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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「マチルド、翼を広げ」

映画「マチルド、翼を広げ」_e0320083_2156395.jpg
 女性監督による母と娘の物語というのは、わたしのような男性観客からすると、果たしてどこまで理解できているのか自信が持てないところがあるような気がする。簡単に判ったような気にはなれない感じがあって、距離感として一番遠くにある映画と言っていいのかもしれない。決して取っ付きにくい訳ではないけれど、不用意に近寄っても思わぬ見落としがあるのではないかと不安が残るのである。ここにある女性同士の親密な気分には、男性を受け付けないバリアが張られているのではないかと思えてしまうのである。
 ことさらにこんなことを考えてしまうのは、この映画に描かれた母と娘の関係が、ちょっと考えにくいような不思議なリアリティと生々しさを持っていたからである。映画の設定としては、安易な共感や解釈を拒絶しているようなところがあると言ってもいいのではないか。こんなことは現実にあり得ないのが明らかなのに、そうした疑問を差し挟むのはこの母と娘の前では無意味なことになっていて、彼らはこの映画の中ではいとも自然な姿で存在しているのだった。

 主人公のマチルドは9歳の女の子で、精神を病んでいる母親とパリのアパートで二人暮らしをしている。この母親は情緒不安定で思い込みが激しく、突飛な言動で周囲を驚かせたり、ふっとどこかにいなくなってしまったりするので、マチルドはそのたびに彼女に振り回されている。マチルドは母親のことで頭が一杯のようで、通っている小学校では友だちもなく孤独な毎日を送っている。母親との会話はいつもすれ違ってばかりだが、彼女は懸命に母親を自分の許につなぎ止めておこうとしているように見える。離婚した父親はいまも彼らのことを気にかけていて、母親のことでマチルドが本当に困った時には、助け船を出しに来ることもあるようだ。
 こういう設定に説得力がないと言うつもりはない。しかし、普通に考えれば、この母親には日常生活を維持していく力はまったく欠けているのだから、日々の炊事洗濯や掃除といった雑事は誰がしているのかということが気になってしまうのである。見たところ室内は良く片付いているし、マチルドの服装なども身ぎれいで乱れたところはまったく見られない。こうしたことすべてを、9歳の女の子が全部気を遣ってやっていると考えるしかないのだが、さすがにそんなのは無理だろうと言いたくなるのである。こういうことはつまらないことかもしれないが、突っ込みどころとしては未処理の部分だということは言っておきたい。
 だが、その上で考えるのだが、恐らくこの映画はそうしたことを問題にする映画ではないのだと思う。とにかく、ここではそういう母と娘の生活が営まれていると設定したのであって、そのことを承認し受け入れて二人の関係を見ていくしかないということなのである。その前提に立って、マチルドと母親はお互いのことを深く愛しているというのが事実なのであって、それで一向にかまわない映画と見なければならないということなのである。
 それは、映画の途中で喋るフクロウが登場してくることともつながっている。喋るフクロウなどもちろん現実にはあり得ないし、それは説得力がどうとか言う問題ではないはずである。フクロウの言葉はマチルドだけに聞こえ、母親や他の人には聞こえないという設定になっていたが、このフクロウが母親からのプレゼントだったというのも、映画の展開の中では大きな意味を持っているように思われた。フクロウは母とマチルドの間の断絶を埋め、相互の愛情を見えるものにする橋渡し役を務めるのである。孤独なマチルドの友となり、心の支えとなっていくのである。

 こうしたことを見ると、この映画はリアリティとか説得力とかを云々するものではなく、ファンタジーとして考えるしかない設定と展開を持っていることが判る。マチルドが水の中に横たわっている(沈んでいる)イメージが繰り返し現れるのもそういうことだし、最後に彼女が身を起こして水中から出るイメージが置かれているのも象徴的である。母と娘の関係というのはよく判らないが、娘からすると母親の存在は絶対的で理解し難いところがあり、それに完全に囚われていながらも、必死で母親と共感しようとし、自分の方に向かせようとしているのが9歳のマチルドの姿だったのだろう。フクロウはそんなマチルドにつかわされた応援者であり庇護者だったのだ。
 映画の後半になって、母親の精神状態はさらに悪化し、マチルドの努力でもどうしようもないところまで追い込まれてしまう。結局、父親が助けに入って母親を病院に入院させ、マチルドは彼の許に引き取られることになるのである。マチルドは、ずっと一心同体のように生きてきた母親と離れるしかなくなってしまうのだが、それはある意味では仕方のないことだったのだろう。現実世界での彼らの生活はもはや限界に達してしまっていて、ファンタジーの力を借りても、その枠に収まらなくなってしまっていたということだったのかもしれない。
 映画はこのあと大きく時間を飛び越え、すっかり成長したマチルドが、病院で安定を取り戻したように見える母親を訪ねるシーンを描き出している。かつての母と娘が、ほとんど八方塞がりの迷路で立ち往生していたことを考えると、現在の彼らはすっかり新しいステージに進み出たように見える。病院の庭で花の世話をする母親と、それを手伝うマチルドとの間にはほとんど会話はないが、二人の気持ちが静かに通じ合っているのが見て取れた。折から降り出したにわか雨に濡れながら、二人が自己流のダンスを踊り合うシーンは良かった。ああ、マチルドは母親の呪縛を脱したのだなと理解できた。それでいながら、彼らはしっかりとつながっていることが判った。
 監督・脚本のノエミ・ルヴォウスキーは、みずからがマチルドの母として出演している。その演技力と存在感は見事なものだった。9歳のマチルドを演じたリュス・ロドリゲスという少女も、映画初出演とは思えない非常に印象的な演技を見せていたと思う。単に可愛いだけでなく、周囲をしっかり見詰めようとする意志の強さを感じさせて良かった。
(新宿シネマカリテ、1月15日)
by krmtdir90 | 2019-01-24 21:56 | 本と映画 | Comments(0)
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