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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「僕の帰る場所」

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 日本とミャンマーの合作映画。まったくノーマークの映画だったが、渋谷の最終日に見ることができて良かった。
 藤元明緒監督(脚本・編集も)は1988年生まれと言うから、いまちょうど30歳の若さである。もちろんこの映画が長編第一作であって、その製作に至る経緯は、インターネットで読むことができるインタビューの中に詳しく語られている。彼はミャンマーという国について特に知識があったわけでもないし、難民問題にも特別興味があったわけでもないと正直に告白している。すべてが成り行きだったのであり、縁であり出会いだったと述べている。人生何があるか判らないものだ、と。
 ほぼ5年ほど前、何もないところから始まった企画だったようだが、日本で働くミャンマー人家族の物語を作ると決めて、実際にキャスティングをしてカメラを回したのは2014年の11~12月だったらしい。
 付け焼き刃でミャンマーのことを調べてみると、長く続いた軍事政権から、徐々に民主化が行われてまだ10年ほどしか経っておらず、ようやく文民大統領に移行して、アウンサンスーチーが国家顧問に就任したのが、まだ2年半ほど前の2016年3月だったようだ。企画がスタートして2017年に完成するまでの間にも、ミャンマーの情勢は刻々と変化していたのである。

 映画で描かれた家族の二人の兄弟は6歳と3歳で、彼らは日本育ちで日本語しか喋れないと設定されていた。と言うことは、撮影時点の2014年を基点として考えれば、家族が難民として日本にやって来たのは、2008年より以前ということになる。この映画では、そうした事情などはまったく説明されていないのだが、故国ミャンマーでは生活できないから日本に来たというのははっきりしていることで、そういう家族が当時の日本でどういう扱いを受けていたのかということを、この映画はしっかり記録に残しているのである。
 いま記録という言い方をしたが、この映画はドキュメンタリー映画ではない。だが、見始めてしばらく、ドキュメンタリーかと見紛うような撮り方をしていて、すべてが作られたドラマだったというのが判って大いに驚かされた。ドラマと言っても、この監督の撮り方(演出や編集の仕方)は非常に個性的で、ざっくり言ってしまえば、今年になってから次々に出会ったあの若い監督たち、ホアン・シー(黃熙)、三宅唱、五十嵐耕平といった監督たちの系譜に連なっているような気がした。
 子どもたちを軸にして、演技を意識させずに、あるがままの姿を撮るという姿勢が貫かれていると思った。藤元監督は、ソ連映画の「動くな、死ね、甦れ!」(ヴィターリー・カネフスキー監督、1989年)に衝撃を受けて映画監督を志したと語っていて、なるほどなと思った。

 映画は、前半が日本の東京で、後半がミャンマーのヤンゴンで撮影されたようだ。東京の小さなアパートで暮らすミャンマー人の家族は母親のケインと二人の兄弟で、父親のアイセはいま入国管理局に身柄を拘束されているらしい。彼は日本に来て何度も難民申請をしているが、いまだに認定されていないということのようだ。このあたりのことを映画は断片的にしか示さないし、その事情について説明してくれているわけでもない。そういう描き方はしていないのである。
 だから、ここでまた付け焼き刃で調べてみることになる。日本は難民認定のハードルが非常に高い国で、認定されないまま日本で生活する難民が増え続けているということらしい。難民は認定されなければ退去命令が出て拘束されるのだが、この時、家族や友人、支援団体などが身元保証人となることで暫定的に拘束を解かれる「仮放免」という制度があるようだ。ただし、仮放免中は身元保証人が生活の面倒を見る建前になっていて、当人の就労は認められていない。
 こんな建前が非現実的であるのはみんな判っていることで、彼らは祖国を後にした以上、日本で働かなければ生きてはいけないのである。だが、難民として認定されない限りは、彼らはいつまで経っても在留資格のない不法滞在者(国は不法残留者と呼んでいる)であり不法就労者なのである。現実には、こうして作為的に弱い立場に置かれた外国人労働者が量産され、人手不足を埋める安価な労働力として、日本人が働きたがらない最底辺の労働市場を支えているのである。実態としては、彼らは便利な使い捨て人材として、都合良く利用されているのである。

