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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「バッド・ジーニアス/危険な天才たち」

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 試験の時のカンニングを描いた映画だが、コメディ的な要素はまったく入っていない。登場する高校生たちはみんな真剣にカンニングに取り組んでいて、映画はその過程を克明に追いながら、それが成功するかどうかというところでスリルとサスペンスを高めていく。一見したところ、カンニングは悪いことだという前提を崩してはいないが、そういう尺度を一旦脇に置いた、一種のゲーム感覚のようなものが彼らを支配しているように見える。それが現代の高校生の感性なのだと認めているようだ。

 タイで作られた映画だが、公開以来東南アジア諸国で大ヒットを記録しているらしい。「ポップ・アイ」もタイを舞台にした映画だったが、あれはシンガポールの監督がタイにやって来て撮った映画で、外の人間から見たタイの姿という面があったと思う。対するこちらは、タイ人の監督(ナタウット・プーンピリヤ)がタイ人のキャスト・スタッフとともに作った、タイの現在をしっかり踏まえたドラマになっているところが大きな違いだったようだ。
 そういう意味で、この映画はハラハラドキドキの娯楽映画でありながら、決して荒唐無稽な話にはなっておらず、現代のタイ社会が抱える様々な社会問題をきちんと取り込んだストーリーを展開していた。背景にあるのは、近年タイを始めとした東南アジア諸国で急激に高まっているらしい進学熱と、学歴によって完全に序列化されてしまう競争社会の現実である。そこにはすでに存在している貧富の格差も影を落としていて、激しい受験戦争の中で、いまどこの国でもカンニングが大きな社会問題になっているという状況があったようだ。この映画も、中国で実際に起きた集団不正入試事件をヒントにして作られたということらしい。

 カンニングを本気で防ぎたいなら、試験をすべて記述式にしてしまえばいいとわたしなどは思うのだが、映画で見る限り、その多くがABCD4択のマークシート試験になっていた。どうしてそうなのか、このあたりの事情はよく判らないのだが、映画で描かれるのはこの4択を前提とした試験の攻略法ということになる。最初は消しゴムを使った原始的なカンニング(無償の友人救済)から始まるが、それが次第に金銭授受を伴う大がかりなカンニングに進んで行き、最後はアメリカの大学への留学資格を得るため、世界各国で一斉に行われるSTICという大学統一入試(これには記述式も含まれる)へとスケールアップしていく。
 密かに覗き込むだけのカンニングを別にすれば、カンニングは「見せてもらう側」の働きかけに「見せる側」が合意することで成立する。そこには見せる側の答案がほぼ完璧であるという前提があり、そういう答案が作れる側が大きな危険を伴うカンニングに同意するためには、それ相応の大きなメリットがなければならない。それが金銭授受であるところに、タイの深刻な格差社会の現実が見えてくる。学歴格差はそのまま貧富の格差と結びついているのである。

 この映画は、見せる側と見せてもらう側にそれぞれ2人ずつの主人公を設定している。
 まず、見せる側の2人、私立の進学校に特待奨学生として編入されて来たリン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、タイって名前が長いんだよね)は、教師である父親との父子家庭で育ったクールな印象の天才少女で、授業料免除とランチの無償提供を校長と話し合う最初のシーンで、貧困とは言えないまでも豊かな家庭でないことは容易に窺えるようになっている。もう一人の特待奨学生バンク(チャーノン・サンティナトーンクン)は素朴で真面目そうな少年で、彼の家庭はあまり描かれていないが、場末の小さなクリーニング店で働く母親は出ていたが父親の姿が見えなかったことから、たぶん苦学してきたのだろうなと想像されるのである。いずれにせよ、彼らは特待生待遇がなければこの私立校にはいられないのであり、学業優秀な2人を格好の広告塔と考える学校は、2人の顔写真入りの大きな垂れ幕を校舎の壁に掲げたりするのである。
 一方の見せてもらう側は、当然のことながら富裕層の子どもたちである。最初にリンと仲良しになり、最初に彼女に助けてもらう少女グレース(イッサヤー・ホースワン)は明るく愛敬のある少女だが、豊かな家庭の子どもであるのは明らかで、彼女がリンに紹介するボーイフレンドのパット(ティーラドン・スパパンビンヨー)はプール付きの大邸宅に住んでいる少年なのである。このパットが、自分たちと同じような、富裕だが成績の振るわない仲間を助けてほしいと、具体的な報酬額を提示してリンに働きかけることになる。確か1人1科目3千バーツと言っていたが、日本円に換算すると約1万円ということになり、特待奨学生としてやっとこの高校に通っているリンにしてみれば、想像を超えた高額なのである。最初は渋っていたリンが結局この提案を受け入れるのは、自分の将来の進学を考えた時、何より必要なものはお金だと判っていたからだろう。

