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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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裏磐梯猫魔温泉・五色沼(2017.5.11~12)

 妻と温泉に行って来た。今回の選択意図はコストパフォーマンスで、裏磐梯レイクリゾートという宿を妻が予約した。昔は猫魔ホテルと言って高級リゾートホテルとして売っていたらしいが、経営不振で何度か経営者が代わり、名前も変えて現在では様々な旅行社のツアーなどでよく名前を見かけるようになっている。JTBのパンフレットで一人一泊13000円、東京駅とホテルの間に無料送迎バスが付いているというのを探したらしい。交通費がかからないのだから、これはなかなかお得感があって、こういうのも一度経験してもいいかもしれないと思った。車の運転は好きだが、ほとんどが高速道路でこの距離はかなり辛いだろうと思ったのである。
 家と東京駅の往復が通勤時間帯にかかってしまうのが難点だったが、どんな様子か判らないまま指定の鍛冶橋駐車場に行ってみたら、バスはほとんど満席の盛況だった。どんな人にとっても、いまやコスパは非常に重要な決定要素になっているのだろう。
 9:00に出発してホテル到着は13:15頃になった。そのままチェックインして翌日は13:00チェックアウト、帰りのバス出発は14:30ということだったから、ほぼ丸一日こちらに滞在できるようになっていた。

 行ってみたら、よくまあこんな巨大なホテルを作ったものだと驚かされる規模のホテルだった。フロントで館内地図をくれたが、信じられないくらい横長の5階建てに、何百室もあるらしい客室を埋めるのは至難の業だろうと思われた。空室のまま遊ばせておくよりも、値段を下げて少しでも稼働させる道を選んだのが現在の姿のようだった。
 元々がハイレベルの欧米型ホテルを目指した作りだったようで、部屋はかなり余裕のあるツインの洋室で、十分満足できるものだった。温泉の方は源泉掛け流しの大浴場と露天風呂があったが、当初はそれを売りにスタートした訳ではなかったからか、客室数を考えるととうてい収容し切れる規模とは言えないような気がした。ただ、もちろん非常に広々としたものではあって、現在の部屋の稼働率からすると十分余裕のあるものになっていた。露天風呂の作りは面白いものではなかったが、大浴場の方は時間帯によっては貸し切り状態に近くなることもあって、濁り湯の温泉を気分良く満喫することができた。
 そんなわけで、施設の方は満足できたが、これだけ安くしているとどこかで経費を切り詰めなければならないのだろう、バイキング形式の食事の品揃えはまったくいただけなかった。まあ、バイキングと聞いた時から期待していなかったから、これはこれで仕方がないことだと思った。

 出発時、東京は快晴で、気温も30度近くまで上昇する予報だったが、福島県に入るあたりから黒い雲が空を覆い、時折雨が落ちてくる不安定な天気になってしまった。現地に着いて驚いたのだが、裏磐梯ではいまがちょうど桜の時期で、木々の芽吹きがやっと始まったばかりという感じだった。冬の間に除雪した雪の山がまだ残っているような場所もあった。ホテルに着いた時は雨は降っていなかったが、黒い雲は垂れ込めたままで冷たい風も吹き荒れ、こんなに寒いとは予想していなかったので何とも気が滅入る状況だった。結局この日は、ちょっと外出したがすぐに帰って来て、温泉にはゆっくり浸かったが基本ダラダラと過ごすことになってしまった。
 翌朝、早起きしてみると、相変わらず雲はあるものの空は明るく、時折薄日が差すような天気なのでホッとした。空気はひんやりしているが風もほとんどなく、高原らしい爽やかな気候と言ってよかった。早朝と朝食後に風呂に入り、そのあと午前中を使って近くの五色沼に行ってみることにした。磐梯山の噴火(1888年)によって裏磐梯にはたくさんの湖沼群が形成され、その中で代表的な五色沼という探勝路がホテルのすぐ近くから始まっていたのである。
 探勝路は道幅もあり、全体としてはゆるやかな下りになっていたようだが、アップダウンもほとんどなく年齢に合った歩きやすい道だったと思う。思いがけず充実した散歩になったので、撮ってきた写真を少し掲載することにする。

