18→81


主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング

2016年 11月 05日 ( 1 )

「凍原」(桜木紫乃)

e0320083_1042814.jpg
 というわけで「凍原」を読み直したのだが、やはりこれは失敗作だろうという思いを強くした。
 「凍原」は桜木紫乃としては3冊目の単行本で、2009年10月に刊行されている。短編集を間に挟んで、5冊目が「硝子の葦」で2010年9月、6冊目が「ラブレス」で2011年8月になっている。1冊目の短編集「氷平線」は2007年11月で、このデビュー時から短編では十分な才能を発揮していたが、長編では少し試行錯誤の時期があったような気がする。
 「硝子の葦」の時、作者自身が「削ぎ落とす快感に目覚めた作品」と言っているのが解説に紹介されていて、なるほどなと思うと同時に強く印象に残ったのだが、短編と違って多くの登場人物を動かし、きちんとしたストーリーを展開しなければならない長編では、「書くか削るか」の筆加減は相当難しいところがあるのではないかと思う。このあたりの加減というのが、この「凍原」の頃はまだ安定していなかったということだろうか。

 「多くを語らない」というのが桜木作品の初期からの美点だと思うが、ミステリにおいては削り過ぎは判りにくさと表裏一体という面があると思う。「硝子の葦」は登場人物もそれほど多くなく、人間関係も比較的追い易かったので何とか成立したのではないか。しかし、「凍原」は登場人物も多く、その関係も錯綜していて、しかも過去から現在への長い時間軸というのが絡んでくるから、語り方をよほど注意深く考えないと、読者にはきわめて判りにくいものになってしまうということだろう。
 北海道警釧路方面本部刑事課の刑事・松崎比呂と片桐周平が、ある殺人事件の謎を追うというのが作品の基本構造になっているが、「氷の轍」のようにその構造が終始貫かれるかたちにはなっていない。彼らが追う殺人事件の他に、松崎比呂がまだ子どもの頃に起こった実弟の失踪事件があり、またきわめて唐突に、戦争末期の樺太での出来事などが挿入されているのである。もちろんこれらは最後に殺人事件と絡み合うことになるのだが、読者としてはちょっと複雑過ぎて追うのが辛くなってしまった。これは、追うのが辛くなってしまうような書き方を、作者がしてしまったということではないのだろうか。

 ストーリーの「謎」に当たることが複数あり(一つではなく)、それが明らかになる過程も前後していたりして(直線的ではなく)、そこに「多くを語らない」「削り過ぎ」の傾向があるということだと、読み終わってからまた前に戻り、あちこちひっくり返さないと事件の全貌が見えてこない結果になってしまったように思う。辻褄を合わせるには説明不足のところがあると感じられ、とりわけ殺人の動機にはもう一つ判然としないものが残ったと思う。
 作者としては最も書きたかったと思われる、樺太から始まる女たちの波乱に満ちたストーリーも、特に現在に繋がっていくところは「削り過ぎ」だったような気がした。もう少し丁寧に物語ってくれないと、それぞれの辿ってきた人生の重みは焦点を結ばないし、彼女たちの存在感も深まらないように感じられた。バラバラだったものが繋がっていく時というのは、そこに相互のどんな思いが介在したのかをもう少し語らないと、ただストーリー的に繋いでみただけに終わってしまうのではないだろうか。結局、動機に繋がる人間関係が腑に落ちなかったというのが、この小説の最大の問題点だったと思った。

 全体として見ると、やはりいろいろな要素を詰め込み過ぎだったような気がした。そして、それらが絡み合い結びついていく過程は的確には書けていなかったということになるだろう。読者としてはもう少し判りやすい謎解きの順序を考えてほしかったし、要所ではそういうことが成立する根拠をもう少し書き込んでほしかった気がするのである。たぶん「ラブレス」などと同じく、もう少しページ数が必要だったストーリーなのではなかろうか。
 そういう意味では「氷の轍」はバランスが取れていたし、余計なことを考えずに桜木紫乃ワールドを堪能することができた。3冊目の単行本と16冊目の単行本の差はやはり大きかった。彼女の筆力はいま、確実に円熟に向かっているということなのだろう。
by krmtdir90 | 2016-11-05 10:04 | 本と映画 | Comments(0)


カテゴリ
以前の記事
画像一覧
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
メモ帳
ライフログ
検索
外部リンク
ファン
ブログジャンル