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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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中国の旅⑪武漢散歩・復路(2018.9.11~12)

9月11日(火)続き

 午後4時にホテルに戻って来たが、夕食までまだ間があるので、ガイドの徐さんが希望者を近くのスーパーマーケットに連れて行ってくれるという。外は暑いし、ちょっと迷ったが、もう今夜が最後なのだし、行ってみることにした。
 ホテルの前の道を右に少し歩き、右折すると、
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 町の人々の生活の気配が感じられる通りになった。
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 この先を左折してちょっと行くと、目指すスーパーがあった。
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 スーパーと言っても、こぢんまりした昔からの商店といった感じで、コンビニの品揃えを少し多様にした程度の品が並んでいた。中の写真は撮っていないが、ここで土産にするクッキーと激辛のカップ麺(末娘が好きなのだ)などを買った。

 店の向かいにこんな家が建っていて、
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 「詹天佑(せんてんゆう)故居」というプレートが掛かっていた。
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 徐さんが、詹天佑(せんてんゆう)は中国の「鉄道の父」と言われた人物で、いまから百年以上も昔に中国で鉄道敷設に尽力したのだと教えてくれた。スイッチバック(彼女は言葉としては知らなかったが)も彼が初めてやったのだと言っていた。まったく思いがけない話で、帰ってからいろいろ調べてみたが、詹天佑が中国で初めてスイッチバックを作ったのは確か(1909年完成の京張鉄路において)だが、世界最初ということについては記事を見つけることができなかった。
 この「故居(旧宅)」は、詹天佑が1919年に死去するまでの晩年を過ごした家だったらしい。建物の入口に「詹天佑故居博物館」という表示が掛かっているから、もう少し早い時間なら中を見学することもできたのかもしれない。

 スーパーからの帰り道。
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 みんな一人っ子で、みんな手をつないでいる。大切な子どもなんだよね。

 この日は最後の夕食ということで、早めの5時にロビーに集合して、バスで少し離れたレストランに向かった。
 車窓から見かけたこの母子(ちょっとピンボケだが)。
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 子どものお尻に注目である。これ、破れているわけではない。開襠褌(カイダンクゥ)という幼児服で、最初からお尻が見えているものなのだという。要するにオムツが不要で、どこででも(道ばたでも)用が足せるようになっているというのだ。都市化が進んで最近は廃れてきているというが、オムツ離れが早くなるというので、依然として根強い人気もあるということらしい。うーん、文化の違いとはいえ、このあたりのことはなかなか理解し難いことのように思われた。

 ちょっと脱線するが、最初のガイドの李さんが話していた中国のトイレ事情にも触れておきたい。もちろんホテルなどは整備されているが、地方の観光地などのトイレはいまでも、①洋式はきわめて少ない。②個室は鍵がかからないことが多い。③紙は絶対に置いてない。といった(女性にはかなり困った)状態であるようだ。最近はほとんどなくなったようだが、以前は(簡単な仕切り程度で)個室になっていない、丸見えのトイレというのもけっこうあって(ニーハオトイレと呼ばれていたようだ)、旅行者を大いに驚かせていたらしい。
 つまり、中国人には用を足すのは恥ずかしい行為ではなく、人に見られても平気という生活文化が根付いていたようなのだ。われわれからするとちょっと信じ難い気がするが、文化の違いなのだからとやかく言うべきことではないのかもしれない。

 で、ここが今晩のレストラン。
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 この旅行社では、最後の晩の夕食は「さよならディナー」と銘打って、飲み物代は会社持ちという嬉しい措置を取ってくれている。だからといって飲み過ぎるような野暮はしなかったが、ちょっと高いビールを(妻と)2本ほど飲ませてもらいました。

 ここで、中国のビール事情についても触れておかなければならない。今回の旅では、暑かったこともあって、わたしはずっとビールを飲み続けたのだが、何回か飲むうちに中国のビールは薄いということに気付いたのである。ビンの表示を確かめると、アルコール度数は2.5%とか3.3%とか書かれていて、要するに日本のビールの半分なのだった。どうしてそうなのか判らないが、添乗員に聞いてもらっても、普通の(5%以上の)ビールは置いてないというところがほとんどだった(今晩は違ったが)。
 もう一つ驚いたのは、外のレストランではどこも(今晩は違ったが)ビールグラスを用意していないのだった。要するに普通のコップがあればいいだけなのだが、たぶん老酒(紹興酒)を飲むためと思われる小さなグラスしかないということだった。老酒を頼めば良かったと言われるかもしれないが、老酒(紹興酒)にはあまりいい思い出がないし(ほとんど飲んだことがない)、今回の旅では寝酒用にウイスキーを1本忍ばせて行ったので、食事ではあまり飲まないようにしようと決めていたのである(他に飲む人がいなかったのも大きい)。
 あと、食事の際に水が用意されていなかったのも関係している。これはホテルやクルーズ船でも同じで、毎日ペットボトルの水は(一日2本)支給されていたが、食事時には中国茶は必ず出るのに、水は決して出てこないのだった(頼んでも、ないという答えだった)。お酒(ビール以外)を飲む時はチェイサー(追い水)が必須のわたしにとって、この状況で老酒という選択は考えられなかったのである。