 探勝路入口の小さな沼のほとりにあった桜(木々の芽吹き始めの感じも判るかと思う)。
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 青沼。
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 この美しい青色は、水中に含まれるカルシウムや硫酸イオンなどの働きによるもので、成分の違いで沼によって様々な色合いが見られるようだ。

 ルリ沼。
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 ここは探勝路から少し離れていて、水面も高くなっているので色を見ることはできないが、説明によれば青沼と同じ美しい青色をしているようだ。
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 沼同士は小さな流れでつながっていて、流れの水も心なしか青みがかっているように見える。

 弁天沼。
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 かなり大きな沼で、深さもそれなりにありそうだが、美しい青色が全体に広がっている。
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 周囲は常緑樹が多いのだが、点在する広葉樹の芽吹きの色が美しい。
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 竜(たつ)沼。
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 深泥(みどろ)沼。
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 この2つはちょっと奥まっていて、水面との角度もないので、水の色もよく判らない。

 赤沼。
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 周辺部に赤錆びた色も見えるものの、水の色は不思議な緑色である。
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 手前の木はカエデだろうか、芽吹きの色が非常に美しい。
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 しばらく行くと、小さな流れが集まってかなりまとまった流れができていて、
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 その先で深い青緑色の沼に流れ込んでいた。
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 この左手一帯に広がるのが、五色沼の中で最大の毘沙門沼である。
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 これが一番高いところから見下ろした感じで、中央に島のように見えている向こう側にもまだ広がっている。探勝路はこの左側をアップダウンを繰り返しながら回り込んでいく。
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 大きな鯉が悠然と泳いでいた。
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 毘沙門沼はさらに続く。
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 この深い青緑は空の色を映しているのではない。水そのものが色を帯びているのである。  
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 ようやく毘沙門沼の尽きるところで階段を上り、五色沼探勝路は終わった。約3.6キロ、1時間半ほどのコースだった。

 最初、ゴールまで歩くかどうか決めていなかったので、帰りのことはまったく考えていなかった。さらに少し歩いて国道まで出て、バス停で時刻を調べたら1時間以上待たなければならなかった。近くに裏磐梯ビジターセンターというのがあったので、そこでビデオなどを見ながら時間を潰した。
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 この写真、建物の両脇の奥のところに雪が残っているのが判るだろうか。

 11:50発のバスでホテルに戻った(12:00過ぎに到着)。
 このホテルには複数のレストランがあるので、そのうちの一つでビールと昼食を取り、喫煙所で一服するため玄関前に出たら、ずっと見えていなかった磐梯山が姿を見せていた。
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 磐越西線や磐越道の側からだとこういう形は見ることができない。裏に当たるこちらからだと、成層火山の中央が噴火で吹き飛ばされたことがよく判ると思った。今回は見えないかなと諦めかけていたから、少し霞んでいたけれど見えてラッキーだった。

 帰りの送迎バスは14:25ホテル発、18:40東京駅着だった。裏磐梯はいままで行ったことがなかったが、なかなかいいところだと思った。
by krmtdir90 | 2017-05-13 17:48 | その他の旅 | Comments(0)

伊豆高原・河津(2017.2.26~27)

 妻と東伊豆の方に行って来た。今回泊まったのは、伊豆高原の別荘地の中にある英国調アンティークホテルかえで庵というところ。洋室が8つだけの小さなホテルだったが、部屋は外から直接出入りするように作られていて、フロントやダイニングは同じ建物にあるが廊下でつながっているわけではなかった。全室に付いている露天風呂は温泉だというのだが、建物の作りがそんなだから、あまり温泉の宿に来たという気分にはならなかった。
 まあ、ちょっと気分を変えてみようと選んだのだから、それはそれでたまにはいいかなと思った。料理はフォークとお箸が並ぶ和洋折衷で、なかなか美味しかった。夕食はダイニングだったが、朝食は温かいサンドイッチやコーヒーなどを部屋に届けてくれるという趣向で、若い人などは喜ぶだろうなと思った。年寄りとしても、一風変わったのんびりした時間を過ごして来た。

