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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「ヴァンサンへの手紙」

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 ヴァンサンというのはレティシア・カートン監督の親友だった聾(ろう)者で、10年ほど前にみずから命を絶ってしまった人物らしい。理由は触れられていないが、生前の彼はろう者の生きにくさについて監督に語っていたようで、ろう者のことをもっと知ってもらうため、一緒にドキュメンタリー映画を作ろうと約束していたのだという。約束は果たされぬまま彼は死んでしまい、その後、レティシア監督は一人で少しずつろう者の世界を撮影し始めたらしい。
 レティシア監督はろう者ではないが、ろう者のヴァンサンがなぜ死ななければならなかったのかをずっと考えてきたのだろう。この映画で彼女は、10年間みずからの内に積み重ねてきたヴァンサンへの思いを語ろうとしている。映画の邦題は「ヴァンサンへの手紙」となっているが、フランス語の原題をそのまま邦訳すると「ろう者の視点であなたに寄り添う」というものだったようだ。「聾者」の対語を「聴者」と言うらしいが、聴者であることを当然と考えてしまうと、ろう者は障碍者であり障碍は治療すべき対象ということになってしまう。それでは両者がつながることはできないだろう。
 レティシア監督は、聴者が聴者の価値観でろう者を判断してしまうのは誤りだと気付いている。彼女はこの映画で、ろう者が何を感じ何を考えているのかをろう者の立場に立って見出そうとしている。彼女は聴者だから、彼女が聴者の価値観を持ってしまうのは仕方がないことである。だからこそ、ろう者の視点とはどんなものなのかを突き詰めなければならない。耳が聞こえないことを欠陥と考えるのではなく、様々な個性の中の一つと考えるべきなのではないか。

 わたしはこれまで、身近にろう者がいるという経験はしてこなかった。だから、ろう者についてこの映画で初めて知ることがたくさんあった。申し訳ない気がするが、これは仕方がないことである。以下、それを少し書いておこうと思う。

 ろう者のことを「聾唖(ろうあ)者」と言うことがあるが、ろう者は耳が聞こえないことで音声言語が習得できず、そのままでは言葉を話すことができない(口がきけない)「唖(あ)者」となってしまう。「ろう教育」はこれに対応していくことになるが、ろう者の言語をどのようなものと考えるかという点で2つの異なる立場があったらしい。わたしのような門外漢はすぐに「手話」を連想してしまうのだが、ろう教育では手話に頼ることは子どもの成長を遅らせるとして、1880年にイタリア・ミラノで開かれた国際ろう教育者会議というところで、手話を禁止する決定がなされたのだという。
 この時、手話に代わって提唱されたのが「口話」というもので、ろう者に対する授業はすべて音声で行い、ろう者には読唇術の習得と発音(発声)練習を必須のものとして、彼らを話せるようにする教育がずっと行われることになったらしい。補聴器や人工内耳といった新しい技術も取り入れられ、話せることは素晴らしいことで、話せないのはダメなんだという一方的な価値観でろう者を追い込んでいったようだ。この考え方は、2010年にカナダのバンクーバーで行われた国際ろう教育者会議で、ミラノの決定を棄却することが決まるまでの130年もの間、世界のろう教育のあり方を縛り続けてきたということだったようだ。
 だが、「口話」は結局のところ、聴者をろう者より上位に置き、その言語をろう者に押しつけるものでしかなかったのだ。これがろう者にどんなに大きな負担と苦しみを強いてきたかということに、聴者は気付くことがなかったのである。ろう者は子どもの時から口話教育を受けさせられることで、自己形成のすべての過程で、「聾(ろう)」であることを否定され続けてきたのだった。

 これに対し、「手話」は話せないことを前提とする言語である。手話はろう者に対して、話せないままでいいんだと肯定することから始まっているのである。だから、ろう者は誰でも自然にそれを受け入れることができた。だから、会議や学校で禁止されても、今日まで廃れることなく続いてきたということだったのだ。ろう者は手話を必要としていたのである。
 この映画は、手話をろう者固有の言語と捉え、その素晴らしさと可能性についていろいろな角度から描こうと考えている。死んだヴァンサンと交流があったろう者の家族や、聴者のレティシア監督とつながりができたろう者の仲間たちの日常というような、手話を通した様々な生き方や考え方が紹介されている。禁止が解かれてまだ10年にもならないので、手話の普及はまだ緒に就いたばかりなのだが、その中には私の知らなかった非常に興味深い取り組みも含まれていた。
 フランスのトゥールーズにある、ろうの子どもたちのためのバイリンガル校。ここは手話を第一言語、読み書きを第二言語と設定していて、授業は基本的に手話によって行われている。その様子は初めて見ることばかりで、子どもたちの生き生きとした生活が、口話ではなく手話によって実現されていることがよく判るものだった。また、フランスで唯一のろう者のための劇場、国際視覚劇場(IVT)。ろうの俳優による手話劇や手話詩といった試み、聴者の歌手とろう者との交流など、様々なろう者の文化が形成されていることが記録されている。
 最初の方にあった、ろう者の手話講師による手話教室の様子も興味深かった。音声言語を追い出して、アイコンタクトを基本とした視覚情報に集中することで、固有のコミュニケーションが成立するというのはなるほどと思った。さらに、ろうコミュニティの権利擁護を目指して、パリからミラノまでデモ行進を行う数人のろう活動家のことも紹介されていた。

 この映画の中には様々な手話が捉えられていた。手話通訳がついたり、字幕がついたりしたものもあったが、そういうものが一切ないかたちで、手話する人物と受け取る人物とが、ただそれだけで映し出されるものもあった。手話で絵本の読み聞かせをしているシーンが2回あったと思う。1回は子どもを寝かせつけようとする父親の読み聞かせ、もう1回はバイリンガル校での先生の読み聞かせだった。その目まぐるしく変わる表情や身振りなど、ああこれが手話というものなのかと、その面白さを初めて知ることができたような気がした。
 聴者であるレティシア監督は、常にろう者のヴァンサンならどう考えるだろうと想像しながら、あらゆる場面を撮っていたのではないかと思った。聴者とろう者は違う世界に生きているのであって、その違いを意識した上で、なおお互いを理解し合うことは非常に難しいことである。だが、レティシア監督はそれをやり切ったと言っていいのではないか。この映画を見ることで、われわれ聴者はろう者の世界を少しだけ知ることになるだろうと思った。知らなかったろう者の世界が少しだけ身近なものになり、少しだけろう者の視点に立てるようになるのかもしれない。映画がそういう役割を果たすことは、きっと素晴らしいことであるに違いない。
(アップリンク渋谷、11月9日)
by krmtdir90 | 2018-11-13 22:17 | 本と映画 | Comments(0)
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