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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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2018年 10月 20日 ( 1 )

映画「止められるか、俺たちを」

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 白石和彌監督は若松プロの出身ということだが、1974年生まれの彼が若松プロと関係していたのは、監督・若松孝二としてはかなり終盤の時期だったはずである。この映画は1969年から71年にかけての若松プロを描いているが、白石監督はもちろんその頃のことは知らないのである。だが、若松孝二は年齢は重ねても往年の情熱をまったく失わなかった人のようだから、それを間近に見てきた白石監督としては、若松孝二と若松プロがまだ若くて最も輝いていた時代を、映画を撮ることで確かめたいという気持ちがあったのではないだろうか。
 当然この映画には、その若松孝二を筆頭に、当時の若松プロに出入りしていた多くの人々が実名で登場している。若松孝二は2012年に交通事故で死去してしまうが(享年76歳)、その他の人々はほとんどが存命している中で、それぞれの若かりし頃に現在の役者たちを当てて演じさせるというのは、恐らく相当ハードルの高い挑戦だったのではないか。だが、その試みは十分に成功していたと思った。
 若き日の若松孝二を演じたのは井浦新という役者だったが、彼は白石監督とともに終わりごろの若松プロにいて、若松監督の何本かの映画で、その演出を直接受けた経験があったようだ。インタビューで白石和彌監督は、井浦新が若松孝二をやってくれなければこの企画は成立しなかったと述べているようだ。彼は確かに、当時の若松孝二はこんなだったんだろうなと思わせる演技で、この映画の中に説得力を持って存在していたと思う。多くの役者が、モノマネにはしたくないと言って役作りしたらしいが、若松の他にも足立正生・荒井晴彦・沖島勲・大和屋竺、さらには大島渚・葛井欣士郎・赤塚不二夫といった有名人が、いかにもそれらしい雰囲気で登場してきたのは面白かった。

 前置きが長くなってしまったが、この映画は、当時若松プロにいたらしい吉積めぐみという女性助監督を主人公として作られている。若松プロはいわゆるピンク映画を製作していたから、言ってしまえばそこは完全な男たちの世界であった。実際の吉積めぐみがどういう人であったかは判らないが、とにかくそこにまったく異質な視点を持った人間がいたということである。彼女の視点を中心に置くことで、映画のストーリー展開に奥行きと幅が生まれ、単調な回顧譚になることを回避できたということではないか。これは見事な作戦勝ちだったと思う。
 彼女は(実際に)、妊娠6ヶ月で自殺とも事故死とも取れる死に方をしたらしいが、その周辺を(凡庸な)ラブストーリーとして拡大することもできたと思われる。だが、そういう愚を犯さなかったのは立派である。映画では彼女と高間賢治のセックスシーンが2回入っていたから、普通に考えれば子どもの父親は高間ということになるが、そのあたりについてこの映画はまったく追いかけようとはしないのである。彼女の死を高間がどう受け止めたのかも、この映画は描いていない。
 結果的に、彼女の死が敗北(逃げ)という印象になってしまったのは残念な気がしたが、そこまでの2年半を真っ直ぐに駆け抜けた、彼女の成長の軌跡はしっかりと刻み込まれていて、実に鮮やかな印象を残す映画になっていたと思う。最初は大した決意もなく、ついふらっと助監督になりたいと言ってしまっただけなのに、普通なら男でもすぐ逃げ出してしまうようなメチャクチャな現場に(給料も出ないのだ)、なぜ彼女がしがみつき居着いてしまったのかは判らない。だが、彼女が感じたであろう戸惑いや反撥、そして不思議な頑固さを漂わせる言動が魅力的である。男たちにとっては、なぜ女がこんなところに居られるのかという違和感のようなものがあったと思う。だが、彼女の中に燃える不思議な一途さを見てしまうと、映画をやりたい思いに男も女もないではないかという、ある種一体感のようなものに変化していくところが面白かった。
 セックスというようなズブズブの世界を撮りながら、そこに集まっていた彼らは、ちょっと考えられないくらい純粋で過激でプラトニックだったのだ。吉積めぐみを演じた門脇麦が非常に良かった。

 この映画は、若松孝二を中心とする男たちの中に常に異質な存在の彼女を置くことで、映画に夢を賭けた男たちの思いなどすべてがその視線に晒され、相対化されることでリアリティを獲得していたように思われた。
 男たちというのは、若松孝二であれ足立正生であれ、何も言わなくてもお互いストレートにつながってしまう回路のようなものを持っていたと思う。だが、恐らく吉積めぐみにはそういうものはなかったのだ。映画の中に2度描かれていた男たちの(酔っ払っての)放尿シーン、若松と赤塚不二夫のそれは唖然と見ているしかなかった彼女が、後半、若松プロの屋上で飲んだ時に、男たちが揃って放尿するのを見て、「わたしも」と叫んで加わろうとして止められてしまうところなど。
 どこかで彼女が、自分のことを「女を捨てた」と言うところがあったと思うが、それはそうしなければピンク映画の現場になど居られないということであると同時に、回路を手に入れるための彼女の願いを表していたのだとも思われるのである。だが、妊娠という事実は彼女が女であることをもう一度突きつけたということなのだろう。死んでしまった以上、軽々な評価は下すべきではないが、吉積めぐみは最後のところで、若松プロと男同士のような濃密な回路は(たぶん)持てないまま死んでしまったように見えて仕方がなかった。
 この点に関しては、ある意味自由な創作が可能な部分だったように思う。もちろん、死んでしまった事実は変えようがないが、彼女の存在にフォーカスして、彼女の生きた日々をふくらませようとした白石監督の意図は間違ってはいない。だから、もう少しだけ彼女に寄って、丁寧に描くべきだったのではないかという気もしてしまうのである。ここは難しいところなのは判るし、全体を若松プロの群像劇として構成する上では、この程度の(やや物足りない)描き方がちょうどバランスが取れていたのかもしれないとも思う。よく判らない。

 1969~71年というのは、わたしにとっては非常に懐かしい時期である。その時代の空気というものを、この映画は鮮やかに甦らせてくれたように思う。残念ながら、わたしは当時の若松孝二にそれほど興味を抱いていたわけではなく、今回調べてみたら、見ているのは「胎児が密猟する時」(66年)「狂走情死考」(69年)「天使の恍惚」(72年)の3本だけで、特に強烈な印象を受けた記憶もない(失われてしまった)。だが、当時の日本映画がどんな状況だったのかはよく覚えているし、渋谷や新宿の街の騒然とした雰囲気、アートシアター新宿文化やアンダーグラウンド蠍座などのことも鮮明に記憶している。
 だからどうだということではない。わたしは結局、映画を見ていたが映画を作りたいとは思わなかったし、世界を変えなければと思っていたが、基本的には傍観者の位置から動くことはなかった。それでもいま、この映画を懐かしいと感じてしまうことは許してもらえるだろう。すべてが過去のことになってしまったが、確かにこういう時代があったのだ。ああ、みんな煙草を吸っているな、お酒を飲んでいるな、議論しているな、バカやってるな、自分が何者であるのか、必死で探していたな、などと思い出すのである。
(立川シネマシティ1、10月18日)
by krmtdir90 | 2018-10-20 18:23 | 本と映画 | Comments(0)


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