 翌日は、せっかくこちらに来ているのだから、少し足を伸ばして河津桜を見て帰ることにした。前日から天気はあまり良くなかったのだが、半島を南下して行くにつれて雲が取れてきて、河津ではすっかり青空になっていた。
 河津桜は河津川という川に沿って植えられていて、片側に遊歩道が整備されているのだが、桜の木は思ったより背が低く、遊歩道も幅が広くないので、月曜日だったがけっこう混み合っている感じだった。外国人の観光客も多いようで、中国語や韓国語らしき言語などが飛び交っていた。地場産品等を売る店も並んでいて、金目鯛の干物が安く売っていたのでつい買ってしまった。

 で、肝心の河津桜だが、やや盛りを過ぎてしまったようで、全体的に黄緑色の芽吹きが気になる感じになってしまっていた。
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 代わりに菜の花がちょうど盛りというところだった。
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 桜は、芽吹きがあまり目立たないところを狙ってみる。
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 あとはアップで。
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 途中の来宮橋から上流の眺め。
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 ちょっと離れたところにある河津桜原木というのを見に行った。
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 樹齢は60年ほど。1974(昭和49)年にこの桜が新種の桜(オオシマザクラとカンヒザクラの自然交配種)であることがわかり、河津桜と命名されたのが始まりだったのだという。まだ歴史の浅い桜だったのだ。

 少し前にカーナビが壊れてしまって(画面が消えてしまった)、新しいカーナビに取り替えてから初めての遠出だった。前は圏央道も途中で切れていて不便していたのだが、今度は(当たり前だが)もちろんそんなことはなく、大変スムーズに行って来ることができた。カーナビがなかった頃のことを考えると、まったく便利な時代になったものである。
by krmtdir90 | 2017-02-28 18:33 | その他の旅 | Comments(0)

土肥温泉(2017.1.25~26)

 妻と温泉に行って来た。今回は西伊豆の土肥に行った。この時季というのは基本的にシーズンオフだから、数日前でも人気の宿を押さえるのはそんなに難しいことではない。週間天気予報を睨みながら、好天が期待できそうなところでインターネット予約をした。
 無雙庵枇杷(むそうあんびわ)という宿は少々値は張るものの、土肥ではけっこう評判になっている宿のようだった。掛け流し露天風呂付きの離れが8棟のみ、他に大浴場などはなく貸し切り露天風呂が2つあるだけ、一日8組の客しか泊まれないからそれで十分なのである。食事処も8つの個室が用意されていて、他を気にすることなくたいへん美味しい料理をいただいてきた。
 最近は、二人していつまで元気でいられるか判らないのだから、できるうちに贅沢をしておこうという気持ちが強くなっている。どこが最初だったか忘れてしまったが、部屋に露天風呂が付いているというのは(他にも幾つか条件はあるのだが)、一度体験してしまうとそれ以外は考えられなくなってしまうものである。その中でも、今回の宿は非常に満足度の高い宿だったと思う。

 帰ってからインターネットで検索してみると、この宿に泊まった人が事細かにレポートしているものがたくさん出てきた。わたしはそういうつもりはなかったから、カメラは持って行ったが宿の写真などほとんど撮っていない。
 部屋の露天風呂。蓋を取ってから写せばよかったのだが。
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 ベランダからの日没の眺め。
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 宵の明星・金星。三脚なしだから、少々ブレているのは仕方がない。
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 とにかく快晴の2日間だったから、道中富士山なども非常に美しく見えていたが、今回は何となくやる気が出なかったので写真はまったく撮っていない。途中でどこかに寄ったりということもしなかった。ただただ、温泉でまったりして来ただけだったのである。


by krmtdir90 | 2017-01-26 21:47 | その他の旅 | Comments(0)

修善寺温泉(2016.1.5・6)

