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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「世界で一番ゴッホを描いた男」

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 中国広東省の深圳(しんせん)市に「大芬(ダーフェン)油画村」という一角があるらしい。ここにはゴッホなどの名画の複製画(油絵)を制作する工房が集まっていて、画工と呼ばれる職人が1万人以上働き、複製画制作が主要な産業として確立している場所なのだという。精巧な印刷技術が発達した現代にあって、こうした手作業による複製絵画が流通していることも驚きだったが、主に海外からの発注を受けて、この「油画村」が世界の複製画市場の6割を制作しているというのも初めて知った。中国というのは実に何でもありの国なんだなと思った。
 ドキュメンタリー映画の面白さは、こんなふうにまったく知らなかった思いがけないことを教えてくれて、それが行われている現場を目の当たりに見せてくれることだと思う。監督の余海波(ユイ・ハイボー)と余天琦(キキ・ティンチー・ユイ)は父と娘で、この映画が初の長編ドキュメンタリー映画だったようだ。2016年製作の、オランダ・中国合作映画である。

 この映画は、「大芬(ダーフェン)油画村」で20年もの間、ずっとゴッホの複製画を描き続けてきた趙小勇(チャオ・シャオヨン)という画工を主人公にしている。
 彼は貧しい農村から出稼ぎでここにやって来たようだが、特に絵画の素養があったわけでもなく、まったくの独学でゴッホの筆遣いなどを身につけてきたということらしい。彼はいまでは工房の親方といった位置にあるらしく、この工房では画工たちみんながゴッホの複製画を制作している。それぞれが小さな写真などを見ながら、並んで壁に向かい、次々にゴッホの油絵を仕上げていくところが非常に興味深かった。趙さんは出来上がった絵に細かい修正の指示を出したり、時にはなかなか上達しない若者に厳しく描き直しを命じる場面なども収められていた。20年も描き続けていると、趙さんには趙さんなりの譲れない一線というのがあるようで、画家と呼ばれることはなくても、彼なりのプライドを持ってこの仕事に取り組んでいることが窺えた。

 彼にはこちらで一緒になったらしい奥さんがいるのだが、いまは奥さんも画工として一緒にゴッホを描いているようだ。ゴッホを描くことが、文字通り彼らの生活を支えているのである。
 ゴッホの故郷オランダのアムステルダムからも大量の注文があるようで、月に百枚単位の制作が普通に行われているというのは驚きだった。どこにどんな需要があるのか判らないが、とにかくこれが彼らの生きるための仕事なのであって、ひとたび納期が決まってしまえば、家族の生活も制作一色になってしまうことも珍しくないようだった。完成した複製画を梱包するシーンがあったが、あの「苦い銭」の子ども服を思い出させるような乱暴なやり方で、彼らの描いた絵がどういう扱いを受けているのかが垣間見えて悲しかった。
 彼らには2人の子どもがいるが、上の長女は趙さんの故郷の高校に通っているらしい。久し振りの休暇でこちらに帰って来た彼女が、向こうの学校に馴染めないことを両親に訴えるシーンがあった。どうしてそうなってしまうかというと、趙さんが出稼ぎ労働者だからで、20年こちらに住んでも戸籍を移すことは認められていないのだという。そのため、大芬(ダーフェン)で生まれ育った子どもであっても、こちらの学校に通うことはできない決まりになっているらしい。夫婦は、長女の悩みを聞いてもどうしてやることも出来ないのである。

