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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「きみの鳥はうたえる」

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 チラシの惹句に「きらめきに満ちた、かけがえのないときを描く、青春映画の傑作」とある。「青春映画」という括り方は、現代のような多様性が求められる時代には、ほとんど意味のない括りになってしまったように思える。だが、この映画がまさに「青春」と呼ぶしかない「とき」を、映画でしか出来ないやり方で鮮やかに写し取っていたのは確かなことだったと思う。再び惹句に従えば、それは「この夏が、いつまでも続くような気がした」という、後から思えばいつ壊れても不思議ではなかった幸福な時間の経過である。
 「この夏が…」は、恐らく佐藤泰志の原作にある一節ではないかと推測するが(わたしは読んでいないから断定は出来ない)、主人公3人がまさにそうした気分で過ごした短い夏を、映画はあくまで淡々とした語り口で追っていくのである。そう、この映画は出来事を描くというより、出来事と出来事の隙間にある何でもないような時間を映し出すことに力点を置いているように見えた。それは無為の時間と言ってもよく、そこにあるのは説明ではなく気分であり、ちょっとした仕草や視線の揺らぎなどが醸し出す気配や雰囲気のようなものだった。そうしたものを丁寧にすくい上げることで、映画は主人公たちの時間をすべて埋めてしまおうとしているように感じられた。

 その結果、具体的なディテールとしてはまったく異なっているのだが、同様の時間を、確かにわたしも過去に送っていたことがあると思い出させられる気がした。ああ、こんなことがあったなという漠然とした既視感のようなもの。こんなバカをやってたなという親しみに満ちた共感のようなものである。そういう意味で、この映画には少なからぬ身近な実感が散りばめられていたし、懐かしい手ざわりを持った「青春映画の傑作」と言っていいように思った。
 原作が発表されたのは1981年だったというから、原作が描いていたのは1970年代の「青春」(舞台は東京だったようだ)である。そのことがわたしの親近感につながった要因かもしれないが、映画はこれを現代の函館に移し替えて描いていた。だが、原作の持つ「心臓」(監督:三宅唱の言葉)を大切に保持しようとしたことで、映画はきわめて普遍性のある物語としてそれを描き出すことに成功していたと思った。恐らく、これは誰でもが過去に通ってきた時間だったのだ。
 主人公たちを演じた柄本佑(僕)・染谷将太(静雄)・石橋静河(佐知子)の3人は、「演じた」と言うより「生きた」と言った方がいいようなやり方で、映画の中に存在させられていたように思う。そうした撮り方をしたのは三宅唱監督なのだが、恐らくドキュメンタリーと言ってもいいような徹底したカメラの回し方をしたのではないかと感じた。結果的に、あまり見たこともないようなみずみずしい瞬間がたくさん捉えられていたように思う。それを見ているだけで、終始ワクワクさせられ豊かな気分にさせられた映画だった。

 もちろん現実との接点は三者三様にあって、それはなかなか思い通りにならない厳しいものであることは描かれていた。だが、映画の主眼はそちらを描くことにはなく、現実とは遊離した彼らの楽しげな時間の方に寄り添い続けるのである。
 たとえば、飲み明かした夜明けの舗道で(路面電車の線路があるのが印象的だ)、僕と静雄が店先に忘れられた開店祝いの花籠を盗み出そうとするシーン。またたとえば、3人で買い物に行ったコンビニから、一本しかないビニール傘で雨に濡れながら帰ろうとするシーン。傘を持った僕がふざけて急に立ち止まったり、急に走り出したりして2人が後を追ったりする。じゃれ合うようなこの無軌道で楽しい気分には、確かに覚えがあると感じた。
 3人で酒を飲んだり、ビリヤードや卓球をしたり、踊りに行ったりカラオケを歌ったりする。もちろん、そういうことに特段の意味などない。しかし、そういう時間が「いつまでも続くよう」に思えたのは事実なのだ。そうでないことは誰でも知っていることだったが、誰もそれを認めたくなかったし、その事実からは目を背けていたかったのかもしれない。確か、佐知子がどこかで「若さって、なくなっちゃうものなのかな」というセリフを言っていたと思うが、そんな判り切ったことさえ無縁であるような時間もまた存在していたのである。

 この主人公たちは、男2人に女1人という、いままで映画の中で何度となく見てきた微妙なトライアングルなのだった。だが、その関係に関する彼らの内面を、この映画もまた踏み込んで描こうとはしていないように見えた。それが成立している時間は確かにあったのだし、それが概ね楽しい時間であったのも確かなことだったのだから、内部の揺らぎに手を突っ込む必要はないと考えていたのかもしれない。だが、彼らが近いうちに現実世界に絡め取られていくしかないように、この関係も次第に変化し、終わりを迎えることを避けることはできないのである。
 「突然炎のごとく」や「明日に向かって撃て」や「冒険者たち」のように、誰かが死ぬのでなければ関係の終わりが具体的なかたちとなるしかない。この映画は彼らがこの先どうなっていくのかは描こうとしないが、それはまた別の物語になるということなのかもしれない。
 このラストシーンは唐突だったが、ここで映画が終わることには違和感は感じなかった。あのまま僕がカッコつけて去ってしまったら嘘になってしまったと思うが、いままで終始物憂げにダラダラとしか歩いていなかった彼が、何かに弾かれたように必死に佐知子を追ったことで、すべてが鮮明になるエンディングとして収束したと思う。誰も死なないのであれば、トライアングルは最後にはこうなるしかなかったということなのだろう。たぶん、佐知子はこのあと立ち去るような気がしたが、僕がそれをさらにカッコ悪く追って行ったかどうかは判らない。原作がどういう終わり方をしていたのか、ちょっと知りたい気持ちになってしまった。

 この映画のタイトルには、佐藤泰志のあの角張った癖のある字が縦書きのまま使われていて、去年の夏だったか、函館市文学館で初めて彼の自筆原稿を見た時のことを思い出した。たぶん、彼の原稿の文字をそのまま使ったものだったのだろう。
 函館にまた行きたくなった。観光地的な部分をまったく映していなかったが、映画の街のたたずまいや空気感は紛れもなく函館のものだと感じた。今度行ったら、シネマアイリスという映画館(五稜郭の近くらしい)にも是非行ってみたいと思った(館主の菅原和博氏が函館を舞台とした佐藤泰志作品の映画化をプロデュースし、この映画ははその4作目になるということだった)。
(新宿武蔵野館、10月2日)
by krmtdir90 | 2018-10-04 16:07 | 本と映画 | Comments(0)
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