 今回は末の娘を誘って3人で伊豆の修善寺に行って来た。
 三島から修善寺に向かう国道136号の途中で、世界文化遺産・韮山反射炉というのが近いと表示されているのを見つけ、ちょっと寄り道をした。
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 この反射炉が「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つとして、世界文化遺産に登録されたのは昨年(2015年)7月のことである。その効果は大きいのだろう、観光バスなども次々立ち寄って、さすがにたくさんの見物客が訪れていたが、何と言うか、見学対象としてはまことにあっけないと言うほかない感じがした。
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 竣工は1857(安政4)年で、周囲には大砲を製造する工場が作られていたらしい。なお、煉瓦の煙突の周囲に付けられた鉄骨フレームは、耐震補強のために後年設置されたもののようだ。

 さて、今回宿泊したのは湯回廊菊屋(旧菊屋旅館)という、修善寺でも最も歴史のあるらしい宿だった。夏目漱石の「修善寺の大患(たいかん)」の舞台になった宿がここだったというのは、宿泊してから初めて知った。

 漱石は1910(明治43)年8月6日、胃潰瘍の転地療養のため修善寺の菊屋旅館を訪れ、10月11日に帰郷するまで2ヶ月あまり滞在したようだ。ただ8月24日には病状の悪化から大量の吐血があり、一時人事不省の危篤状態に陥っている。宿にしてみれば、あの文豪・夏目漱石が逗留した宿というのは大きなセールスポイントのはずだが、その内容が生死の境を彷徨うような「大患」の期間であっては、やや扱いに苦慮しているところがあるように思われた。
 漱石が滞在中、その大半を過ごした(大吐血をした)部屋は、現在は温泉街から離れた虹の郷というところに移築され、夏目漱石記念館の一部となっているらしい(今回、ここには行かなかった)。宿の中には、宿の歴史に関するちょっとしたコーナーがあって、漱石のこともそこに簡単に展示してあった。
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 宿の帳場。
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 正面玄関(突き当たり)から帳場(手前右手)に通ずる通路(ロビーのような感じになっている。通路自体は温泉街を流れる桂川の上を跨いでいる)。
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 宿は、いろいろな建物(2階建てまで)が敷地の中に散らばり、それが回廊でつながれた構造になっていた。古くからの宿が、増築や改修などを繰り返して現在の館内の形になっているようだった。
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 この突き当たりに漱石の庵と名付けられたサロンのような部屋があり、自由にコーヒーなどを淹れて寛げるようにしてあった。
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 翌日、10時過ぎにチェックアウトした後、やや離れた駐車場の車に荷物を入れてから、一時間ほど修善寺散歩をした。散策マップによれば、修善寺はミシュラン・グリーンガイド・ジャポンというもので2つ星を獲得したところが3箇所あるらしい。
 その1、竹林の小径。
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 その2、指月殿(しげつでん)。
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 この地で暗殺された源頼家の冥福を祈り、母北条政子が修禅寺に寄進した経堂で、伊豆半島で最も古い木造建築と言われているらしい。
 堂内に安置された釈迦如来座像。
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 指月殿の左手に源頼家の墓があった。
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 その3、修禅寺。
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 弘法大師空海が807(大同2)年に開基したと伝わる古刹である。
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 境内の手水舎(ちょうずしゃ)は弘法の湯と名付けられ、温かい温泉が流れ出していた。
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 なお、温泉街など現在の地名は修「善」寺だが、寺の名前は修「禅」寺だった。

 昼食は沼津に回り、沼津港魚市場の隣に食堂や海産物の店が建ち並ぶ一画で、お刺身のいっぱい載った丼を食べてきました。
by krmtdir90 | 2016-01-07 14:54 | その他の旅 | Comments(0)

塩原温泉・木の葉化石園(2015.12.16・17)