 夕食を終えて外に出たのは7時半ごろだった。再びバスでホテルに戻った。

 ホテルがあるあたりはかつての租界(清代の外国人居留地)があった地域で(さっきのスーパーマーケットの周辺もそうだったようだ)、古い建物も残っているから、引き続き希望者を夜の散歩に案内すると言うので、徐さんの先導でまた出掛けて行った。添乗員はちょっと用事を済ませて後から追いつくということだったが、用事が長引いたのか、なかなか来ないので戻ることになってしまった。
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 建物の説明はされたが、夜なので写真はほとんど撮れなかった。ホテルが近づいたところで、横断歩道があったので、道路の向かいには(樹木に遮られて直接は見えていないが)長江があり、遊歩道と公園がずっと整備されているのが判っていたから、ちょっとそっちの方を散歩したいと言って別行動にしてもらった。

 で、横断歩道を渡り、公園を横切って行くと、
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 予想通り、人がたくさん出ていて、
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 思い思いに夜景を楽しんでいるようだった。
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 長江の水にイルミネーションが映って、非常に美しい夜景だと思った。
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 しばらく眺めてから、満足してホテルに帰った。
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 午後9時ごろだったと思う。

9月12日(水)

 とうとう最終日になってしまった。
 武漢の天気は薄曇り。しかし、気温と湿度は相変わらず高く、ホテル内にいればどうということはないが、煙草を吸いに外に出るとそれが実感される。

 この日は日程に余裕があり(出発が10時)、6時半から朝食は可能だったが、のんびり7時ごろに食べに行った。添乗員の方は朝から、希望者対象で長江沿いの散歩とか、昨日行かなかった人をスーパーにご案内とか忙しかったようだが、空いている時間に部屋に来てもらって、スーツケースなどの計量をお願いした(添乗員は必ず携帯秤を持っているのである)。
 今回利用したLCCというのは、受託手荷物(スーツケース)の重量制限が機内持ち込み手荷物も合わせて15キロ以下となっていて、普通は20キロだから考える必要はないのだが、かなり心配だったのである。スーツケースの大きい妻の方は、事前に5キロプラスの手続きをしておいて(もちろん有料)、あとは中身を調節すれば大丈夫と思っていたのだが、持ち込み手荷物というのが意外に重く、2人トータルで35キロを超えてしまうことが判明した。土産物などが予想以上に重かったのである。
 添乗員が言うには、持ち込み手荷物の方は不問になることが多いということだったので、妻が持参していたリュックに超過分の荷物を入れて、カウンターに行く時にはそれを隠しておくという作戦で行くことにした(実際には持ち込み手荷物が計量されることはなく、超過料金を払う必要もなかったので良かった)。

 スーツケースは9時半までに廊下に出せば良かったのだが、早めに出して、少し長江のほとりに散歩に出ることにした。
 9時ごろになっていたので、地元の人たちの朝の散歩などは終了していたようだ。
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 ローラースケートを履いた人たちが集まって練習をしていた。
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 アイススケートのショートトラックのような練習をしていたから、そういうチームの夏季練習だったのかもしれない。
 長江は、すぐ水辺まで下りて行けるようになっていた。
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 こちらには、昨夜は気付かなかったが船着き場が出来ていた。
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 上の遊歩道の方を歩いて行く。
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 並行して続く公園の方で、太極拳の練習をしている人がいる。
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 しばらく行った先の公園の中に銅像があって、
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 よく見ると「中国鉄道の父」詹天佑(せんてんゆう)の銅像だった。
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 その奥には、蒸気機関車(中国では「火車」と言う)と客車が静態保存されていた。
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 ただ、中国人観光客と思われる一団が、代わる代わる機関車によじ登って記念写真を撮っていたので、それが一段落するまで待たなければならなかった。本当はこちらの角度から撮った方が良かったと思うが、彼らは写真が終わってもこちら側に溜まってなかなか動かないので、待ちきれなくなって向こう側からの写真になった。
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 説明板があったのだが、
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 もちろん中国語で、簡体字も多くてよく判らなかった。ただ、機関車としては(客車も)かなり小さいものだったので、詹天佑(せんてんゆう)が活躍した頃の、比較的初期に走っていたものではないかと推測した。

