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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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中国の旅⑦長江4・三峡(2018.9.8)

9月8日(土)続き

 12時少し前に、チャイナゴッデス1号は白帝城の船着き場を出航した。
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 船はこれから三峡の一つである瞿塘峡(くとうきょう)に入って行くのである。
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 とりあえずサンデッキに出てみたが、この船は乗客数が多い割にサンデッキが狭く、さらにイルミネーションなどの障害物が周囲を遮るかたちになっていて、写真撮影に適したところは限られるためかなり混み合っていた。豪華クルーズ船を謳うにしては大事なところの作りに配慮がなく、日除けもないから、日差しを直に受けて暑かった(晴れていたのは良かったんだけどね)。

 前方に、午前に見学した白帝城が近付いてきた。
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 橋とは反対の方を通り過ぎて行く。
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 さっき展望台から見た蘷門(きもん)に入って行く。
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 川に張り出した桟道のようなものが見えた。
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 観光用に架けられたものだろうか。
 蘷門(きもん)の特徴的な岩山を過ぎて行く。
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 水面に接する岩山の下部が白っぽくなっているが、
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 増水時にはここまで水が来るということだろう。
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 すでに瞿塘峡(くとうきょう)に差し掛かっている。
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 三峡ダムが出来たことでこのあたりの水位がどのくらい上がったのかは判らないが、ダムの地点で100メートル以上、重慶でも6メートル上がったということだから、たぶん5~60メートルは上がっていると考えられる。少なくとも、いま見えている水面より遥か下方に流れがあったことは確かで、両側の崖も急峻なまま、もっとずっと深い谷底に落ち込んでいたのだろう。
 急流が連続した三峡だったからこそ、「千里江陵一日還(千里も離れた江陵までたった一日で帰って来た)」という李白の詩句も成立したのである。

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 いまの景色からも、このあたりが「萬重(ばんちょう)の山」に囲まれた渓谷だったことは理解されるが、これはもう昔の姿ではないと思うと非常に残念な気がした。水位が上がったからこうした大型船でクルーズできるようになったのも事実だろうが、次々に現れる岸の岩山の景観は、どうしても物足りないように感じてしまうのをどうすることもできなかった。
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 デッキではガイドがマイクで説明してくれているのだが、次の写真。
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 急斜面に畑が作られていて、矢印のところに一軒の家があるのだという。隔絶されたこんなところに住んで、野菜などを作って生活している人がいるらしい。
 反対側の斜面にも畑があって、その下に船着き場ができていた。
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 これが唯一の交通手段になっているらしい。
 12時半を過ぎた。
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 瞿塘峡(くとうきょう)も終わりが近い。瞿塘峡は三峡の中では最も距離が短く、約8キロということだった。

 昼食の準備が出来たという放送があったので、三々五々2階のレストランに下りて昼食となった。
 食後は船室で休憩した。しばらくは三峡の中休み区間のようなところで、以下は船室のベランダからの景色。
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 町が見えてきた。
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 この町は、三峡ダム完成後に、水位の上昇に合わせて新たに作られた町と思われる。
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 川の水位が上昇したことによって、水面下に沈んだ町や村もたくさんあったのだろう。
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 午後1時50分ごろ(だったと思う)、三峡2番目の区間・巫峡(ふきょう)に入るという放送があった。ベランダに出てみた。これが前方、
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 これが後方である。
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 放送はサンデッキへお越しくださいと言っていたが、たぶん混み合うだろうし、ベランダからでも十分見えると判断して部屋にとどまった。われわれの船室は進行方向左側にあって、ちょうど順光の状態で景色を見ることができたからである。ガイドの説明は聞けないから見どころを外しているかもしれないが、まあ、それでもいいではないか。

 それにしても、素晴らしい天気になったものである。
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 写真もたくさん撮った。並べ始めるときりがないのだが、まあいいだろう。
 はるか高みに、岩山から張り出したような道が出来ている。
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 山頂には見晴台のような小さな建物が2つ建っていて、左の方から登って行く階段状の道もついている。さらに船が進んで行くと、道の起点になるあたりに何か立派な建物があるのが見えた。
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 向こう側から到達するようになった展望台と遊歩道といった感じだろうか。
 巫峡(ふきょう)は全長40キロもあるということで、次々に変化のある光景が展開した。
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 周囲の山々は褶曲作用で出来たものらしく、地層(節理と言うのか)がそのまま見て取れるところがたくさんあった。
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 節理の境目(割れ目)に沿って植物が生えているので、その傾きなどがよく判った。
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 様々な岩山。
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 萬重(ばんちょう)の山である。
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 次は、観光客向けに作られた、船で立ち寄る展望施設だろうか。
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 こちらの中腹(左寄り)に見えているのは何だろう。
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 展望台にしては小さい感じだし、それに、どうやってここまで行くのか判らない。
 ほとんど垂直に切り立った崖。
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 こちらでは、斜めになった地層(節理)がそのまま水中に没して行っている。
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 その先端に、やはり船で行くらしい建物が。
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 建物から左上に向かって階段が付いていて、その先に展望台のようなものが見えている。
 時折、何かの作業船や貨物を載せた船とすれ違う。
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 進行方向の景色。
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 こうして両岸が見えていると、どうしても水面が上昇する前の、このままさらに6~70メートル下まで落ち込んでいた岩壁のことを想像してしまう。いまでも十分に凄いことは判るが、昔はもっと、信じられないくらい凄い峡谷だったのだろうなと考える。それがダムによって失われてしまったというのは、取り返しのつかない損失だったのではないだろうか。