 また温泉に行って来た。10月31日に圏央道が東北道とつながったので、これまで車ではほとんど行くことのなかったそちら方面に行ってみようということになった。選んだのは塩原温泉で、また源泉掛け流しの熱めの湯を満喫してきた。
 だが、確かに便利になったことは実感したが、高速を走るというのは基本的にそれほど面白いものではないと思う。圏央道も東北道も関東平野を走っている限りは変化に乏しく、走り慣れた中央道が変化に富んでいるのに比べるとつまらないものだと思った。宇都宮の先の上河内SAで、往きも帰りも宇都宮餃子の昼食を食べた。

 泊まったのは「彩つむぎ」という宿で、こぢんまりしたなかなかいい宿だった。ただ、山あいの温泉としては12月中旬というのは完全なオフシーズンになるらしく、しかも平日などというのは泊まるお客もほとんどないようで、われわれを入れて3組の夫婦しか泊まっていなかったと思う(ダイニングでの食事だったので、自然に判ってしまうのである)。
 こちらとしては、ほとんど貸し切り状態で大浴場(浴場自体はけっこう狭かった)や露天風呂を堪能できたのだから、ツイていたと言うか文句のあろうはずもなかったが、働いている従業員は少なくともお客の倍以上はいたはずで、少し申し訳ないような気分になったのも確かである。

 帰りに、塩原温泉街を車で流したあと、街はずれの「木の葉化石園」というところに寄ってみた。ここが大変面白かった。
 駐車場に車は一台もなく(最後までわれわれの車だけだった)、奥がちょっとした林になっていた。間に小さな川があって、小さな橋の手前に小さな小屋が建っていた。中に男の人が座っていて、ここで入園料1人400円を払った。正規の料金は4~11月・500円、12~3月・450円となっていて、さらに65歳以上は50円引きと書かれていたのだ。

 林の奥に飾り気のない黒ずんだ建物があって、
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 左手にきれいな地層が見えている崖があった。
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 説明看板もあった。
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 建物の中には、この地層(塩原湖成層)から見つかった木の葉や昆虫の化石標本が所狭しと飾られていた。
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 最後はカエル。シオバラガエルと言うらしい。
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 館内には他の場所(外国など)で見つかった化石や様々な鉱物の標本なども並べられていた。出口近くの広いスペースが土産売り場になっていて、ここで採集されたいろいろな化石に値札が貼られて並んでいた。売り場には男の人が1人いたが、館内にはそれ以外の人はいないようだった。
 地層の露出した崖には近寄れないようになっていたが、探せば化石が見つかりそうに思えて(実際、見つかるのだろうと思う)、柵を乗り越えて行ってみたかったが我慢した。
by krmtdir90 | 2015-12-17 23:59 | その他の旅 | Comments(0)

四万温泉(2015.1125・26)

 11月25・26日に、妻と四万温泉に行って来た。毎年この季節になると、何となく温泉に行きたくなるのである。
 朝から暗い雲の垂れ込める生憎の空模様で、宿にいる間はずっと雨が降り続いていた。まあ宿で湯に浸かっている分には雨だろうと関係はないのだが、現地で散歩もしなかったし、道中でもどこにも寄り道しなかった(道の駅には立ち寄ったが)。写真もほとんど撮らなかったので、ここに載せるまでもないかと思っていたが、このブログには一応個人的記録という側面もあるので、ごく簡単に載せておくことにする。

 山の方の温泉というのは、おおむね温泉は素晴らしいが食事の方はもう一つという感じがあって、ここも(頑張ってはいたが)食事はそういう感じだったと思う。
 だが、泊まった積善館という宿は、元禄4(1691)年創業の由緒ある宿だったようで、現存する日本最古の湯宿建築という本館と、それに付随する元禄の湯というのが、昔からの湯治場の雰囲気をよく残していると思った。
 われわれが泊まったのは、昭和11年建築(増築)の山荘と呼ばれる建物だったが、室内は当時の雰囲気を残しながら使いやすく改修されていて、なかなか贅沢な晩を過ごさせてもらったと思う。

