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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「鈴木家の嘘」

映画「鈴木家の嘘」_e0320083_1725111.jpg
 長いこと引きこもっていた長男が、ある日突然、自室で首を吊って自殺してしまう。後に残された家族、父と母と妹がそれをどう受け止め、どんなふうに立ち直っていったのかを描いた映画である。一見したところ喜劇風テイストが感じられるフライヤーのせいで、公開時には何となく見る気になれなかった映画だった。ところが、先日発表されたキネ旬ベストテンで6位に入っているのを見て、これは見るべきだったかと思って調べてみたら、渋谷のアップリンクでまだ何回か上映予定があるのを見つけたのである。
 結論を言うと、見落とさないで良かったなと思った。非常に重い内容を持った映画だが、それをこんなふうにサラリと、ユーモアたっぷりの味付けで描いて見せたところに凄い才能を感じた。この深刻な題材で、この吹っ切れた感じはそう簡単に出せるものではない。
 監督・脚本の野尻克己という人は、1974年生まれの45歳で、「恋人たち」(2015年)の橋口亮輔監督を始めとして、最近の日本映画を代表するような多くの監督たちの助監督を務め、本作で念願の監督デビューを果たしたということだったらしい。その橋口監督が、プログラムに最大級と言っていい賛辞を寄せていた。「映画には、作る者に根拠がある作品と、ない作品がある。根拠がある作品は強い。どうしても伝えたい何かがあるということだ。この作品にも、胸を掴まれる瞬間が何度もある」。まさにその通り、納得である。

 同じ監督デビュー作品で並んでしまった「夜明け」の広瀬奈々子監督との決定的な違いが、ここにあったのだと感じた。あの映画には「根拠がない」ということだったのだ。プログラムに載っていた野尻克己監督のインタビューを読むと、この人は実生活で実際に兄を自殺で失った経験があったのだと明かされていた。自分が映画監督になるのであれば、まずこのことを真っ先に描かなければ前に進めないと考えていたらしい。この事実はきわめて重いと思う。
 しかしながら、こういう実体験があったというのは、周りからは想像できないくらいの大きなプレッシャーもまたあったということだろう。映画のために体験に基づく設定を作り、登場人物を動かしてストーリーを構成していっても、どうしてもみずからの体験の大きさに囚われてしまって、それに関わる諸々のことについて、客観的に事態を見詰めていく冷静さを保てなくなってしまうのではないかということである。
 だが、この監督は実に落ち着いていたと思う。この映画の凄いところは、どこでも笑いを取ろうとしていないにも関わらず、登場人物がただ目前のことに必死になっているだけで、そこに何とも言えないユーモアが浮かんでしまうところなのである。必死になればなるほど滑稽に見えてしまうという現実。受け入れ難い死を前にしても、残された者は何とかして生きていくしかないのだという現実に対する、これはまさに開き直りなのだ。そして、そこに「伝えたい何か」を見出そうとしている作者の真剣さが、つまらない作為に頼らなくても、人物を見詰める暖かい眼差しとして自然に浮かび上がってきた結果なのだと思う。

 長男を溺愛していた母親は、首を吊った死体を発見したショックで、その自殺に関する部分の記憶だけを完全に失ってしまう。精神的に耐えがたい衝撃に見舞われた時、自分が認めたくない不都合な事実を全部削除してしまうということは、必死の防御態勢としてけっこうリアルに起こりうることなのだという。病院でこの事実に直面した父と娘は、一緒にいた叔父・叔母とともに、彼女を悲しませないためにとっさの「嘘」をついてしまうのである。「引き籠もりが治った彼は、いまは叔父の仕事を手伝うためアルゼンチンにいる」というものなのだが、その場を取り繕うために思わず出てしまった言葉でも、それにみんなが縛られるしかなくなってしまう。
 それは、彼女が記憶を取り戻せば簡単にバレてしまう空しい嘘であるが、以後それを必死に維持することが家族みんなの課題になってしまうのである。それは端から見ると滑稽なことと言うしかないのだが、野尻克己監督は懸命にこの課題と取り組む彼らの行動を、優しい肯定感を持って丁寧に掬い上げていくのである。面白かったし、スリリングな感じもあったと思う。
 一方でこの映画は、父や娘もまたこの自殺という辛い現実となかなか折り合いを付けられないでいることを、しっかりと描き出していた。彼らの記憶は失われていないのである。そればかりか、むしろどこまでも鮮明なイメージとして彼らを苦しめるのである。だが、限りなく深刻であるはずの彼らの状況をも、野尻監督は常に喜劇的要素を見出しながら描いてみせている。

 長男がなぜか生命保険の受取人にソープランドの女の子を指定していたことを知り、その子を探しにひそかにソープランドを訪ねていざこざを起こしてしまう父親。そんなところとまったく無縁に生きてきた父親の戸惑いと、行き違うばかりの店員たちとのやり取りが可笑しい。
 一方、娘の富美は兄の最期の姿が忘れられず、同じように家族を自殺で失った体験者たちの集まりに行ってみる。お互いの気持ちを述べ合うことで、立ち直りのきっかけを模索する「グリーフケア」という集まりだったようだが、そこに参加しているいろいろな当事者の、当人は切実なのに周囲とは何となくズレてしまう様子が微妙な笑いを誘う。彼らは映画的には脇役なのだが、野尻監督はこうした人たちもしっかり造形することで、この中で初めて自分の追い込まれた心情を正直に吐露する気持ちになる富美の姿を、正面からしっかり捉えることに成功している。
 記憶を失った母親を筆頭に、彼らはみんな自殺という忌まわしい事実から目を背けて忘れてしまいたいのだ。だが、どう足掻いたところで逃げ続けることはできないし、嘘をつき通すこともできないことなのである。結局終盤で母親は記憶を取り戻し、彼らは三人三様の困難な過程を経てその先に歩み出して行くのである。映画の終わり近く、三人が霊媒師に来てもらい、長男を呼び出してもらうシーンは可笑しい。霊媒師が帰った後、母親に「あの人、イカサマね」と言わせるのが絶妙である。どんなに辛くても、もう進むしかないのだ。

 父親を演じたのが曲者・岸部一徳、母親が原日出子、娘の富美が木竜麻生というキャスティングだった。彼らは、叔父の大森南朋や叔母の岸本加世子、そして自殺した長男の加瀬亮も併せて、素晴らしいアンサンブルを作り出していたと思う。
 特に、瀬々敬久の「菊とギロチン」でヒロインの女力士・花菊を演じていた木竜麻生は、こちらの映画でも兄を自殺で失った妹という難役を鮮やかに演じ切っていた。キネ旬の新人女優賞を、断トツの票差で獲得したのは当然だと思った。この女優、何とも言えない芯の強さを感じさせて、その存在感はなかなか見事なものがあると思った。
(アップリンク渋谷、2月7日)
by krmtdir90 | 2019-02-10 23:59 | 本と映画 | Comments(0)
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