 午後2時半ごろ、船は速度を緩め、大きくUターンするようにして、水面に浮かんだ船着き場に近付いて行った。
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 ここで小さな船に乗り換えて、神女渓(しんにょけい)という支流をクルーズするのだという。
 放送で下船し、浮いた桟橋を伝って行くと、前方に屋根付きの小船がぎっしり並んでいた。
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 船内。
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 立っている女性は、船ごとに付くガイドである(もちろん中国語)。

 乗船が終わった船から順次出発した。後部に屋根のない小スペースがついていたので、そちらに移った。そちらの方が自由がきくし、写真を撮るにも好都合である。立つと危ないからベンチに座りながら行ったが、風を受けて気持ちよかった。
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 神女渓(しんにょけい)はもともと、人のほとんど入らない未開の渓谷だったようだが、ダムで水位が上がって奥に入れるようになったため、三峡クルーズの新たな観光拠点として整備されたものらしい。三峡の方は川幅も広がって、どことなく迫力に欠ける感じになってしまったので、狭い神女渓の方でそれを感じてもらおうということだったようだ。

 最初は川幅も広かったが、
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 次第に狭まってきて、
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 両側の断崖が間近に迫ってくるようになった。
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 板を重ねたような岩の節理が鮮明である。
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 切り立った崖が続くが、もちろんこの水面下にさらに崖は落ち込んでいたのだ。
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 この高い崖、
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 はるか上の方に道が刻まれている。
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 さらに望遠で寄ってみる。
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 下から見る限り、人一人やっと通れるかどうかという窪みである。どうやって刻んだものなのか、本当に人が通ったものなのか、人工的なものであるのは確かだからたぶん通ったのだろうが、ちょっと想像を絶するところがあると思った。
 船はどんどん奥に入って行く。
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 こちらでは、岩が鍾乳石になって垂れ下がっている。
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 次々に現れるダイナミックな風景に目を奪われていると、
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 川面に思いがけず、大きなステージのようなものが出来ていて、人が集まっている横を通り過ぎた。
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 後方ばかり見ていたので気付くのが遅れたのだが、行き過ぎたところに水面に浮かんだ船着き場があり、そこで下船して、左の浮橋をたどってステージの方に行くよう促された。
 行くと、そこはこういう感じになっていて、
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 待っていた若者たちが、けっこうな音量で歌と踊りを何曲かやって見せてくれた。趣旨としては歓迎ということだったのだろうが、なんか、あまりに予想外の展開で驚いてしまった。最後には中国人観光客が出て行って、ステージの回りで一緒に踊り始めたりして、中国の人たちのセンスというのは、時々まったく理解できないことがあると思った。
 10分ほどのステージが終わると、再び船に乗って、来た道を戻るのである。これが神女渓の奥に浮かんだ、違和感いっぱいのステージです。
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 帰路。
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 船中ではガイドの女性が歌を披露していた。
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 4時50分ごろ、もとの船着き場に戻った。
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 チャイナゴッデス1号はまた長江を航行し始めた。巫峡(ふきょう)はまだ続いていたようだが、ダムが近付いてきて水量も増し、川幅も広くなってきたようで、もう写真を撮る意欲も失われてしまった。
 途中一回だけ、たまたまベランダの外を面白い船が通ったので一枚。
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 乗用車(新車)を満載した船である。トラックなどより一度にたくさん運べるから、この方がずっと経済的なのだろう。

 6時から2階レストランで夕食。
 7時半から5階多目的室で、昨日に引き続き器楽演奏と変面ショーなどが行われた。
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 変面はやはり見事なもので、いくら目を凝らしても仕掛けはまったく判らなかった。
 こうして、好天に恵まれた三峡クルーズは終わり、船中泊最後の晩となったのである。

by krmtdir90 | 2018-09-26 17:25 | 海外の旅 | Comments(2)
Commented by yassall at 2018-09-27 00:29
うわあ!本当に前日までとは見違えるような天気になりましたね。スケール感が生半可でないです。
Commented by krmtdir90 at 2018-09-27 17:31
暑くなったけれど、やはり天気が一番だと思いました。ただ、写真は光と影のコントラストが強くなって(オートで撮ってるんですが)難しいなと感じました。natsu
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