 詹天佑と蒸気機関車を見ることができて、何となく満足したので戻ることにした(すでにけっこう汗もかいてしまった)。
 帰りは道路の方に出て、旧租界の建物などを見ながら行くことにした。
 これは、特にどうということもない小路。
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 この建物は、
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 なんとか銀行の漢口支店だったようだ。
 こちらは、
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 「漢口美国領事館」とあって、「美国」は中国語でアメリカのことだから、アメリカ領事館の建物だったことが判った。なお、この入口(右側)には「中国武漢人材市場」という看板が出ていて、昨夜徐さんが日本で言うハローワークのようなものだと教えてくれた。
 次の建物も当時のものと思われるが、プレートを写してこなかったので、由緒などは判らない。
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 右手を見ると、窓に生活の気配があるから、当時から集合住宅として使われていたものだったのかもしれない。
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 最後に、これは長江沿いの公園と遊歩道への入口。
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 左手の門に「人民楽園」の文字が見える。うーむ。

 10時にロビーに集合して、バスで空港に向かった。
 車窓から。
 これは「江漢関」という建物で、このあたりはイギリス租界のあった場所のようだ。
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 バスは次第に郊外に出て行く。
 何か大きな道路工事が行われているようだ。
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 一帯は広い沼沢地といった感じで、湖なども点在しているようだ。
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 そうしたところにどんどん杭を打ち込んで、道路などを整備しているようだった。これは、すでに供用開始しているらしい道路のジャンクション。
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 やがて、空港が見えてきた。
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 武漢天河(てんか)国際空港である。
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 バスは一旦この前を通り過ぎ、近くのこの建物(ホテルだったようだ)の駐車場に入った。
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 ここのレストランで、中国で最後の昼食となった。こちらでの食事は、朝食を除けば昼も夜も、すべて円卓を囲んでの中華料理だった。店によって味の違いなどはあったが、基本的に中華料理は中華料理なのであって、本場だから美味くないわけではないのだが、最後には少々食傷気味という感じもあった。

 食事を終えて再びバスに乗り、午後1時ごろ空港に入った。
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 で、ここが問題の受託手荷物預け所のカウンター。
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 結果を言えば、機内持ち込みの手荷物はまったく問題にはならなかった。フライト時間は決まっているのだし、積み込みに要する時間も確保しなければならないはずだから、よほど空いている時でなければ、細かいことは言っていられないということなのだろう。

 まあ一安心という感じで次の手荷物検査(セキュリティーチェック)に向かったが、ここでちょっとした失敗をしてしまった。ライターは引っ掛かるので、スーツケースに入れなければならなかったのである。ライターの扱いは国によって様々なようだが、中国はダメと事前に聞いていたから、往路では言われた通りにしていたのに、復路では重量にばかり気を取られて失念していたのである。それでも、気付かれないこともあるかもしれないと、知らん顔してX線を通したがダメだった。まあ、残量少ない100円ライターだったから、気分は悪かったがあきらめはついた。
 それに、ライターがない時間帯のためにマッチも用意していたから、別に困ることはない。中に入って喫煙所を探した。
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 ここに珍しい設備があった。
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 ライターが持ち込めないのだから、普通なら煙草は吸えないことになる。そのためなのだろう、この左に付いている装置、穴に煙草を差し込むと自動的に点火するのである。わたしはマッチを使うことなく、中国で最後の一服をしたのだった。

 旅行記の最後がこのような写真で終わるのはどうかと思うが、もうこの後は写真がないのだから仕方がない。以下、復路について簡単に記録しておく。
 春秋航空日本IJ1012便は15:10に武漢を飛び立った。
 夕食がカップヌードルだったことは最初に書いた通りである。
 機内でプラス1時間の時差修正を行い、成田に到着したのは20:00だった(所要時間3時間50分)。
 スーツケースが予想以上に早く出てきたので、乗れないと思っていた20:35発の高尾行きリムジンバスに間に合った。で、家から5分のバス停まで、ノンストップで帰ることが出来たのは非常に良かった。おわり。
by krmtdir90 | 2018-10-01 14:10 | 海外の旅 | Comments(0)
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