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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「ジャイアンツ」

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 1956年公開のアメリカ映画である。上映時間は3時間21分。60年以上も昔に作られた映画だが、何度見ても面白いし、やはりいい映画なんだなとその都度再認識させられる。
 実は、NHKのBSで放送された時に録画してDVDにしてあるから、見たければいつでも見られる状態になっているのである(実際、何回か見直している)。だが、今回「午前十時の映画祭」にラインナップされているのを見つけた時、映画館のスクリーンで見られるチャンスはそうあるわけではないから、やはりもう一度ちゃんと映画館で見ておくべきだと思ったのである。古い映画がデジタル化されることで、思いがけずこういう機会が訪れるのは素晴らしいことだと思う。

 わたしの映画ノート(メモ)によれば、わたしがこの映画に初めて出会ったのは高校生の時で、1965年の2月と6月に見たと記録してあった。たぶん、いまはなき立川名画座で見たのではないかと思う。前年にジェームズ・ディーンの「エデンの東」(1955年)を見ているから、その彼の3作目にして遺作というのがこの映画を見る大きな動機になっていたと思われる。
 その時どんなことを感じながら見ていたのかは判らないが、ジェームズ・ディーンの役回りが思いがけないものだったのは確かで、彼の演じたジェット・リンクの変貌に目を見張りながら見ていたような気がする。年を取ってからの彼は、見た目はどう見ても若過ぎる(老けて見えない)のだが、鬼気迫る演技でそのあたりを十分埋めていたのに驚いていたのではないかと思う。
 前半の、若いころのジェットは「エデンの東」のキャルや「理由なき反抗」のジムの延長線上にあり、その集大成ともなる印象的な演技を見せていたと思う。エリザベス・テイラーが演じたレズリーへのジェットの思いというのは、どう転んでも実現することのない一方的な横恋慕なのであって、そういうふうな、どうにもならないことが判っていて見せる彼のちょっとした表情や仕草などを、この映画は見事と言うしかないかたちで写し取っていると感じた。ジェームズ・ディーンが出演した3作のうちで一番いいのはどれかと問われれば、迷うことなく「ジャイアンツ」を挙げるだろう。

 ジェームズ・ディーンはもちろんだが、この映画は多くの登場人物を非常に丁寧に過不足なく描き出していて、いわゆる大河ドラマとしても多面的な広がりがあり、登場人物一人一人のドラマをしっかり組み立てているところが素晴らしいと思う。
 ストーリーの中心となっているのは、テキサスの大牧場主ジョーダン・ベネディクト2世(ロック・ハドソン)の許に東部の名門の娘レズリー(エリザベス・テイラー)が嫁いだことから始まる、30年に及ぶ夫婦と一族のドラマということになるのだろうが、30年を描くのに3時間21分というのは決して長いわけではなく、的確な省略と効果的なエピソードの選択によって、時間の経過と人物の変遷を実に上手に描き切っているのだと思う。実際この2人に限って見ても、出会って恋に落ちて結婚して、彼女が初めてテキサスにやって来て、想像を超えたこちらでの生活に様々な違和感を覚えながら、それでも自分を貫いて、次第に中に入り込んでいく、子どもが生まれ、夫婦の危機があり、それを乗り越えて、子どもが成長して結婚して孫が生まれて、というふうに、とてつもない時間の経過が描かれていて、そこにさらにジェット・リンクや様々な人物がからみ合い、そうしたものすべてを描く中で、豊かで説得力のある物語を組み立てているということなのである。

 わたしがこの映画を素晴らしいと思うのは、主人公たち、ジョーダンとレズリーとジェットの若い時代を描いた後で、彼らが歳を重ねた30年後の姿をじっくり描いて見せたところである。特にジョーダンとレズリーの二人には、最初からお互いの価値観のぶつかり合いが見えていたのであり、それが長い年月の間にどう変化していったのかを、終始ブレることなく見詰め続けていたのが素晴らしいと思った。
 この映画を何度見ても目頭が熱くなってしまうのは、ラスト近いドライブインでの殴り合いのシーンである。あからさまにメキシコ人を差別する店の従業員にジョーダンが抗議して喧嘩になってしまう、壮絶な殴り合いの末、ジョーダンの方がぶちのめされてしまうシーンである。最初に倒れ込んだ時に、衝撃でジュークボックスのスイッチが入り、ワクワクするような「テキサスの黄色いバラ」の歌が大音量で流れ出す。これまで、メキシコ人に対して意識しない差別意識をずっと引きずっていたジョーダンだから、観客としては(もちろんレズリーもだが)彼の思いがけない爆発に胸を突かれ、彼に絶対勝ってほしいと肩入れしてしまうのである。
 だが、彼は負けてしまう。そんな簡単に胸のすくようなエンディングはやって来ない。だが、映画はこのあと、レズリーがこの時の夫のことを肯定し、彼らが生きてきた年月のことを二人で静かに語り合うシーンを置くのである。異なる価値観があったからこそ生まれた二人の強いつながりが感じられて素晴らしかった。ここに到達するために、彼らには30年の歳月が必要だったのだ。

 この映画には、アメリカ社会の底流をなす根深い女性差別や人種差別の問題が描かれていて、60年以上も昔の映画としてはきわめて鋭い問題意識が含まれていたことに驚きを感じる。同時にいま、こうした批判精神がどこに行ってしまったのかと思うような、メキシコとの国境に壁を作ろうなどという剥き出しの差別意識が依然として力を持っていることに、言いようのない空しさを感じてしまうのである。
 しかし、だからと言って、この映画の終わり方を楽観的すぎると否定してしまうのは誤りだろう。60年前にジョージ・スティーブンス監督は、ジョーダンとレズリーがやっとたどり着いた思いを描くことで、子どもたちや孫たちの世代にアメリカの未来を託したのだと考えるべきなのだ。こういう良心的態度を笑ったり茶化したりするのは見苦しいことだと思う。進歩的な考えを持ったレズリーを嫌味なく造形できたのがこの映画の成功の鍵だと思うが、エリザベス・テイラーの美しさが大きく寄与していたと言うべきかもしれない。内容に関しては、まだいろいろ触れたいことがあるのだが、やり始めると長くなりそうなので止めておく。
 最後に、大したことではないが、この映画の原題は「GIANT」であって「GIANTS」ではない。プロ野球の金満球団の名前に引きずられたのか、「ジャイアンツ」と複数形にしたのは誤りだったのではないだろうか。
(TOHOシネマズ南大沢、12月10日)
by krmtdir90 | 2018-12-15 23:59 | 本と映画 | Comments(0)
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