 映画の中で、父親アイセは友人たちの身元保証で一旦仮放免になるが、不法就労が見つかればまたいつ拘束されるか判らないのである。彼にはミャンマーに帰るという選択肢はもうないのだが、母親ケインの方は先の見えない生活に疲れ果て、国に帰りたいという思いを日々募らせているのも理解できる。日本に救いを求めてやって来た家族が、希望を見出すことができずに引き裂かれていく現実があることを、この映画は描いているのである。
 ただし、この映画は上に書いたようなことを問題提起したり、何かを告発したり訴えたりするような意図はまったく持っていない(ように見える)。そこには様々な矛盾や問題点が見え隠れしているのだが、それらはすべて背景として扱われているだけで、映画はあくまでこの家族の淡々とした日常を見詰め続けていく。この夫婦と子どもたちの生活の、細々とした側面を拾い上げていくことに終始するのである。
 結局、中盤になって母親ケインは身体を壊し、日本での生活に耐えられなくなってしまう。映画の後半は、彼女が二人の兄弟を連れてミャンマーに帰ってからのことを描いていく(父親アイセは日本に残り、彼らは別々に生きることになってしまう)。生活不安に追い詰められていた彼女は、ミャンマーでの生活が始まると次第に精神的安定を取り戻していくが、日本の生活しか知らなかった子どもたち、特に6歳のカウンくんの方は簡単にはミャンマーの生活に馴染むことができない。この状況は当然予想されたことだが、恐らく時間をかけて慣れさせ受け入れさせていくしかないということだったのだろう。

 子どもたちがどうなるのかというのが、後半のドラマの核心になると思われたが、映画はここである作為的な仕掛けを施してしまったのである。これは果たしてどうだったのか。
 悩み抜いたカウンくんは、とうとう一人で家出を敢行してしまうのである。ここまでは展開としてあり得るかなと思うが、このあと空港に向かおうとして街をさまよったカウンくんが、夜になって不意に日本語を喋る子どもたちに出会い、しばらく一緒に遊び歩くシーンが挿入されたのはどういうことだったのだろうか。ここだけ急に前後のつながりが判らなくなってしまい、そのあとの経緯もよく判らぬまま彼は母親たちの許に帰っていて、少しだけこちらの生活に慣れたような雰囲気を漂わせて見せるのである。
 残念ながら、この部分はまったく理解できなかったと言うしかない。ずっと日本で育ってきた子どもたちが、容易にミャンマーの生活に慣れることができないのはよく判ることだが、目に見えるきっかけを無理に作るのではなく、時間だけがこれを解決してくれると気長に考えるしかなかったのではないか。それは子どもたちの成長を信じるということになるはずである。
 どうやらこの映画は、そこのところを何らかの見えるかたちにして提示したいと考えてしまったのかもしれない。そんなふうに解釈するしかないような気がするのだが、これはたぶん必要のない操作だったのではないだろうか。映画としては、ここだけが意味不明の減点になってしまったような気がして残念だった。

 この点以外はホントに良くできた映画で、家族の生活実感が実にリアルに写し取られていて感心した。映画のモデルとなった家族は、一旦は離れて生活することになったが、ミャンマーの民主化の進行で国情がかなり良くなってきたということで、現在は父親アイセもミャンマーに帰り、家族一緒の生活を取り戻しているらしい。
 一方で、日本として外国人労働者をどう受け入れるのかという問題が、昨今のように大きくクローズアップされることになるとは、この映画の製作時には考えていなかったことだったかもしれない。これもまた偶然の成り行きということだが、この映画は非常にタイムリーな映画になってしまったのだ。そうなった時、この映画が安易な主張を前面に出したりせず、あくまでも家族の物語の中に様々なテーマを落とし込んでいたことが、逆に良かったという結果になったのではないかと思った。
(アップリンク渋谷、12月14日)
by krmtdir90 | 2018-12-17 18:06 | 本と映画 | Comments(0)
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