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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「スターリンの葬送狂騒曲」

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 非常に正統的なコメディ映画だったと思う。ソ連時代の1953年、独裁者スターリンの急死によって巻き起こった後継者争いを描いているが、それは当事者たちにとってはきわめて切実な問題だったのであり、どんなに滑稽に見えたとしても、当人たちは終始命がけで大真面目だったということである。映画は、そこのところを実に絶妙な匙加減で追いかけている。題材が題材だから、距離の取り方を一つ間違えると悲惨なことになったと思うが、この監督はすべての人物を公平に見ることで、何とも格調高いコメディを成立させていたと思う。
 コメディは、登場人物がその人間を必死に生きることからしか生まれない。悪役を作るという安易な道もあったはずだが、人物の描き方からそういう見方は注意深く排除されている。降って湧いた最高権力者のイスをめぐる争いだから、相互の力関係とか駆け引き、さらに様々な嘘や罠や裏切りといった、いわば何でもありのバトルが展開することになるのだが、全員が少しでもいい位置を占めたいと考えて行動するのは仕方がないことであって、そういう人間のいじましさといったものを、この監督は誰にも肩入れすることなく、等距離を保ちながら正面から写し取っていく。そこに自然に生まれてくる、正真正銘コメディと言うしかない状況は本物である。

 案の定と言うべきか、ロシア政府がこの映画を上映禁止にしたことも、監督には最初から織り込み済みということだったかもしれない。この映画はイギリス映画で、監督のアーマンド・イアヌッチという人はスコットランドの出身だったようだ。こういう政治的なコメディを得意とする人だったようだが、こんなところによく着目したものだと思う。スターリンを始めとして、フルシチョフ、ベリヤ、マレンコフといった、すべて実在した人物を巧みに配置して、いかにもそんなことがあったのかもしれない(たぶんあったのだろうな)というところで動かして見せているのは面白かった。
 そりゃあ、ロシア政府は面白くないだろうというのは判る。それは歴史を笑いものにされたという意味ではなく、ほぼ一党独裁という政治体制下にある国にとっては、まさにいまある体制の、できれば隠しておきたかった恥部が晒しものにされているような感覚があったのだと思う。過去のことを題材としながら、この映画はむしろ現代を射程に捉えた映画になっていたのではないかと思った。序盤のあたりで、生前のスターリンと側近たちが繰り広げるおべんちゃらに満ちた下品な宴会の様子など、先日話題になった「赤坂自民亭」などというのも、要するにこういうことだったのだろうと連想されてしまう気がした。
 実際、スターリンの死に直面した時、これまでずっとスターリンの顔色を覗って地位を守ってきた彼らが、本音を隠して腹の探り合いを始めるのは至極当然のことだったと思われた。強力な権力によって維持される政治体制が、必然的に自分の考えを放棄した取り巻きを作り出すということなのだ。そういうところをこの映画は容赦なく描き出していた。笑ってばかりいられないような笑いが、この映画にはこれでもかと出てきていたと思う。
 一方で、スターリンがベリヤやマレンコフを使って行った「粛清」という名の虐殺や、終盤、権力闘争に敗れたベリヤが逮捕され「排除」される様なども、この映画はきちんとリアルに描き出していた。コメディ映画だからといって、恐ろしい事実に蓋をするというような愚は犯していないのである。こういう題材をコメディにするに当たっても、ないがしろにできないことにはちゃんと向き合おうとしているところが見えて立派だと思った。

 感想は以上で終わり。以下は本編の内容と関係のないことだが、ロシアでは絶対に作れない内容をイギリスで作りたいと考えた時、最後に言葉の問題が残ると思うが、このことはどう意識されているのかということが気になった。これは「ドクトル・ジバゴ」を見た時も感じたことだが、ロシア人をロシア語ではなく英語を喋るものとして描くことに違和感はないのかということである。日本人にとってはそれはほとんど気にならないのだが、当事国の人たちにはけっこうおかしなことではないかと感じるのである。確かに、演劇の世界では翻訳劇の上演などが普通に行われているのだから、映画でもそれほど気になることではないのだろうか。よく判らない。
(立川シネマシティ1、8月28日)
by krmtdir90 | 2018-08-30 12:16 | 本と映画 | Comments(0)
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