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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「グリーンブック」

映画「グリーンブック」_e0320083_18302677.jpg
 今年に入ってから、この映画の予告編を何度観たか知れない。映画の中には、予告編を観ただけで内容がほとんど判ってしまうというようなものが確かにあって、正直これは観るまでもないかと思ってしまったのも事実なのである。アカデミー賞の作品賞を受賞したこともこれに輪をかけて、あちこちから漏れ聞こえてくる評判などから判断しても、やはり「いかにも」という感じの映画のようで、積極的に観に行こうという気分にはなれないでいた。
 なぜ観に行ったのかと言うと、前日に大ハズレの映画にぶつかってしまったからである。賭けに負けてしまった反動と言ってもいい。どんなに判り切った内容であっても、とにかく感動的なストーリーを展開してくれることが絶対確実という安心感が重要だったのである。
 実際の映画はほぼ予想通りのものだったと思う。だが、多くの点で予想を大きく超えていた(いい意味で)ことも記録しておかなければならない。
 感動的なストーリーという点では実に見事な出来栄えだったと思う。久し振りに手放しの感動というのを体験させてもらった。監督のピーター・ファレリーという人は、これまではほとんどコメディ映画ばかり撮っていた(そして高い評価を得ていた)人らしい。この映画はコメディではないが、コメディで培ってきた彼の演出力が十二分に生かされたのではないかと思った。

 時は1962年、ニューヨークのブロンクスに住むイタリア系移民の白人、トニー・“リップ”・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)が主人公。彼は腕っ節の強さでナイトクラブの用心棒をしていたが、改装のためクラブが休業する期間の働き口を探していた。彼を雇ったのが、カーネギー・ホールの階上の高級アパートに住んでいる孤高の天才黒人ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)である。彼は人種差別の激しい南部に演奏ツアーを計画していて、頼りになる運転手兼用心棒を必要としていたのである。
 トニーは黒人差別をまったく当然のことと考えて生きてきた(差別主義の)男で、金のために黒人のボスの下で働くことを受け入れるが、この二人は考え方も生き方も何もかもが正反対で、容易に理解し合うことは出来ないだろうと思われた。ここがこの映画のポイントである。この二人が演奏に行く先々で、様々な出来事に遭遇しながら、最後にはお互いを理解し心を通わせるようになっていく。これが予想通りの映画の展開ということなのである。
 映画としてはバディもののロードムービーということだが、この二人をめぐるエピソードの重ね方が非常に巧みでリアリティがあったということになる。

 この二人は実在した人物だったようで、この映画でプロデュースと脚本を兼任したニック・バレロンガはトニーの実子だったらしいのだ。最初に父親のことを映画にしたいという彼の考えがあったことが、この映画のハートウォーミングな雰囲気の原点になっているような気がした。トニーはきわめて問題の多い男で、ピーター・ファレリー監督はそこのところをけっこう厳しく描いているのだが、がさつで無教養なのになぜか憎めない存在になっているのは、そのあたりが関係していたのかもしれない。
 題名になっている「グリーンブック」というのは当時、特にアメリカ南部を旅行する黒人に重宝されていたガイドブックで、厳然たる差別が存在する地域で、黒人が利用できるホテルや店の紹介などを始めとして、黒人が理不尽な暴力や逮捕などを避けて安全に旅行するために必要な様々な情報が掲載されていたということらしい。
 実際、ニューヨークではピアニストとして名声を確立していたドン・シャーリーであっても、この頃の南部でぶつかる差別は容赦のないものばかりで、成り行きからそういう様々な場面に立ち会うことになってしまうトニーが、次第に差別の誤りに目覚め始め、徐々に考えを改めていくところが、自然で無理のない経緯として描写されているのである。これ、けっこう泣かせるのである。

 観終わったあとで、同じくアカデミー賞作品賞を受賞したと記憶する、映画「夜の大捜査線」(ひどい邦題だが、原題は「In the Heat of the Night」)を思い出した。まるで同じと言ったら語弊があるけれど、映画としての作り(仕掛け)は瓜二つじゃないかと思った。
 帰ってから調べてみたら、こちらは1967年に作られた映画で、2018年から1962年を振り返った「グリーンブック」とは、製作環境がまったく違っていたことが判った。現在では差別の諸相の多くが否定されているが、「夜の大捜査線」が作られた頃はそうではなかった。主演のシドニー・ポワチエは南部での撮影の時に様々な嫌がらせを受けていたと記録されている。要するに、1962年にドン・シャーリーが受けたのと同じような差別を、シドニー・ポワチエもまた受けていたということである。それでも「この映画は作られなければならない」と当時の彼(彼ら)は考えていたのだろうし、ドン・シャーリーが差別されるのを承知の上で、南部に演奏旅行に行こうと考えたのも同じことだったのかもしれない。

 「グリーンブック」では、トニーを始め白人が黒人を差別する様子を非常に赤裸々に描いていたと思うが、あまり躊躇なくそういうことが出来たのは、恐らくこれが現代の映画だったからだろうと思うのである。いまはもう、皆がこんな差別は止めなければならないと感じるようになっていて、それが人々の共通認識になっていることが判っているので、逆に具体的な差別を遠慮なく演じることが出来たのだと思った。あまりにあっけらかんと描かれることで、そういう行為の馬鹿馬鹿しさがいっそう際立つことになっていたと思う。
 「夜の大捜査線」の頃はそうではなかった。表現の仕方にもっと細心の注意が払われていて、もっと背水の陣だったことが「グリーンブック」を観て判ったような気がした。同じ差別主義者を造形するにしても、トニーは裏のない饒舌さが特徴になっているが、署長のロッド・スタイガーは、その内側を見せないように寡黙に振る舞うしかなかったのだろう。同じような差別を扱いながら、二つの映画がそれぞれ選択した描き方の違いが興味深かった。
 「夜の大捜査線」の終わり方(署長とティップス刑事が別れの駅頭で無言で短い握手を交わす)は感動的だったが、それは1967年としてギリギリの描き方だったのだろうと想像された。「グリーンブック」の終わり方(ドン・シャーリーがトニーの家を訪ね、二人の交流がこのあとも続くことを暗示する)はずっと現代的な終わり方だったと言えるだろう。こういう暖かいハッピーエンドを「甘い」などと言ってはいけないと思う。トランプの出現を始め、いまや非寛容な風潮が至るところに蔓延する中で、こういうことがとても大事なことではないかという、きわめて差し迫った主張があるというふうにも読めるような気がした。

 「グリーンブック」の終わり方は大好きだが、「夜の大捜査線」(監督:ノーマン・ジュイソン)の終わり方も実に素晴らしかったと思っている。
(立川シネマシティ1、3月29日)
by krmtdir90 | 2019-04-03 23:59 | 本と映画 | Comments(0)
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