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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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「つげ義春/『ガロ』時代」(正津勉)

「つげ義春/『ガロ』時代」(正津勉)_e0320083_21023271.jpg
 行きつけの書店の店頭で、平積みされた本の中に思いがけずキクチサヨコがいるのを見つけて、迷わず買ってしまった。著者の正津勉という名前は以前聞いたことがある気がしたが、すぐには思い出せなかった。著者略歴を見ると、どうやら学生時代に「現代詩手帳」あたりで目にしていたものだったようだ。
 正津氏の学生時代はわたしより数年早かったようで、つげ義春が漫画雑誌「ガロ」(青林堂)の誌上に、大きな話題となった作品を立て続けに発表していた時期とほぼ重なっていたようだ。わたしがつげを知ったのは、いわゆる「ガロ」時代が一段落して、1969年に青林堂から出た「つげ義春作品集」によってだった。だが、正津氏の「同時代」とは少しズレがあったものの、受けた衝撃の大きさには差異がなかったのではないかと思った。

 正津氏はこの本の中で、「ガロ」時代のつげの作品を一つ一つ詳細にたどり直している。図版も入ってはいるが、ほとんど文字だけでたどり直されるそれらを読みながら、どの作品についても、そのコマ割りや絵柄などが実に鮮明に甦ってくることに驚いた。こんなにしっかり記憶されていたのかと、過去のわたしに対する認識を新たにした。
 つげ義春の「ガロ」時代と言った時、その期間というのは意外なほど短い。上記の「つげ義春作品集」に収録されているのは全部で17編だが、最初の3編「沼」「チーコ」「初茸がり」が「ガロ」に載ったのは1966年2~4月だったようだ。これらはあまり評判にはならず、つげはこのあと一年近いブランクを経験することになる。だが、そのあと1967年3月から1968年8月まで、堰を切ったように立て続けに発表した14編によって、つげはこれまで誰も描いたことのないようなマンガ世界を現出させたのである。だが、その後は再び一年半近い沈黙期間に入ってしまって、以後はまったく飛び飛びにしか作品を発表できなくなってしまう。結局、上記14編の短い期間こそ、つげ義春の最良の作品が並んだ「ガロ」時代だったのだと思う。
 以下にそのタイトルを書き抜いておく。
 1967年3~12月、「通夜」「山椒魚」「李さん一家」「峠の犬」「海辺の叙景」「紅い花」「西部田村事件」。1968年1~8月、「長八の宿」「二岐渓谷」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」「ねじ式」「ゲンセンカン主人」「もっきり屋の少女」。タイトルを書くだけで、様々なシーンや印象的なセリフが次々に浮かんでくる。正津勉氏は上記3+14編の他に、1966年1月の「不思議な絵」と1970年3月の「やなぎ屋主人」を取り上げているが、わたしにはこれらを付け足す気分は生まれてこないように思う。

 1966年から68年というのはつげが29~31歳という時期に当たっていて、この「ガロ」時代を「若い才能ある人間に生涯一度だけ訪れる奇跡の時期」だったと考えれば、「不思議な絵」のつげはまだそれ以前の場所にいる気がするし、「やなぎ屋主人」ではそれが終わってしまったような気がしてならないのである。「やなぎ屋」以後のつげはきわめてまれにしか作品を発表しなくなってしまうが、その幾つかは読んでみてもあまり面白いとは思えなかった。
 3+14編にはそれぞれの良さがあると思うが、正津氏はそれを、構造的な視点を持ちながら一つ一つ丁寧に解き明かそうとしている。特に、当時のつげがどんなところから影響を受けていたのかを明らかにしている部分は良かった。この時期のつげは白土三平から大きな影響を受けていたが、そこから井伏鱒二や柳田国男・宮本常一などの名前が出てくるのもなるほどと納得させられた。この時期、つげは白土三平や友人の立石慎太郎に導かれて「旅」の面白さに目覚めているが、これがつげの作品の大きな飛躍のきっかけとなったのは確かなことだろう。様々な「旅」を通じて、つげは自らの内にあったまだ見ぬ感性と出会うことになったのだと思う。
 どの作品もわたしの記憶に深く刻まれているが、その中から試みに3つを選ぶとすると、「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」「李さん一家」などは外れて、やはり「紅い花」と「もっきり屋の少女」「ほんやら洞のべんさん」ということになるだろうか。キクチサヨコやシンデンのマサジ、そしてコバヤシチヨジといった固有名詞はわたしの中に忘れ難く刻まれているし、べんさんと幼い娘(名前はついていない)のイメージはいまも強い印象として残り続けている。つげが書いたのはマンガだったが、それらは極上の短編小説を読み終えたような、何とも言えない豊かな読後感を残したと思う。こんなマンガが描ける人はつげ義春のほかにはどこにもいなかった。

 正津氏のこの本は、つげ義春について何か新しい視点や解釈などを示しているわけではない。同時代人として氏がつげから受けた衝撃を、いまの時点で(75歳?)もう一度振り返って確かめようとしたもののようだ。わたしにとって特に驚くような発見はなかったが、それでもかつてつげ義春にどっぷり浸かったことのある者としては、単純に懐かしく楽しい読書だったと思う。ただ、この人が書く文章というのがなんかあちこち壊れているような感じがして、もちろんそれは意図的なものだとは思うのだが、なぜそんな書き方をしなければならないのか理解できず、その「独りよがりな書き方」にずっと違和感が消えなかったのは残念だったと言っておきたい。
 なお、正津氏がこの本の中でたびたび言及している「つげ義春とぼく」(つげ義春)という本を、わたしはたぶん持っているはずだと思って探してみたらあった。
「つげ義春/『ガロ』時代」(正津勉)_e0320083_21031416.jpg
 これ、改めて読み直す気にはならなかったが、パラパラと捲ってみただけでなかなか興味深い本だったことが思い出された。晶文社から出たもので、奥付は1977年、定価は当時としてはかなり高価な1600円とあった(ただし、この頃はまだ消費税なんていう馬鹿げたものはなかった!)。因みに、先に触れた「つげ義春作品集」はB5サイズの箱入りの立派な本だったが、何と740円だった。それでも当時はけっこう高かったはずである。


by krmtdir90 | 2021-02-11 21:07 | | Comments(2)
Commented by yassall at 2021-02-14 16:48
ご無沙汰しています。私もhontoに注文してしまいました。Amazonでは品薄のようでした。リニア新幹線の方もめざとく発見なさいましたね。中止すべきだと思います。一度予算がつくとなかなか変更されませんが、静岡県にはぜひ頑張ってもらいたいと思っています。
Commented by krmtdir90 at 2021-02-16 17:30
コメントありがとうございます。
お元気ですか。
yassallさんも、やはりつげは特別なんですよね。何か書いてくださいよ。

コロナ、このまま下火になってくれればいいけれど、それでも油断禁物の状態はまだしばらく続くのでしょうね。我慢もすでに限界に来ている感じなので、本を読んでも長続きしないし、何か書こうと思ってもなかなか集中できません。
旅に出たいと、毎日思っています。

ワクチン接種が始まったら、どうすべきなんでしょうね。効果のこととか副作用の問題とか、情報が決定的に不足している気がするし、悩ましい問題です。
natsu
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