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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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2016年 11月 21日 ( 1 )

高校演劇2016・埼玉県大会(2016.11.19~20)

 11月19・20日の2日間、彩の国さいたま芸術劇場に埼玉県高校演劇中央発表会を見に行ってきた。前日にベトナムから帰って来たばかりで、かなり疲労は残っていたが、1、2校でちょっと睡魔に襲われたのは事実だが、基本的に居眠りすることもなく、10校の舞台をしっかり見させていただいた。以下、幾つかの学校についてだけ書かせてもらうことにする。

 農大三高の舞台「翔べ!原子力ロボむつ」を「コピーじゃないか」と否定する人がいたらしい。審査員がどう考えていたかは知らないが、何をもって「コピー」と判断するのかはきわめて不明確なものであり、台本に忠実であろうとすればおのずと似てしまうところは出てくるものだと思う。また、この言い方をする人は、既成台本をやる場合は(審査する場合も)すべてオリジナルの舞台を見ていなければならないという、無理な要求を前提にしていることに気付かなければならない。
 畑澤聖悟氏のこの台本は、基本的には何もない舞台上で、役者の(集団であれ単独であれ)動きとセリフだけでストーリーを展開させていくものである。しかも、それは非常に完成度の高いものになっているため、演じる学校は自分たちなりの個性や改変を加えることが難しい本だったように思う。昨年の「もしイタ」もそうだったが、地域に根ざした問題を扱っているために、たとえば言葉一つを取っても、その土地の言葉を忠実に「コピー」するしかないのである。
 地域性の高いこうした台本をそこから遠く離れたところで取り上げるのは、それだけで大きな困難を伴う作業である。しかも、農大三高の選んだ2本の台本は、高校生が舞台として成立させることがなかなか難しい台本で、どこの高校でも簡単に手を出せる種類のものではなかったと思う。津波に襲われることは絶対にない、原発とも放射性廃棄物(中間貯蔵施設や最終処分場)ともまったく縁のない埼玉の地で、積極的にこれを取り上げようとした農大三高の挑戦は正当に評価されなければならないと思う。実際、彼らは水準を遥かに超えた舞台を作り上げていたのである。
 高校演劇(部活動)が教育の一環であるなら、この舞台を作っていく過程で彼らがこの問題で多くのことを学び、この上演を通じて客席にもその問題意識を届けられていたことが認識されなければならない。審査員は誰もそのことに触れていなかったが(地区審査に行ったSさんは触れていた。さすが!)、仮に「コピー」から出発していた部分があったとしても、青森県と埼玉県の遥かな隔たりを彼らが一生懸命跳び越えようとした意欲は否定されるべきではないと思う。わたしの中では、この舞台が最優秀だったことを言って置きたい。

 現実の方で最優秀になった秩父農工科学の「流星ピリオド」については、あまり語りたいことがない。審査員が述べていた「これを評価する理由(らしきもの)」はどれも納得できるものではなかったし、この舞台の良さがわたしにはまったく伝わってこなかった。舞台上で生徒たちにこんなことをやらせてどんな意味があるのかが判らなかった。LINEという「現代風俗」を取り上げたことは新しく見えるが、そこにある問題意識は案外底が浅く薄っぺらで、最後の唐突な飛び降りのシーンを含めて、「思わせぶり」と「作為的衝撃」だけの表面的描写に終始していたように思う。審査員のどなたかが今回も「総合的力量」の言葉を使っていたと思うが、この手の「神話」に審査員が依然として囚われているようでは生徒が不幸だと思った。

 新座柳瀬の「Love&Chance!」が関東大会に駒を進めたことは、この地区(西部A)にずっと寄り添ってきた者としてはこの上なく嬉しいことである。高校演劇にとっては確かに異端の舞台だが、こういう楽しい世界があるのだということをアピールできたのはとても良かったと思う。地区大会の時はまだ見え隠れしていた弱点が見事に修正され、楽しいだけで後に何も残らない(幸せな気分だけが残る)王道コメディの一つのかたちが完成していた。
 わたしの中では、この舞台はもう一つの最優秀である。客席を完全に捲き込んで、ちょうど5年前の「I Got Rhithm!」を彷彿とさせたが、あの時は成り行き任せの思いがけない展開というところがちょっとあったと思う。しかし、今回は違う。すべてが作者の作戦であり、意図的な計算によってこれが実現されたことは素晴らしいことである。もちろん、芝居には無数の想定外が起こり得るのだが、長年標榜してきた「大衆演劇」のツボを立派に獲得していたのは確かだと思う。生徒たちも地区大の時よりまた一段と成長して、実に伸び伸びと役を演じていたのが印象的だった。
 今後(関東後)に向けて一つだけ書いておきたいと思う。部員が少ない中ではなかなか大変なことなのだが、大道具はやはり生徒に作らせる方向を模索してほしい。今回のように大道具の美しさを褒められたりすると、ほとんど顧問が作ったものでは申し開きができないと思った。少なくとも半分以上は生徒が作るのが高校演劇だと思っている。しっかり教えてやれば、男女にかかわらずけっこうやれるものです(時間はかかるけれど)。

 今年の県大会は、出場10校中4校を「コピス」の仲間が占めた。ずっとコピスのフェスティバルに関わってきた一員として、これは素直に喜んでいいことだと思っている。上記の農大三高・新座柳瀬に、「生徒総会」を演じた県立坂戸、そして「男でしょ!」をやった星野である。
 こうして並んでみると、4校の舞台はいずれも他に抜きん出た個性を持ち、それぞれが独自で多様なかたちでお客さまに楽しんでもらおうという、一本の芯のようなものが通っていたのではないかと思う。お客さまがいて初めて自分たちは存在できるということ、これは明らかにコピスの経験によって培われた感覚であり、われわれが大いに誇っていいことではないだろうか。コピスのフェスティバルは内向きの自己満足(どことは言わないが)とは無縁なのである。
by krmtdir90 | 2016-11-21 16:09 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(6)


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