 本館の建物(雨の中、傘を差して撮っている)。
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 前を流れる新湯(あらゆ)川。
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 本館玄関。
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 玄関の内側。
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 右手に帳場がある(湯治客や立ち寄り客のための帳場で、われわれ宿泊客は佳松亭という新しい建物の方のフロントを通るようになっていた)。
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 四万温泉に行くのは初めてだったが、鄙びた山あいの何もない温泉地という雰囲気が、なかなか好感が持てると思った。掛け流しの湯が熱めだったのもわたしには良かった。
by krmtdir90 | 2015-11-27 12:00 | その他の旅 | Comments(0)

千倉・南房総(2014.12.25・26)

 房総半島というのは温泉はあまり期待できる感じではないが、刺身など海の幸は旨いものが食べられるのではないかと、車で妻と千倉の温泉まで出掛けてきた。
 昔は、東京湾沿いに混雑する道をぐるっと回り込まないと行けなかったので、伊豆半島などに比べるとなかなか足が向かなかったのだが、いまはずいぶん便利になったものである。首都高を抜けてレインボーブリッジを渡り、東京湾アクアラインで木更津を目指す。

 海ほたるPAで休憩。
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 レインボーブリッジやスカイツリーも見えている(原板ではもっとうっすらと写っているのだが、フォトギャラリーで自動調整するとかなりはっきりする)。
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 その後も館山自動車道の富浦ICまで、高速道路で半島のかなり先端の方まで行けてしまう。
 野島崎灯台に行った。灯台の上から。水平線の彼方に(右寄り)大島も見えている。
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 反対方向。灯台の影と白浜の町並み。
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 下には遊歩道のようなものがあって、
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 ここが房総半島最南端の地という石碑などもあった。
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 千倉に一泊。

 翌日。走り始めてすぐ、JR内房線・千倉駅に寄ってみた。
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 海沿いに駐車スペースのある公園のようなところがあったので、車を停めて少しぶらぶらした。
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 野島崎灯台が見えている。
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 館山市内を抜けるあたりでちょっと道を間違え、偶然迷い込んだところにあったJR内房線・那古船形(なこふなかた)駅。思いがけずいい感じの木造駅舎だったので、これは撮影しないわけにはいかない。
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 業務委託らしい駅員がいて、撮影なら中に入ってもいいと言ってくれたが、鉄道利用で来たわけではないし妻も待たせていたから、ホームの方には行かなかった。
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 鋸山に立ち寄ることにして、ロープウェイで山頂駅へ。
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 山頂駅展望台からの眺め。手前が金谷港、中央に向かって突き出ているのがフェリーターミナルである。対岸は三浦半島・久里浜になる。
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 左手に富士山も見えている(これも自動調整でくっきりさせてある)。
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 これは南の方角。左手に見えているのは鋸南(きょなん)町保田の町並みと思われる。
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 鋸山の山頂一帯は日本寺というお寺の境内になっていた。大人600円の拝観料を払って中に入ったが、とにかくごつごつした岩の山道と石段の連続で、日本一の大仏さまとかいろいろあるようだったが、アップダウンがきつく、とても全部を回る気にはならなかった。
 とりあえず有名な「地獄のぞき」に行ってみることにしたが、高所恐怖症の人間にとってここは恐ろしい場所である。すぐ近くまでは行ったが、この先端のところには行かなかった。
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 もう少し先の比較的足場がよく、柵でしっかり守られている場所からの景色。左が「地獄のぞき」である(向こう側に少し下る感じになるようだ)。写真でもお尻のあたりがムズムズする。早く忘れてしまいたい。
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 途中で見かけた日なたぼっこ中の猫たち。全部で5匹いた。
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 金谷のフェリーターミナルで遅い昼食。
 岸壁から対岸・久里浜方面を見る。
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 帰りは東京湾フェリーを利用した。15:20金谷発、16:00久里浜着。
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 すぐに暗くなってしまったが、逗子から由比ヶ浜、江ノ島から茅ヶ崎と相模湾沿いを走り、厚木ICから圏央道に入って帰ってきた。
by krmtdir90 | 2014-12-28 16:56 | その他の旅 | Comments(0)

北面の富士山(2014.12.2)