 この映画は、趙小勇(チャオ・シャオヨン)という画工がどのような来歴を持ち、どのような現在を生きているのかを克明に写し取っている。そして、その生活の中から、彼が一度でいいから本物のゴッホの絵を見てみたいと願うようになるところを、温かい眼差しで見詰めていく。アムステルダムにあるというゴッホ美術館に行ってみたい、本物を見たことがない絵の模倣をずっと繰り返してきた自分に、それは様々な気づきを与えてくれるはずだと、彼は考えるのである。彼のこの純粋な好奇心と向上心は、率直な共感を呼ぶ。しかし、その思いを理解しながらも、そんなお金はないと妻が反対する気持ちもよく判る。彼らの生活は決して豊かなものではない(むしろ貧しいと言った方が当たっている)のである。
 結局、妻は夫の熱意に負け、趙さんの希望を叶えてあげることにする。趙さんはビザを取得するために、一旦故郷の家に帰る。ここで彼は年老いた祖母に会い(子どものころから祖母を大好きだったことが自然に伝わってくるシーンだった)、夜になって懐かしい親族と酒を酌み交わすのである。これが何とも切ないシーンだった。すっかり酔ってしまった彼は、自分の家が貧しかったから中学も中退して働くしかなかった、自分は小学校しか出ていないんだと涙ながらに語るのである。都市部と地方との、埋めがたい格差を感じさせるシーンだった。

 趙さんの旅(数人の仲間も同行している)は、恐らく一生に一度しかない夢のような体験だったに違いない。
 だが、皮肉なことに、彼はアムステルダムの最初で大きな失望を味わわなければならなかった。彼を呼んでくれた画商(複製画の注文主)を訪ねると、そこは彼が想像していたような画廊ではなく、観光客相手の安っぽい土産物店だったのである。彼の複製画はそういうところで、買い取り価格の8倍というような値札をつけられて売られていたのだった。趙さんはまず、自分の描いた複製画が、こういうビジネスの使い捨て商品に過ぎなかった現実に直面させられるのである。だが、知ってしまったからといってどうすることもできない、彼の何とも言いがたい憮然とした表情が悲しい(だが、彼は賃金が安くて画工が居つかないので、もう少し買い取り価格を上げてほしいと画商と交渉するしたたかさも持ち合せているのだけれど)。
 ゴッホ美術館での彼を捉えたシーンは感動的だった。ゴッホの絵に釘付けになる彼の表情が短く映し出されるだけなのだが、それだけで彼が受けた衝撃の大きさが伝わってきた。素晴らしいものに触れてただただ圧倒されてしまう、そんな純粋な驚きと感動が表れていた。彼は「色が違うな」と小さく呟いたりするのだが、彼の心の中にいろんな思いが去来し渦巻いているのが判った。
 彼ら一行はこのあと、ゴッホが入院していたという病院、何度も複製した「夜のカフェテラス」が描かれたカフェ、そして彼の墓地などを訪ねて行く。墓地では深々と頭を下げたのち、3本の煙草に火を点けて、それを線香のように逆向きに立て、それが燃え尽きるまで墓前に留まるのである。ゴッホへの敬愛が無言のうちに溢れる、素晴らしいシーンだったと思う。ホテルでの彼らを捉えたシーンもあったが、夢のような日々に熱に浮かされたようになった趙さんが、仲間とつい飲み過ぎてゲロを吐いてしまう(微笑ましい)場面も収められていた。

 大芬(ダーフェン)に帰った趙小勇(チャオ・シャオヨン)が、若い画工たちと酒を飲みながら、ゴッホと出会った感動を熱っぽく話すシーンも良かった。まるで少年のようなキラキラした瞳で、彼は自分の中に生まれた大きな変化について語るのである。それは、複製画の制作は(生活のために)止めるわけにはいかないが、今後は少しずつオリジナルの絵も描いていきたいという決意だった。ゴッホのような素晴らしい絵は描けないかもしれないが、複製画ではない、自分だけの絵を少しずつでも残したいという願いが湧いてきたのである。
 このあと、彼が最初に取り組んだオリジナルが、故郷の祖母の肖像画だったというのが嬉しい。続いて彼は、彼の仕事場だった複製画工房の内部を描くことにするのだが、制作途中のこの絵を見ながら、彼と妻が何となく若かったころを回想してしまうシーンが良かった。「この隅のあたりにわたしたちがいたのよね」というようなことを妻が言う。長い長い時を経て、夫がようやく自分の絵を描き始めたことへの共感の思いが滲んでくるような言い方だった。しみじみとしたいいシーンだった。
(新宿シネマカリテ、10月22日)
by krmtdir90 | 2018-10-23 20:37 | 本と映画 | Comments(0)
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