 ピアノが得意だったリンが、鍵盤を叩く指の動きをABCDの答えに対応させて、試験場のたくさんの相手に答えを伝えていくカンニングシーンは面白い。テクニックの意外性とともに、こうしたシーンをスリリングなゲーム感覚で描いて見せたところに、この映画が成功を収めた大きな要因があったと思われる。
 だが、同じ試験場には、金持ち連中のカンニングを快く思わない生真面目なバンクも混じっていたのである。彼の通報で、リンたちのカンニングは学校に知られてしまう。校長室に呼ばれた彼女は、金銭の授受があったことを咎める校長に向かって、富裕層の保護者が子どもの入学に際して多額の賄賂を学校に渡すのは悪くないのかと反論する。だが、校長はそれは純粋な寄付金だと言って取り合わない。結局、彼女は退学は免れるものの、父親の信頼を失い特待生としての資格も失うことになってしまう。
 映画はこの点を強調しているわけではないが、見せた側のリンが叱責され処分を受けるシーンはあるのに、見せてもらった側が追及され処分を受けるところは描かれていなかった。また、映画の最初のあたりで、グレースが持っていたプリントで勉強を教えてやったリンが、教師が主宰する有料補習に出ると、プリントのかたちで試験問題が教えてもらえるというからくりに気付くところも描かれていた。この映画は、学歴至上主義が経済至上社会と密接につながっていて、富める者がその財力で世の中を渡って行ける巧妙なシステムが出来上がっていることを、しっかり描き出しているのである。カンニングはその中の一つのかたちに過ぎない。

 失意のリンを再びグレースとパットが呼び出し、もう一度カンニングをやろうと持ちかけるのは必然の成り行きである。二度とやらないと決意していたリンが、その報酬額の大きさから起死回生のプランに乗ってしまうのも必然と言っていい。彼らはお互いを必要としていて、お互いを利用し合わなければ夢を実現することができないことを(悲しいことだが)判っているからである。
 この映画のいいところは、普通なら悪役にしてしまってもいい金持ちのグレースとパットをそんなふうに決めつけていないことである。彼らには彼らなりの家庭環境があるのであり、勉強が出来ないことは自分が一番判っているのに、親の期待に応えなければ生きていけないところに追い込まれているのである。子どもの気持ちをよそに親の期待は膨らむばかりで、今度の試験はこれまでとは桁が違う、アメリカ留学を賭けた世界規模のSTICということになってしまうのである。
 かくして映画は、もう一人の天才少年バンクをも引きずり込んで、試験開始の時差を利用したスケールの大きなクライマックスへと進んで行く。タイより4時間早く試験が開始されるオーストラリア会場でリンとバンクが受験し、記憶した答えをSNSでグレースとパットに送信するという手口と、それを高額な報酬で募集したタイの受験生に伝える奇想天外な手口と、まあよく考えたものだと驚くばかりのカンニングプランは、果たして成功するのかしないのか。

 この最後の30分をわたしは大いに楽しんだと思う。最後にはやはり失敗に終わってしまうのだが、こんなに面白い展開の映画はそうあるものではない。だが、帰って来てこれを書き始めてみて、この映画が単なる娯楽映画ではない、大きな問題意識を隠した野心作だったことがどんどん見えてくるような気がした。
 貧しい家に育ったリンやバンクも、富裕な家に育ったグレースやパットも、この国に育った高校生たちがそれぞれみんな、過酷な格差と理不尽な競争社会を生きていかなければならない現実があることを、しっかり見据えた映画だったことが理解されたのである。そして、それをただ声高に訴えるのではなく、表面上は徹頭徹尾痛快な娯楽映画として描いて見せたことが見事なのだと思い至った。どんなに高潔な主張であっても、観客に見てもらえなければ何の意味もないのである。こういう描き方をすることによって、この映画が多くの観客を獲得しているところにこの映画の鮮やかな勝利があり、そして大きな意義があるのだと思った。
(MOVIX昭島、10月10日)
by krmtdir90 | 2018-10-11 18:17 | 本と映画 | Comments(0)
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