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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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2018年 04月 15日 ( 1 )

映画「港町」

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 分類をすればドキュメンタリー映画ということになるのだろうが、想田和弘監督はみずからが作る映画を「観察映画」と呼んでいて、これはその第7弾になるものなのだという。想田監督の映画を観るのは初めてだったが、その世界にすっかり惹き付けられてしまった。

 プラグラムに監督自身が唱える「観察映画の十戒」なるものが載っている。「被写体や題材に関するリサーチは行わない」から始まって、「被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、原則行わない」とか「台本は書かない。作品のテーマや落とし所も、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない」「必要ないかも?と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す」といった、なかなかに興味深い「戒め」が列挙されている。
 基本的な考え方は先日観た「苦い銭」の王兵(ワン・ビン)監督に似ていると思ったが、映画としての方向性は少し異なっているように思われた。想田監督は1993年以降、普段はニューヨークに住んでいて、撮影のために(その時だけ?)日本を訪れて、その時の興味のままに日本の何かと向き合って撮影しているということで、恐らくそのことが関係しているのかもしれないと思った。この映画では、瀬戸内海に面した岡山県牛窓町(2004年の町村合併で、現在は瀬戸内市の一部となっている)というところでカメラを回し、その海辺の町に暮らす人々の日常を映画に収めている。
 被写体となるのは主として一人暮らしの老人たちで、彼らはカメラを向けられると、その前で訥々と、あるいは思いがけず雄弁に、様々なことを語ってみせるのである。本来寡黙であっただろう彼らが語り始めるまでに、恐らく長い助走があったに違いないと想像される。だが結果的に、カメラは確かにその撮影過程の中に、彼らの人生、あるいは見え隠れする共同体のかたちといったものを掬い取っているのである。何ということもない日常の細々とした断片なのだが、それらがこんなにも豊かな表現になりうるということが驚きだった。

 この映画のスタッフは考え得る最小の構成である。監督・製作・撮影・編集:想田和弘、製作:柏木規与子。これで終わりなのだ。たった2人で映画を撮ることが可能になったのは、映画がフィルムからデジタルに変わったからである。尺を気にすることなく気の済むまでカメラを回し続ける、こういう「観察映画」が成立するようになったのもこのためである。そして、このことがいま映画の大きな可能性を広げているということなのだろう。
 2人が牛窓でカメラを回し始めた時、多くの住民は遠巻きにそれを眺めるばかりだが、妙に馴れ馴れしく近寄ってくる住民もいるのである。クミさんという老婆なのだが、撮影の2人は(すぐにそれに飛び付くのではなく)彼女とある程度の距離を保ちながら、何となく彼女に導かれるようなかたちで、この町の古い共同体の中に入って行くのである。

 始まりは、彼女がワイちゃんと呼ぶ耳の遠い腰の曲がった漁師である。黙々と魚網を縫う姿から始まり、彼が船を出して網を仕掛け、再び船を出して網を引き上げる過程を、じっくりと「観察」し始める。上げた網に絡みついた魚を、一匹一匹外していく手許を飽きることなく凝視する。港に戻り、水揚げをして、港に付随した小さな市場に運び、仕分けをしてそれが競り落とされていく様子を、引き続き淡々と「観察」していくのである。こうした、これまでこの町でずっと繰り返されてきたであろう日常が、何とも興味深く面白いものに感じられたのは不思議なことである。
 カメラはさらに、数人の競りの中にいた一人の後について、箱詰めされた魚とともに集落の中にある小さな魚屋へと向かう。夫婦が営む魚屋で、今度は魚に若干の加工を施したり、売り場に出すためのパック詰めの手作業などを「観察」する。それを買いに来る近所の人たちや、お得意に配達して回る軽トラックの助手席に同乗して、その先で出会う人たちとのやり取りなどをカメラに収めていく。また、店に来て、捨てられる粗(あら)を貰っていく女性について行ったりする。彼女が狭い台所で粗を煮始めると、どこからともなく猫がたくさん集まって来て、彼女がこれを残り飯と混ぜて猫たちに与えていることが見えてくる。また、カメラの2人がこの女性と(比較的若い女性で、この時は旦那さんも一緒だった)外の路地で話していると、たまたま通りかかった年配の女性がお墓に行くと言うのを聞いて、少し後から山の上の墓地に行って、今度はこの女性に話を聞いたりするのである。
 確かに「行き当たりばったり」であり、話を聞くといっても、こちらから何かを聞き出すというのではなく、相手が自然に話し始めるのを根気強く待っている感じなのである。その姿勢は非常に好感が持てるもので、こちらから何かを仕掛けるということがまったくないから、逆にそこにあるものが見えてきてしまうということが自然に実現されているのだと思った。

 圧巻だったのは、終わり近くになってからのクミさんの独白だった。彼女は時間の経過とともに、しつこいくらいカメラを回す2人に付きまとってくるようになっているのだが、ある日の夕暮れ時、丘の上の小学校跡が病院になっているから行ってみるといいと2人を誘うのである。もう暗くなるからと、2人は一旦は誘いを断るのだが、例によって何度も強く誘ってくるクミさんに根負けした感じで、彼女の後について坂道を上っていくことになる。
 この丘の上で、クミさんは不意に自分の過去について語り出す。幼い時から「まま母」に育てられたこと、息子と無理矢理引き離されてしまったこと(この経緯は、彼女が興奮してしまったこともあってもう一つはっきりしない)、希望を失い死のうとしたことなど。撮影する2人はほとんど聞き返すことをせず、そのため事実関係としてはよく判らないことが多いのだが、クミさんの中にずっと溜まり続けていた澱のようなものが、唐突に溢れ出てしまったこの瞬間を捉えてしまうのである。この時のクミさんは(言葉は変かもしれないが)鬼気迫るようなところがあった。
 まったく予期せぬものを、カメラは捉えてしまうことがある。だが、この映画はそのことに何らかの意味を与えたり解釈を加えたりはしていない。先の「十戒」には次のように記されている。「撮影は『広く浅く』ではなく、『狭く深く』を心がける。『多角的な取材をしている』という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む」「編集作業でも、予めテーマを設定しない」「観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す」。

 映画の最後に、クミさんが映画完成前に亡くなったという字幕が出る。そこには「追悼」という言葉が添えられていた。クミさんを始め、多くの人たちの姿がこの映画の中に捉えられている。予定調和の意味づけや方向づけが行われないことで、彼らは文字通りそこに生きた者として残されることになった。「十戒」には次のような言葉もある。「ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。それらの装置は、観客による能動的な観察の邪魔をしかねない。また、映像に対する解釈の幅を狭め、一義的で平坦にしてしまう嫌いがある」。
 この映画はモノクロームだったのだが、それがこの映画に奥行きを与え、観客の想像力をかきたてる力になっていたと思う。監督の言によれば、撮影はすべて(デジタルとして当然のごとく)カラーで行われたのだが、編集段階でモノクロームに変換してしまうアイディアが生まれたのだという。これは素晴らしいアイディアだったと思う。最後の最後にワンカットだけ、牛窓の港の情景がカラーで短く映し出されるのだが、その息を呑むような美しさが(特にどうということもない平凡な情景に過ぎなかったのだが)強く印象に残った。色彩にしてもナレーションや音楽にしても、それを敢えて除外することが限りなく豊穣な世界を作り出すということがあるのだ。
 上映時間122分、映画の思いがけない面白さを発見させてくれた、実に素晴らしい映像体験だったと思う。観に行って良かった。
(渋谷イメージフォーラム、4月13日)
by krmtdir90 | 2018-04-15 11:08 | 本と映画 | Comments(0)


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