 山梨・長野の方に、恒例のお酒の買い出しに行って来た。途中、あまりいい天気なので、思い立ってちょっと「北面の富士」を撮影してきた。帰ってすぐに整理しなかったので、きょうはもう5日なのだけれど、一応12月2日のところに掲載することにする。

 まず、山中湖からの富士山。着いたのが11時過ぎだったので、もう雲が湧き始めていて、うまく消えてくれるまで少し時間がかかった。ただ、左手(宝永山の方向)からの雲はいつ来てもあるような感じで、そのあたりに地形的な原因があるのかもしれない。
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 山中湖の富士は両側の裾野に出っ張りがあって、左は宝永山(火口は向こう側になって見えない)、右は丸山という突起のようだが、ちょっと形としてはもう一つという気がする。
 手前の枯れ草状の広がりが陸上自衛隊の東富士演習場である。演習のある時は、山中湖の対岸のこのあたりまで射撃の重低音が響いていることがある。
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 アップにすると、登山道のジグザグなども見えるのである。
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 次は、河口湖からの富士山。河口湖大橋の東側にあるお気に入りのビュースポットから。もうお昼が近づいているので、太陽がかなり向こう側に回ってしまって、右半分は陰のようになってしまった。
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 さすが富士五湖の中心・河口湖の富士である。右手の裾野に若干のデコボコはあるものの、さすがの美しさだと思う。
 アップ。もう少し時間が早いほうが良かっただろう。
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 もっと西側からの写真も探せばあるはずだが、古いのを持ち出すのもどうかと思うので、また今度そちらの方に行った時に改めて掲載したいと思う。
by krmtdir90 | 2014-12-02 23:59 | その他の旅 | Comments(0)

熱海・箱根(2014.11.26・27)

 妻と熱海の温泉に行って来た。伊豆の方に行く時、海岸沿いの道を何度となく通過しているのだが、立ち寄ったことはなかった。代表的な温泉地なのだし、一度ぐらい泊まってもいいかなと。
 ただ、ブログで報告するようなことではない感じがして、載せないつもりでいたが、このところ更新がちょっと途絶えているので、まあちょっと載せておくかと思ったのである。

 26日は生憎の雨模様だったが、熱海に着く頃はほとんど止んでいた。
 で、これが寛一お宮の像。あまりにも有名だけれど、出典となった尾崎紅葉の「金色夜叉」を読んだ人がどれくらいいるのだろうか。もちろん、わたしも読んだことはない。
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 沖に初島が見えている。
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 海岸通りに並ぶホテルなどはいかにも閑散としていて、裏通りを少し歩いてみたが、昔は栄えた時代もあったのだろうと思われる飲み屋やバーなどが軒を連ねた小路も、いまはその痕跡が窺えるというだけで、この突き当たりのビルは完全な廃墟になっていた。
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 われわれが泊まった宿はやや高台にあったが、やはりお客はほとんどいない様子で、大浴場などは貸し切り状態でよかったが、経営は相当厳しいものがあるのだろうと少し心配になった。

 27日は、雲はあるものの日射しが覗いてホッとした。
 旅館のベランダから。初島に向かう連絡船と思われる。
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 伊豆半島は何度も走っていて飽きたので、箱根・芦ノ湖の方に抜けることにした。しばらくの間は霧の中をヘッドライトを点けて走る感じだったが、やがて霧も晴れて、芦ノ湖スカイラインを走る頃には富士山も姿を見せた。
 杓子峠(1030m)からの富士山。手前の雲が上がってきて、数分後には全く見えなくなってしまった。
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 スカイラインからの芦ノ湖。
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 三国峠(1070m)からの富士山。
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 元箱根・桃源台の方へ下りた。
 湖尻からの芦ノ湖。遊覧船には乗らなかった。
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 箱根園から駒ヶ岳ロープウエイに乗った。
 山頂駅にて。
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 展望台からの芦ノ湖の眺め。
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 雲の向こうに見えるのが伊豆半島の山々。
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 駒ヶ岳神社に向かう。ロープウエイの山頂駅は異常に高さのある建物で、右手に富士山も見えているが、存在感では富士山をも凌いでいるように思われた。
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 駒ヶ岳山頂(1356m)の駒ヶ岳神社。
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 再び湖畔に下りて、小田急・山のホテルで昼食。庭園の向こうに富士山。午後になって、雲もすっかり取れた感じである。宝永火口がよく見えている。
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 庭園の紅葉は少し盛りを過ぎた感じだったが、午後の日射しを浴びてけっこう美しかった。
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 最後に箱根神社に参拝して、その後は国道1号線、箱根駅伝のコースを下って帰路についた。おしまい。
by krmtdir90 | 2014-11-30 15:35 | その他の旅 | Comments(2)

