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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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2019年 03月 24日 ( 1 )

映画「運び屋」

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 監督・主演のクリント・イーストウッドは、この映画を撮った時87歳になっていたのだという。歳を取ることが人ごとでなくなってしまった身としては、かつて様々な役を颯爽と演じていたスターがすっかり歳を取ってしまい、その事実が判っていながら、なおその老いた肉体を晒してそこにいるというのは何か胸突かれる思いがするものだと思う。だが、ああ、こんなに歳を取ってしまったのかと衝撃を受けながら、その年齢にならなければなかなかやれないような役を見つけてきて、嬉々としてそれを演じ、そのことを心から楽しんでいるように見えるのは素晴らしいことだと思う。さすが、スターというものはこういうものなのだなと感じ入ってしまうのである。
 彼が演じたアール・ストーンという老人の役は、実際にメキシコの麻薬組織から密輸された大量の麻薬をアメリカ各地に届けていた、87歳の実在の「運び屋」をモデルにしたものだったらしい。イーストウッドの主演映画は7年ぶりだったというから、彼には俳優業はもう引退という気分もあったのかもしれないが、彼がこのニュースに接して「これは俺の役だ」と製作に乗り出したというのは、確かに運命的な何かか働いたということだったのかもしれない。
 この運び屋の男は、長いこと家族と家庭をないがしろにしてきたらしく、あくまで自分中心の生き方にこだわり、外面(そとづら)の良さを絶対的な武器として前面に押し出して、ずっと人生を送ってきたのだろうと想像された。そこを点描していく、滑り出しの回想シーンの快調なテンポが印象的だった。

 朝鮮戦争の退役軍人だった彼は、みずからの(家族とは関係のない)農場でデイリリーという(一日だけ開花する特別な品種の)ユリの花を栽培し、品評会で好成績を収めたりしながら、仲間の生産者や退役軍人の仲間たちと楽しい人間関係を形成してきたようだ。外での人間関係が第一と考えてきた彼は、妻とも離婚し娘とも連絡が絶えても後悔することがなかったのである。
 「12年後」という字幕が出て、現在のすっかり年老いた彼の姿が映し出されるのだが、この歳月の間に(インターネット販売の普及に乗り遅れた)彼の農場は倒産し、彼はほとんど無一物になって農場を出て行くしかなくなってしまっているのである。そんな彼が、結婚を間近に控えた孫娘の招待を受けて、絶縁状態だった家族の許に帰るところからストーリーが動き出す。
 もちろんかつての妻や娘が彼を許すはずもなく、彼は早々にそこを後にするしかなくなるのだが、パーティーの招待客の一人から持ちかけられた「簡単な儲け話」というのが、実は麻薬組織の「運び屋」だったというのがすべての始まりになっている。組織の側からすると、車の運転が大好きで、しかも常に安全運転でパトカーに止められたことなど一度もないというこんな年寄りが、まさか麻薬の運び屋などしているはずがないという捜査側の思い込みにつながって、願ってもない盲点になるはずだという作戦だったのである。
 最初はそれが麻薬であることを知らされず、あまりに割のいい話に半信半疑だったアールは、二度三度と仕事を繰り返す中で事実に気付いた時には、それなりの驚きは見せるものの、それ以後も特段躊躇する様子もなく仕事を続けていくのである。

 映画はそんな彼をロードムービー風に追いかけていくのだが、もちろん一方に麻薬取締局のコリン・ベイツ捜査官というのを配して、きわめてオーソドックスな犯罪映画のサスペンスを盛り上げていく。この映画が成功しているのは、この運び屋のアール・ストーンという老人を、ある意味身勝手だけれども鷹揚で飄々とした生き方をしていて、誰も憎めないような存在として造形して見せたところにあると思う。このあたり、すっかり歳を取ってしまったクリント・イーストウッドの渋い演技が絶妙で、もうこの歳なのだから、どうなったところでさして驚くことではないというような、一種の開き直りの姿勢が痛快な印象を与えていたのだった。
 この映画はアールとベイツ捜査官という、逃げる者と追う者との駆け引きが実に面白く描かれていて、この二人がモーテルで思いがけないニアミスを見せるところなど、なかなかこしゃくな作戦が成功している脚本と言っていいのではないだろうか。モーテルの食堂で偶然隣り合ったアールが、人生の要諦をベイツ捜査官に淡々と説くシーンは可笑しかった。
 あともう一つ、この脚本が巧みな設定をしていると言っていいのは、年老いたアールがいま、ずっと裏切り続けた家族に対して後悔と贖罪の気持ちを持ち始めていることではないだろうか。長い間、外で認められることだけが男にとって大事なことだと考えてきた彼が、最も大事だったのは、実は家族との間に作られていなければならなかった関係だったことに気付いて、この誤りを何とか埋め合わせできないかと考え始めている。もちろん終わってしまった過去を取り戻すことはもうできないのだが、それでもこの映画は(この脚本=ニック・シェンクは)、彼にあるささやかな時間をプレゼントするのである。

 別れた妻が死の床にあるという孫娘からの知らせを受けて、彼は命の危険を顧みず、運び屋の仕事を中断して(放棄して)妻の許を訪れ、彼女の枕頭にしばし寄り添うのである。
 ここをこの脚本の甘さと言うことは簡単だが、彼がここで取った行動は、決して許してもらうための行動ではないことが判る描き方になっているので、何とも言えず心打たれる展開になっていたのである。彼はもう取り返しがつかないことが判っていたのだと思う。だからこそ、許されない自分と対峙するためにそこに行ったのではなかったか。そういう彼を死にゆく妻は最後に許すのだけれど、彼が自分を許していないことははっきりと見て取れたのである。
 アールが最後にはベイツ捜査官に逮捕され、裁判で(たぶん)情状酌量を求めようとする弁護人を遮って自分の罪を認めたのも同じことである。彼が運び屋として行った行為は許されるものではなく、有罪となって刑務所に収監されるのは当然のことなのである。そして、家族に辛い思いをさせ続けた彼が、そのために孤独の底に落ちていくのも必然と言うべきなのだ。
 だが、この映画は、最後の最後に、もう手遅れというギリギリのところで、彼に改心のための小さなチャンスを差し出していたのかもしれないと思った。87歳になったクリント・イーストウッドだったから、そういうドラマを描けたのかもしれないと思った。
(立川シネマシティ1、3月14日)
by krmtdir90 | 2019-03-24 20:52 | 本と映画 | Comments(0)


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