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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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2018年 10月 08日 ( 1 )

映画「クワイエット・プレイス」

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 全米で大ヒットというので見に行ったが、この映画は「ハズレ」だった。書きたいこともあまりないが、一応記録だから書いておく。

 視覚を持たず、音に反応して人間を襲うクリーチャーによって、すでに人類の大半が死滅した終末世界というのが設定である。この設定の下で、人里離れた農場の一軒家に、音を立てないようにして生き延びている家族がいる。映画は他の要素にはまったく目を向けず、この家族を描くことだけに注力している。恐らく、低予算で必然的に選択された道だったと思うが、その範囲でそれなりに頑張っていたとは言えるのかもしれない。
 だが、とすぐに言いたくなってしまうのが、この映画のダメなところである。アイディアとしては面白いと思うが、現実の世界には様々な音が溢れているのであって、その中でどういう音がタブーなのかという線引きが、あまりはっきりしていなかったように思えた。どうやら自然界の音は問題ではないらしく、一応は人間の声や人間が立てた物音に限定されていたようだが、物音全般を見れば、それが人工的なものかそうでないかは明確に区別することなどできないものだろう。この種の曖昧さがこの映画ではあちこちに散見され(一々指摘はしないが)、観客が映画の中に入り込むことを妨げていたように思う。当然、映画を作っている側や登場人物たちにはその線は見えていたのかもしれないが、それが観客に共有されなければ、スリルもサスペンスも通り一遍のものにしかならないということである。
 この映画は「サバイバルホラー」という売り方をしていたようだが、一方で、危機に瀕した家族が互いに絆を確認し合い、その中で子どもたちが成長していく物語という側面があったと思う。それはかまわないのだが、一つのクライマックスとなる父親の自己犠牲というのは、いかにも取って付けた感じがして少々シラけてしまった。クリーチャーは視覚がないのだから、父親が声を上げなくても、他に気を逸らせる方策はあったのではないかと思えてしまった。この映画は総じて、危機をクリアしていく部分の持って行き方が安易で、ストーリーが都合良く進み過ぎているところが目についたと思う。

 まあ、「ハズレ」と感じた映画についていろいろ書いてもつまらないので、このくらいにしておく。映画選びはしっかりやらなければいけないと思った。
(立川シネマシティ2、10月5日)

by krmtdir90 | 2018-10-08 23:59 | 本と映画 | Comments(0)


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