御岳山(2013.11.28)

 末の娘は山ガールで、連れて行ってくれると言うので、妻と3人で御岳山(みたけさん)に行ってきた。始めは大岳山まで行くつもりだったようだが、高所恐怖症のわたしに配慮して、ロックガーデン(御岳山岩石園)周遊コースという、主に沢筋を辿るルートに切り替えてくれた。それでも結構アップダウンがきつく(わたしには)、いまだに足が痛い。

 青梅線・御嶽駅(駅名の場合は旧字体になる)で下車、バスでケーブルカーの駅まで行き、御岳登山鉄道の滝本駅・御嶽山駅間のケーブルカーに乗車、その後、御岳山頂の武蔵御嶽神社へ。途中、山の上の集落や参道商店街を抜けて行くが、コンクリート舗装の道は結構急坂で、さらにその先、石段を随分登らないと辿り着けない。だが、こんなところで疲れてしまってはどうにもならない。
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 参拝後、石段を途中まで下り、分岐してロックガーデン周遊コースに入る。沢筋まではずっと下りの道で、下り切った所から沢に沿って登って行く。その名の通り、大きな岩が点在している。基本的に日陰の道だが、時折日の差すところがあってホッとする。
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 コース折り返し地点の手前にある、綾広の滝。滝行の場でもあるらしい。
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 この後は滝の左手の急な道を辿り、登り切った先から回り込んで、今度はほとんど平坦な道を、さっきの石段の所まで引き返す。
 石段の途中に咲いていた、早咲き(?)の桜。
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 参道商店街の蕎麦屋で、日本酒(このあたりは黙っていても「澤乃井」)をいただき、鴨せいろを食べた。そのままゴロリと寝てしまいたかったが、そうもいかない。

 帰りは、ちょっとわたしらしく鉄道趣味で。
 御岳登山鉄道ケーブルカー・御嶽山駅。半分は土産物屋になっている。
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 ケーブルカー。来る時は黄色の車体だったが、帰りは青。青だから「青空号」。黄色は何号だったか判らない。
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 傾斜は最初から最後までほとんど同じような感じで、かなり急だったと思う。
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 JR青梅線・御嶽駅。有人駅。ホームは階段を上って、屋根の向こう側。
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 正面入口の、重厚な駅名板。
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 一駅戻って、次の沢井駅で途中下車。駅舎はなく、跨線橋の中間に簡単な改札ときっぷの自販機が設置されている。無人駅。
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 徒歩5分(ただし坂道。行きは下り、帰りは上り)、「澤乃井」の小澤酒造。
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 道路を隔てた手前の多摩川べりに、観光バスなども訪れる澤乃井園というスペースがあり、酒造直営の様々な施設が軒を連ねている。ここの直売店で、四合瓶を2本購入。リュックに入れたら、やっとリュックらしい重さになった。

 因みに、青梅線は立川・奥多摩間、全線が電化されているが、立川・東青梅間が複線、東青梅・奥多摩間は単線である。立川・青梅間は中央線と直通する電車も含めて、10輌編成が頻繁に走っているが、青梅から先は4輌編成になってしまい、運転間隔もほぼ30分おきになってしまう。
 車輌は中央線快速などと同じE233系であるが、ドアはボタン式の半自動になっていた。
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by krmtdir90 | 2013-11-30 15:30 | その他の旅 | Comments(0)


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