされて背後から兵士たちに銃殺される。これは、タンの処刑を自分のせいだとずっと責めてきたコーが、いまだに囚われうなされ続けている悪夢のイメージなのである。
 映画は、老いたコーが施設を退所して、高級マンションに住む娘夫婦の許に身を寄せるところから始まっている。彼は翌日から、わずかなつてを頼りにかつての関係者を訪ね歩き、タンの墓を探して謝罪しようと決意している。このことは、映画が進むにつれて、上に書き抜いた彼の事情とともに次第に明らかにされていくようになっている。彼の苛烈な実体験と、彼の中で形作られたそれに付随する様々なイメージや記憶の断片といったものが、セピアがかったモノクロ映像で混然と挟み込まれている。そのことで、彼のたどった不幸な人生の全貌が徐々にかたちを現してくるのである。
 この映画では、日本統治の下、日本軍の一員として戦争に駆り出され、戦後は国共内戦によって多くの外省人が流入し、様々な混乱の中で戒厳令公布に至る歴史的経緯も明らかにされている。いまではパチンコ屋のテーマ音楽になってしまった軍艦マーチや、当時台湾で歌われたらしい大陸反攻を煽りたてる勇壮な曲などが、かなり長々と映像に重ねられていて、この国がたどった複雑で困難な道のりもしっかりと記録されていくのである。

 タンの墓を探す旅の途中で、老いたコーが訪問する昔の仲間もみんな老いていて、それぞれが過去の傷跡を背負いながら生きていることが見て取れる。製作当時の台湾の町の様子なども点描されているが、戒厳令解除後に初めて行われた統一選挙(1989年に実施)が背景になっていたようだ。国民党一党独裁体制が崩れ、世の中は民主化に向かう大きなうねりの中にあるが、コーを始め白色テロの犠牲となって苦しんだ者たちには、時代に取り残されていくような寂寥感が漂うのである。
 コーが昔の仲間と言葉を交わす時、思いがけず時折日本語が混じることに衝撃を受けた。確かに台湾は、1945年までは日本の統治下にあり、その時代に生まれ育った子どもたちは、みんな統治国日本の教育を受け日本語を話して育っていたのだった。
 コーは、映画の終盤になってようやくタンの墓にたどり着くが、山奥の茂みに分け入り、たくさんの小さな墓標が並ぶ荒れ果てた墓地の中を探し回り、やっとタンの墓標を発見した彼はその前に崩れるように跪く。その時、深く頭を垂れた彼の口から絞り出されたのは、「すみません」という日本語だったのである。ワン・レン監督の言によれば、彼らは自分を日本人だと思って育ってきたのであり、親密な関係にある者同士であれば、会話に日本語が交じるのはきわめて自然なことなのだという。彼らは幼い時から、許しを乞う時は「すみません」と言うのだと教わってきたので、本当に謝りたいと思う時に出てくる言葉は、自国語ではなく日本語になってしまうというのだ。
 日本人として、これまでそんなことは考えたこともなかったから、これは非常に強く印象に残ったシーンだった。

 コーに関する過去の映像の中で、刑務所に面会に来た妻にコーが書類を渡して一方的に離婚を告げるシーンがあった。セリフなどはなく、すべてが無言のうちに進行するのだが、同道していたまだ小さかった娘がその一部始終を見詰めていた。そして、後半の現在のシーンの中で、はるか昔のこの時の父の選択を娘がまだ許せないでいることが彼女自身の口から語られる。無期懲役の政治犯である彼は、妻の幸せを願って離婚の道を選んだつもりでいたのだが、それは彼女の気持ちをまったく思いやっておらず、自分のことしか考えていなかったではないかと現在の娘に責められてしまうのである。
 映画の最後には、老いたコーが当時のまだ若い妻と娘とともに、丘の上で笑顔で寄り添うシーンが置かれていた(チラシに映っている三人がそれである。真ん中のコーだけが年を取っている)。引き裂かれた無念の思いは、コーだけでなく妻や娘の中にもずっとあり続けたということなのだ。長く続いた戒厳令の下で、多くの悲劇が繰り返されたことを忘れてはならないという強いメッセージを、ワン・レン監督はこの映画に込めたのだろう。

 なお、最後に一言付け加えておけば、この映画は作りとしてはあまり巧みなものではないと感じた。現在の中に過去の出来事などをフラッシュバックさせる描き方は、それなりに成功していたと言えないわけではないが、どうも、エピソードの扱いが総じて説明的になりすぎていて、公開当時はどう受け止められたのか判らないが、いま見ると組み立てがやや凡庸に感じられるところなどもあったように思う。ただ、台湾映画の歴史において重要な作品だったのは確かなことで、そういう意味では見ることができて良かったと思った。
(ユジク阿佐ヶ谷、8月17日)

by krmtdir90 | 2018-08-19 14:37 | 本と映画 | Comments(0)
<< 映画「縄文にハマる人々」 「ふたりぐらし」(桜木紫乃) >>


カテゴリ
以前の記事
2024年 03月
2024年 02月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 10月
2023年 09月
2023年 07月
2023年 06月
2023年 05月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 11月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 08月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
画像一覧
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
外部リンク
ファン
ブログジャンル