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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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2018年 10月 05日 ( 1 )

映画「純平、考え直せ」

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 奥田英朗(ひでお)の同名小説の映画化だったようだ。彼が直木賞を取ったのは2004年上半期だが、それ以前に何度も候補に挙がりながら受賞を逃していた時期があって、その頃はけっこう読んでいた記憶がある(もうすっかり忘れてしまったが)。この「純平、考え直せ」は2011年に刊行されたようで、この頃にはもう彼の小説を追いかける気はなくなってしまっていたので、今回の映画も奥田英朗だから見に行ったということではない。
 面白い題名だなと思ったのが最初で、この純平というのが新宿・歌舞伎町でチンピラヤクザをやっている男だというのを知って、ちょっと見てみたくなったのである。

 組の下っ端として雑用などに追われていた純平(野村周平)は、ある日、対立する組の幹部を取って来い(殺して来い)と命じられてしまう。いわゆる「鉄砲玉」である。任侠の世界に一途に憧れる純平は、「これで一人前の男になれる」と勇み立つ。その決行までの3日間を描いたのがこの映画だった。帰りに本屋(ジュンク堂)で原作の文庫本をパラパラ見てみたが、小説の方もほぼ同じような内容で、これは原作のかなり忠実な映画化になっていたようだ(監督:森岡利行)。
 純平は何十万かの支度金と拳銃を渡され、高揚した気分になって夜の歌舞伎町で遊ぶのだが、ひょんな経緯から加奈という女の子(柳ゆり菜)と知り合って一夜を共にする。さらにいろんな経緯があって、彼は彼女と離れられなくなって(簡単に言えば、恋に落ちて)しまうのである。この映画は一言で言えば、刹那的で危なっかしいばかりの若い二人の「純愛物語」だった。

 「純平、考え直せ」という題名は、鉄砲玉になって突っ込んで行こうとする純平に対して、「考え直せ」と呼びかける者がいたということである。だが、それは展開上、必ずしも加奈ということにはなっていないのが面白かった。もちろん彼女も、最後には「一緒に逃げよう」と純平に迫るのだが、彼に「考え直した方がいいんじゃないの」と呼びかける声はもっと他から出ていたのだ。その声は加奈に向かっても「純平を止めなくちゃ」と呼びかけたりするのである。
 これが、加奈とSNSの掲示板でつながった、幾人もの見知らぬ他人の声だったというのが新鮮である。最初の夜に純平がイキがって「鉄砲玉になる」と口走ってしまったのを、加奈が軽い気持ちで「鉄砲玉だって」と書き込んでしまったことが始まりだった。最初は「冗談だろ」と取り合わなかったネット上の友人?たちが、その後の加奈の書き込みから次第に面白半分の盛り上がりを見せ始め、無関心から賛否両論、さらにおせっかいや嘲笑などもとり混ぜて、どんどんエスカレートしていくところが興味深い。その書き込みはさらに、加奈がつい成り行きで純平の名前や歌舞伎町という地名を書き込んでしまったことで頂点に達する。

 小説がこのあたりをどう描いていたのか判らないが、映画はこれらハンドルネームだけで発言する匿名の声の主たちの姿を、実際の映像として短く挿入して見せるのである。そこには、年齢も性別も住む世界もまったく違った一人一人の姿があって、思い通りにならない彼らの生活や、絶望や寂しさや憤懣といったものに満ちた辛い現実が見え隠れしているのである。彼らの中には、パズルのように特定された純平を探し出し、彼の破滅を止めなければならないという思いから、実際に歌舞伎町に向かう者さえ出てくることになる(もちろん、彼らが純平と出会うことはないのだけれど)。
 この展開というのはまったく思いがけないもので、もちろん純平と加奈の3日間というのが映画のメインストーリーなのは揺るがないのだが、その端々に挿入されるこのネット上の声の数々が、2人が追い込まれた状況の切迫をいっそう強調するように働いていたと思う。それだけでなく、声を発している見知らぬ者たちの様々な背景が、きわめて「生きにくさ」に満ちたものであることがうかがえて、それが純平たちがこれから辿るであろう運命と響き合っているようにも感じられ、妙にリアリティのある展開に見えてきて面白かった。

 だが、「考え直せ」という声に対して、純平が考え直してしまったら彼は男になれないわけだし、この題名も成立しなくなってしまうだろう。彼は絶対に考え直すことがないからこの映画が成立しているのであって、純平の行き着く先は見えているということなのである。
 結局3日目の深夜、純平は標的の組幹部に銃口を向ける。映画は、彼の拳銃が発射された瞬間までは捉えているが、弾が命中したかどうかまでは描かない。だが、その直前に、振り返った幹部の両脇を固めていたガードの銃口が、ピタリと純平に向けられていたことをはっきりと映し出していた。純平が役目を果たせたかどうかは不明だが、彼が射殺されたことだけは明らかであるように思われた。残念ながら、九分九厘それは間違いないという終わり方になっていたと思う。
 ラストシーンで、彼の帰りを待っていた加奈の許に、幻の純平が現れて抱擁を交わすというショットを挿入したのは余計だった気がした。幻が消えた後の加奈の放心したような表情が印象的だったので、余計なことはしないでそのアップだけで終わった方が、わたしの好みには合っていたように思った。
(立川シネマシティ1、10月3日)
by krmtdir90 | 2018-10-05 10:46 | 本と映画 | Comments(0)


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