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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「アンダー・ザ・シルバーレイク」

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 ちょっとカルトっぽい雰囲気がありそうなので、そういうのもたまにはいいかなと思って見に行った。監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルは1974年生まれ(44歳)で、思いがけずあの白石和彌監督と同い年なのだった。結論を言えば、わたしは白石和彌のストレートな「熱さ」(ただし、冷静に計算はしている)の方が合っていると思った。
 3分の2ぐらいまではけっこう面白く見たのである。だが、最後の3分の1で急速にシラけてしまった。思わせぶりに並べてきた伏線(らしきもの)はそのまま残ってしまうし、「街の裏側に潜む陰謀」とか「私たちは誰かに操られている」とか、どう言ったところでストーリーが成立していないのは明らかだと思われた。目くらましだけで観客を幻惑しようとしても、乗せられてしまう客の数には限りがあるということである。内容がないものをカルトに祭り上げることくらい愚かなことはないだろう。

 配給会社は「新感覚サスペンス」などと名付けたり、ヒッチコックやデヴィッド・リンチの名前を出して一生懸命売ろうとしているようだが、全然そんなものではないと思った。この監督が、映画をたくさん見ていたり様々なポップカルチャーに通じているのは判るし、そういうものを(一見)センス良く散りばめてみせるテクニックには長けているのかもしれないが、それだけでは中身の空虚さを誤魔化すことはできないのである。
 例えば、主人公の無職の男がアパートの向かいに住むトップレスの女を双眼鏡で覗いているシーンがあったが、これを「裏窓」(ヒッチコック)へのオマージュなどとするしたり顔の指摘の馬鹿らしさはどうだろう。オマージュとはリスペクトに裏打ちされた行為であって、とうてい原作に届かない表面的なモノマネはオマージュとは言わないのである。

 わたしは どんな場合でも謎解きが必要だと言うつもりはない。だが、主人公の男が謎を追い始めてしまった以上は、その謎をどういうかたちで終わらせるのかという点については、きちんと責任を取る必要があるのではないか。そこには謎が解かれないというケースもあっていい。ただし、曖昧なままほったらかしにするのは仁義に反するということなのである。
 ましてや、最後に登場してくる富豪の男と3人の女の言動などは、あまりに荒唐無稽で鼻白むばかりだった。主人公の男が先のトップレスの女と最後にくっついてしまうのも、そんな支離滅裂な終わり方でいいのかと言いたくなってしまう。いろんな飛躍は3分の2ぐらいまではあってもいいが、最後までこんなことをやっているようでは、結局この監督はうわべの目新しさで観客を振り回すことしかできないのだということになってしまう気がする。
(立川シネマシティ2、10月19日)
by krmtdir90 | 2018-10-21 22:07 | 本と映画 | Comments(0)
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