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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「あん」

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 樹木希林が9月に亡くなって、あちこちの映画館で追悼上映が行われたようだが、それもそろそろ一段落というところで、せっかくだから一本ぐらい見ておくかなと思って選んだのがこの映画。予備知識はまったくなし、久し振りのユジク阿佐ヶ谷なので行ってみる気になった、というところ。ところが、行ってみて驚いた。土曜日だったこともあってか、44の座席はほぼ満席で、さすがは樹木希林、ファンがたくさんいたのだなと再認識した。
 わたしは長いこと映画から離れていたから、特定の役者や監督に注目しても、大概はその人を知らない期間というのがあって、あまり深入りすることができないのを残念に思っていた。樹木希林が癌にかかっていることを明かしたのは2013年だったようだが、わたしが知っている(役者としての)樹木希林は、この死を意識してから出演した幾本かの映画だけなのである。「海街diary」「海よりもまだ深く」「万引き家族」といった是枝裕和作品では、脇役の位置ながら素晴らしい存在感を示していたのに驚いたのだが、先日見た「日日是好日」ではほぼ主役に準じるところで見事な演技を見せてくれていた。
 この「あん」は「海街diary」と同じ2015年に公開された映画だったが、樹木希林の名前がクレジットの最初に出てくる、彼女としては非常に珍しい主演映画ということだったのだ。冒頭に掲げたポスターは今回の追悼上映に向けて特別に作られたものらしいが、「最後の主演作」とあるのはそういう意味だったようだ。

 それにしても、何の予備知識もなく見に行ったから、これがハンセン病のことを扱った映画だというのも見始めてから初めて知った。はっきりとしたテーマと主張を持った映画だと思ったが、かなり踏み込んでハンセン病の悲劇を描いていながら、それを前面に出すのではなく、こんなふうな前向きで温かい人間ドラマとして構築して見せたところが素晴らしいと思った。
 この映画の樹木希林は、とにかく圧倒的な存在感を放っていたと思う。それは樹木希林には違いないのだが、彼女の役である吉井徳江として文字通りそこに存在していたということである。役を演じたというより、その役として生きて見せてくれたという気がした。どんな役をやってもその役者自身にしか見えない役者も多い中で、樹木希林のように自身を限りなく後退させて、役そのものを表現してくれる役者というのは希有なものだなと思った。
 河瀨直美監督(脚本・編集も)の映画を見るのは初めてだったが、徳江と絡む千太郎(永瀬正敏)やワカナ(内田伽羅)といったところも、演じるというより存在するという感じで出てきていたので、たぶんこの監督がそういうふうに撮ろうとしていて、樹木希林やその他の役者たちが、それに見事に応えたということなのだろうと想像した。監督と樹木希林に触発されたのかもしれないが、永瀬正敏が非常に説得力のある演技を見せていたと思う。

 小さなどら焼き屋「どら春」で雇われ店長をしているのが永瀬正敏の千太郎で、アルバイト募集の張り紙を見て働きたいとやって来た老女が樹木希林の徳江である。徳江の作る「あん(粒餡)」の美味しさが評判になり店は繁盛するが、徳江が過去にハンセン病患者であったことが噂になって客足が途絶え、千太郎は店のオーナーに言われて徳江を辞めさせるしかなくなってしまう。
 あらすじだけでは映画の良さは見えてこないが、千太郎が毎日どら焼きを焼きながら、そのことに気持ちが入っているわけではないことが次第に見えてくる。どうやら訳ありの過去を持ち、オーナーに肩代わりしてもらった借金を返すため、甘党でもないのにどら焼きを焼いているのが判ってくる。徳江がやって来た時、千太郎は時給はいくらでもいいと妙に熱心に言ってくる彼女の意図が読めないまま、婉曲な言い回しで断ろうとするのだが、彼女は別の日に自作の「あん」をタッパーに入れて持って来たりする。こうしたシーンの積み重ねの中でやり取りされるセリフや動作など、その何ということもないショットの連続から、彼らの抱えている様々なものがどんどん明らかになってくる。
 これを河瀨直美監督の演出力と言っていいと思うのだが、この映画の、さり気ないものが人物のいろいろなことに結びついていって、彼らの生の様々な側面を次々に浮かび上がらせていくという、この脚本・編集を合わせた監督の描き方というのは実に見事なものだと思った。徳江がハンセン病だという話を千太郎のところに持ってきて、暗に辞めさせるように迫るオーナーは(かつてのアイドル)浅田美代子だったが、出番は少ないもののハンセン病に対する「世間」の現実を、悪意ではなく否応なくそこにあるものとして表現していたと思う。

 わたしはハンセン病についてある程度のことは知っていたが、この映画を見たあと改めて調べて以下を書いておくことにする。
 1931(昭和6)年に制定された「らい(癩)予防法」によって、わが国ではハンセン病患者の人権を無視した強制隔離政策が実行された。映画にも出てきた多磨全生園(たまぜんしょうえん)を始め各地に作られた国立療養所は、医療ではなく断種や堕胎などを強制する終身収容施設として機能してきた。実は、ハンセン病は感染力のきわめて弱い病気であることが早くから判っていて、戦後になって治療法も確立したことから、1958(昭和33)年には国際らい学会というところがわが国の行き過ぎた隔離政策を是正するように勧告しているのである。しかし、信じ難いことだが、「らい予防法」が廃止されたのはそれから40年近くが経った1996(平成8)年になってからで、この間ハンセン病患者の人権は放置されたまま回復されることはなかったのだ。
 わたしはこの間の経過を詳しくは知らなかったし、実際に長期間隔離されてきた人たちがいまどうしているのかといったことは、まったく知ろうともしてこなかったのである。この映画は、主人公の徳江が、すでに完治していたにもかかわらず閉じ込められてきたことを後半明らかにしつつ、彼女の一連の言動に見え隠れする不思議な感性が、ようやく外の世界に出ることができた喜びから来たものだったという、何とも切ない事実を浮き彫りにしてみせるのである。

 見終わって、なんかいろいろなことを考えてしまったが、うまくまとめることができないまま日にちが経ってしまった。まあ、そういうこともある。
 非常にいい映画だったと思って調べてみたら、この年のキネマ旬報ベストテンでは10位以内に入っていなかった。そういうこともあるのかもしれないが、これはちょっと、いくら何でも納得することはできないと思った。
(ユジク阿佐ヶ谷、11月10日)
by krmtdir90 | 2018-11-16 22:12 | 本と映画 | Comments(0)
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